□連立方程式
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奏は空を見上げていた。

侍女として朽木家へ使えてから半年。

ようやく仕事にも慣れこうして空を無心に見上げられる程の余裕が出来た。

「奏何を見て居るのだ?」

突然覆いかぶさるように抱きしめられ声を掛けられる。

「白哉様!!」

それは聞きなれた当主の声。

白哉はとっくの昔に床についたはずだ。

「このような所で何をして居るのだ?」

「え…星を見ておりました。」

「星?」

「はい。好きなのです、夜空が。」

「そうか。」

「白哉様はどうなさったのですか?」

「私は寝つきが悪くてな。」

「何かお飲み物でもご用意しましょうか?」

「いや。いい。」

「しかし、このままではお体が冷えてしまいます。」

「お前もであろう?湯冷めをしてしまう」

白哉は奏を抱きしめたまま少し湿った奏の髪を弄んでいる。

「私は…大丈夫です。」

「湯を使った後か?」

「はい。」

「石鹸の香りがする。」

「そうですか?」

「ああ、私の部屋へおいで。」

「しかし、もう遅いですよ?明日もお仕事がありますでしょうに。」

「構わん。」

白哉は奏の手を引いて自室へ入った。

「座りなさい。」

鏡台の前へ奏を座らせ櫛を手に取る。

「白哉様!!そのようなことを」

白哉が髪を梳こうとすると奏は驚いたように振り返った。

「どうかしたか?」

「自分で出来ます。白哉様にお手を煩わせるようなことは…」

「私が、やりたいのだ。」

「しかし」

「誰も来ぬ。案ずるな。」

白哉が微笑むと奏は頬を赤く染め俯く。

「よいか?」

心配そうに覗き込んだ白哉と目を合わせないようにして小さく頷いた。

何にも染めがたいその黒髪を滑る朱色の櫛。

「美しいな。」

「何がですか?」

鏡越しに白哉の表情を伺う。

「お前の髪だ。」

「まさか、白哉様の髪の方がお綺麗ですよ」

その言葉に世辞など入っていない。

奏はくすぐったそうに微笑んだ。

「私は男子だが?」

「お綺麗です。」

奏はもう一度それだけ云った。

会話が途絶える。

まるで薄暗い部屋に溶け込むよう。

無性に愛おしくなる、とはよく云ったものだと思う。

何故か興味を惹かれた。

だから奏を自分の傍に置いた。

ずっと傍に、今よりもっと近い所へ居てほしいと思う。

この心の奥底で疼く感情が遠い昔に仕舞いこんだものだと思い出した。

奏に覆いかぶさるように抱きしめる。

それは本能的だった。

「白哉様?」

白哉の突然の行動に奏は心配そうに名を呼んだ。

「奏愛している。」

ふいに口から零れ落ちた。

奏は微笑んだ。

「奥様が恋しくなられたのですね。」

奥様とは緋真のことであろう。

忘れる筈などない。

白哉が愛したたった一人の女性だから。

「そうではない。」

「では、私をからかわれていらっしゃるのですか?」

「そうでもない。」

「では、何故そのような事を」

「お前に惚れたのだ。」

「私に、ですか?」

「ああ。」

「これは一体何の夢なのでしょう。早く覚めるといいのに。」

「夢ではない。本心だ。」

「ありえません。だってあってはならない事ですから。」

「あってはならない?何故?」

「白哉様が白哉様のお誓いを破られてしまうから。」

「誓い?」

「はい。」

「そんなものは忘れた。」

「まさか。」

「愛してしまったのだ仕方なかろう?」

「嘘です。」

奏は頭を左右に振った。

「現だ。」

腕を奏の腹部へまわし顎を頭に乗せる。

今は隊長としての羽織も羽織っていない。

貴族としての髪飾りもしていない。

今はたった一人の人でしかないのだ。

目の前にある鏡台に映った自身が間違ってはいないと瞳で語っていた。

「奏の本心を聞きたい。」

「私は…釣り合わないから」

「釣り合わない?私とか?」

「私に白哉様は遠すぎます。」

「私は一体何を捨てればお前と同じ場所へ立てるのだ?死神としての地位か?家か?」

「それは」

「私にあるものなどそれ位しか無いではではないか。」

「そんな」

「今お前に触れていられる。それだけではお前と変わらぬことを証明できぬか?」

奏を鏡越しに見つめれば鏡の中の彼女と目が合った。

「奥様のことは…」

「緋真なら分かってくれるであろう。」

「ルキアさんは…」

「ルキアも分かってくれる、きっとな。」

「でも」

「他にもまだ何かあるのか?案ずるな。お前の心配事は私が全て打ち砕いてみせる。」

「白哉様。」

「妻になってくれるな?」

奏は何も云えず小さく頷く。

「お前を幸せにしてみせる。」

「私に白哉様の妻は務まるでしょうか?」

「お前が私を愛してくれるのであればな。」

「一生お慕いし続けます。」

鏡越しに二人は互いの愛を確かめ合い、瞳を合わせ互いのぬくもりを感じあっていた。

                


                 完
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