□酒酔
2ページ/3ページ


細い路地の途中に見慣れた看板がある。

奏はその扉をくぐった。

「よぉ。今日はいい酒が入ってるよ。」

現世のバーを真似たその店は薄暗くカウンター越しに店主がニヤリと笑う。

「どんなの?」

カウンターに座り店主と向き合った。

「現世から取り寄せた洋酒だ。ブランデーだったかな。」

「珍しいね。」

「ああ。呑むかい?」

「うん。」

「何で割る?」

「そのままでいいや。」

「日本酒より強いぞ?」

「いい。氷入れたグラスで十分。」

「アンタならそういうと思った。」

店主はにんまりと笑いブランデーの酒瓶と氷の入ったグラスを手渡した。

薄暗い店内に青の照明、BGMは現世のジャズ。

客は奏を含めて4、5人。

ゆったりとした空気に居心地のよさを感じる。

ブランデーをグラスになみなみ注いで半分ほど飲み干した。

「どうだ?」

「普通。」

口内がブランデーの香りで満たされる。

アルコール度数が高いのか血の巡りが早い。

「二日酔いには気をつけな。」

「分かってる。」

店主が他の客へ酒を出しに行った。

グラスに入った残りのブランデーも飲み干しまた注ぐ。

そして今度は一気に全て飲み干した。

また注いだ。

今度は味わうように口に含む。

舌で転がし飲み込んだ。

「隣、良いか?」

「どうぞ。」

空いた席などいくつもあるのに男はわざわざ隣に座った。

アルコールで回らなくなった頭では隣の男が誰なのか思い出せない。

ただ、どこかで見た顔だと思った。

「自棄酒か?」

「別に。」

「相当酔っている様に見えるが?」

「いろいろあんだよ。」

「そうか。」

男はアルコールの低い酒を頼んだ。

「アタシさ、任務で部下を死なせたんだ。」

「ほう?」

「1人じゃない。もっと沢山。」

「そうか。」

「アタシを護るために盾になったんだよ。そいつら。」

「それで自棄酒か。」

「だから違うってば。」

「では何なのだ?」

「ただ酒が呑みたかっただけ。」

気付けば瓶に入ったブランデーが半分以上減っている。

満杯に注いで飲み干す。

そしてまた注いだ。

グラスを掴もうと手を伸ばしたがグラスは男の口元へ運ばれた。

奏の前にグラスが戻って来た頃には氷しか残っていない。

「呑みすぎだ。」

「うっさいなぁ。いいじゃん、おにーさんには関係ない。」

もう一杯注ぐべく瓶を持った手を掴まれた。

「止めておけ。」

「なにさぁ」

酔いで呂律が回らなくなる。

「そろそろ帰れ。家まで送ろう。」

半ば強引に店から離された。

よたよたと歩く奏を見かねたのか男が奏をおぶる。

「歩けるよ。」

「それだけ酔っていては危なかろう。」

「おにーさんには関係ない。」

彼はいい香りがした。

どこかで嗅いだ事のある匂いだ。

「家は?」

「六番区の舎宅。2階の3番目。」

「そうか。」

その背は心地よかった。

酔いも助けて目を瞑れば眠りへ堕ちる。

気が付けば朝だった。

朦朧とした頭で部屋に残った残留霊圧を探れば目が覚める程驚いて息が詰まる。

冷や汗が頬を伝った。

会話の内容はよく覚えていないが迷惑を掛けたのだろうと云う事は明白である。

時計を見れば出勤一時間前。

シャワーを浴びて死覇装を身につけ家を出た。

すぐさま隊主室へ向かう。

中に入れば恋次と白哉が居る。

「雪野2日酔いはせぬか?」

「はい・・・。昨日は申し訳ありませんでしたっ」

思いっきり頭を下げた。

横では恋次が状況を読めず唖然としている。

「うむ。恋次少し席を外せ。」

「あ、はい。」

恋次が部屋を出て行き沈黙が流れた。

「いつもあのように酒を飲むのか?」

「あ…いえ。昨日はたまたまで…」

奏へ静寂が重くのしかかる。

「なら良い。」

「何がですか?」

白哉は小さく微笑んだ。

「お前が毎回あのように泥酔しているのではと思っていたのだ。」

「そんな訳…ないです。」

恥ずかしくなって俯いた。

耳の先まで赤くなっているのが自分でも分かる。

「お前は無防備すぎるのだ。女子であろうが。」

「以後気をつけます。」

「泥酔するのは私の前だけにしろ。」

「…え?」

「私はどうやらお前を好いているようだ。」

「それって…」

「私の傍に居て欲しい。」

「こんな私で良いんでしょうか…」

「どこに問題がある?」

「酒癖がよくない所とか…」

「私も実は酒癖のよくない方だ。」

「大雑把だし…」

「私も面倒なことは嫌いだ。」

「隊長にはつりあわないし…」

「私はそう思わないが。」

「ですが…」

「私では物足りぬか?」

「いえ、そんなことは。」

「では良かろう?」

「…よろしくお願いします。」

白哉は満足そうに微笑んだ。

「奏おいで」

「えと…」

「こちらへ。」

「はい。」

恐る恐る近寄った奏を腕の中に閉じ込めた。

「大切にする。」

「隊長」

「白哉だ。」

「びゃく…や」

「次回泥酔しておったら構わず犯すぞ。」

「それは困ります。あといい加減放して」

「無理な相談だな。」

奏は1日中白哉に捕まったままだったとさ。

                  完
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ