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まだ陽も高い昼下がり。
杏は夕餉を作るのに足りない材料の買い出しをしてきて欲しいと頼まれ、街へと出ていた。



その途中、神社で婚儀が行われているのが見え、足を止めてその様子を見ていた。


「…綺麗……」


遠目からでもわかる、幸せそうな男女。
特に同じ女として白無垢を着た女性は一層美しく目に映った。








「こんな所で何をしているのだ?」


ふいに聞こえた低音の声。


「風間さん…!」


「そう身構えるな…その強気な態度も嫌いではないが……
貴様はまだ彼奴らの雑用をしているのか?」


「貴方に言われる筋合いはありません!」


「ふんまぁいい。
…ほう、何を見ていたかと思えば婚儀が行われているのか」





白無垢を着た女性と、紋付袴を着た男性が参列者たちに祝福されているのが見える。



「お前も俺のもとへ来ればすぐにでもあのようになれるのだぞ?」


「私…貴方と行く気なんてありません!」


「一生あの犬どもの住処へいたところでお前は女としての幸せなどなかろう…」




確かに新選組の元へいれば着飾る事もなく、化粧をすることもない。
ましてや”女”であることを知られるわけにはいかないのだ。




「本当はお前もあのように女として幸せになりたい…
そう思っているのだろう?」

「それは…」




好きな男性と一緒になって、子供を産んで…
女としての幸せな生活を望んでいないと言えば嘘になる。





「俺と一緒に来るだけでそれが叶うのだ…」

「風間さんは…風間さんは私を子供を産ませるためだけの存在だと思ってるじゃないですか!
そんなの…幸せなんかじゃないです!」



目の前にいる男は私を子供を産ませるための存在としか見ていない。
そこに愛などあるわけもない。






しばし二人の間に静寂が訪れる。
千景は杏をじっと見据え、そして口を開いた。





「…本当にそう思っているのか?」



いつもの雰囲気とは違う声色に杏は違和感を覚える。


「……どういうことですか?」


「最初はそうだったが…
今の俺はお前を一人の”女”として見ている…」

「!!!…嘘!よくもそんな嘘を…!」




じりじりと近寄る千景に後ろへと後ずさることしかできない。



「子供を産ませるためだけならば貴様を組み敷くことなど容易い…
いくら鬼同士とは言え男の方が力があるのだからな…
しかし…何故そうしないのかわからぬのか?」




真偽を確かめるべく千景の瞳を見る。
深紅の瞳には嘘も偽りもない。

真剣な瞳に射抜かれ、顔が紅潮してくる。
杏は思わず顔を背けた。





「…そんなこと……」

「嘘ではないと貴様もわかっているのだろう?」



とん…と背中が木の幹に当たるのがわかる。
背後に気が向いたその瞬間、
頬に手が触れるのを感じた。




「素直になったらどうだ」

「っ…私は……」




す…と親指で唇をなぞられる。
ひやりとした指が触れる度に、鼓動が早くなるのを感じる。



千景の美しい顔が近づくのを感じ、
杏はぎゅっと目を閉じた。









しばらくして手が頬から離れる。



「よく考えるのだなお前の望むもの、幸せとは何かをな…」


くく…と笑みを残し、千景は姿を消した。
杏はその場にへたり込む。
そして熱く火照った頬を両手で包み込んだ。






「私の望むもの…」


そう呟き、再び神社へと瞳を向ける。

この胸の鼓動の高まりは何なのか。
その答えを出せないまま…




仲睦まじく寄り添う新たな夫婦を杏はじっと遠目に見つめたのだった。





end

 

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