1
□角砂糖心中
1ページ/4ページ
角砂糖心中
私がお隣さんの顔を初めて見たのは、お隣さんが越してきてから三か月も経った日だった。
「…こ、んばんは…」
「あぁ…隣の…」
つんとした関西弁は、その人によく似合っていた。
帰宅時に鉢合わせたその人は、やけにボロボロの状態のまま軽く頭を下げる動作をした。
「平子っすわ、よろしゅう」
「あ、はい…みょうじです、よろしく」
「みょうじさんな、覚えたで」
高校生くらいにしか見えないのに、やけに大人びた人だった。
しなやかな仕草も、扉を開ける手の成熟さも、みんな大人のそれだった。
平子さんはボロボロのまま部屋に入っていき、私も手当てを申し出ることもなく部屋に戻った。
浮腫んだ足をパンプスから引き抜き、スーツのジャケットを脱ぐ。
軽く水を飲んで、ほんのすこうし耳をすませば。
(…あ、)
今まで音沙汰なかった隣の部屋から、音楽が聞こえた。
かなり古いジャズで、聞き覚えはなかったけれど、仕事に疲れた私を癒やすには充分だった。
(いい曲…なんだろうな…でも、古…何歳なの、あの人)
私はできるだけ音をたてずに、メイクを落としてすみやかに着替えた。
隣からは、ジャズに合わせた調子はずれの鼻歌が聞こえていた。
(シャワーは、明日にしよう…)
平子さん、の気配がする壁に耳をあてて、なんでだか幸せな気分になれた。
私はその日、そのまま平子さん、の気配の中で、眠った。
瞼の裏では平子さんが、金の髪を揺らして上機嫌だった。
・