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□三千世界の鴉を殺し、
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ねだり上手が水蜜桃を、
くるり剥いてる指の先







お得意さん、だった。

いつからかなんてよく覚えていない。

ただ私の店に来て、よくざるそばと天ぷらそばを食べていくお得意さん。

死神の格好で最初現れ、やがて髪が伸びていったあと。

最近になって隊長羽織のいでたちをするようになった。

そして、今日。

遅めの夕飯を食べに来た平子さんは、おあいその前に話しかけてきた。



「隊長になってん、なまえサン」

「お、めでとう、ございます」

「恋人になって、もらえへんやろか」

「へ、」



お得意さん、だった。

確かに、この瞬間までは。

ざるそばと天ぷらそばの好きな、出世の早い死神さんのお得意さん。

それが、男のひとになってしまった。

男のひととして、見てしまった。



「あ、あの、私…」

「あぁ、自己紹介まだやったな、ええと、扁平足の平に…」

「いえあの、存じております、平子真子さん…」

「…おおきに」



以前お店でその目立つ風貌を見て、「平子真子だ」と言っているのを聞いた。

それだけ、なのに。

平子さんがふんわりと笑うものだから、恥ずかしくなって、閉店間際の店内でうつむいた。

平子さんは伝票を握る私の手をやんわりと握った。



「返事、聞かせ」

「よ、よろしくお願い、します」

「…変更ナシの方向で頼むわ」



伝票通りの金額を払って、平子さんは眉尻を下げた。

手を振って去っていく平子さんを、ひたすらぼんやり見送った。



(だって私、惜しくなってしまった)



握られた手を、反対の手で包めば震えていた。

ほんのり平子さんの体温の名残が残っていた。



(他の人が、平子さんのものになるなんて、嫌)










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