短編

□伸ばした手の先に、
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「―…これ、夢?」



瓦礫の塔、土煙、澱んだ空。
広がる焔、微かな声、叫び声。
混沌が来る前に起こった惨劇。
これも悪夢なのかもしれない。

何故かスーツを着ていたあたしは一命を取り留めた。
何回か死んだのに、生きてるなんて不思議だ。
東京メンバーを探しながら、人命救助。


今、あたしに出来ることはそれだけ。






「玄野くん、加藤くん、レイカさん、桜井くん、西くん、タケシくん、風さん…っ」



メンバーの名前を叫んで、誰かを助けて、叫んで、助けて。
日数や時間がどれくらい経過したなんて分からない。
何となく分かるのは、時間が止まってる、気がする。
空の色が変わらない。
澱んで、分厚い雲。
だから時間の感覚が狂ったのかもしれない。





「―…誰か、誰か!助けて!」


「今、助けます!」



聳え立つコンクリートの下から人の声。
早く助けて、あげなきゃ。と気持ちが焦る。
スーツの力加減で二次災害なんて笑えない。
細心の注意を払って、鉄筋が飛び出すコンクリートを退けた。





「あ、りがとうございます…」


「怪我はありませんか?」


「足が…」


「応急処置をしてから避難所まで一緒に行きましょう」




近くにあった木材で添え木にして、布を巻いて助けた人を背負う。
避難所と街だった場所を何往復したか覚えてない。
黒煙と白煙が上がる街中。
虚無感が、胸を締め付ける。

まるで戦場。
こんな甚大な被害の中に更なる被害が襲い掛かるなんて信じられない。


プロペラの音が煩く感じる。
助けを呼ぶ声が掻き消された。
向こうは救助や情報収集というプラスの意味で飛んでいるんだろう。
でも、地上ではマイナス。
怖いくらい静寂な地上でプロペラの音はマイナスで、なんだか怖い。





「すいません!怪我人です、生存者です!」


「生存者か!生存者一人確認」



自衛隊員に助けた人を任せて、あたしは避難所を飛び出して再び戦場のような街へ行った。
誰かを助けて、助けられなくて泣いた時もあった。
でも、泣くのはやめた。
あたしより泣きたい人はたくさんいる。
だから、泣かない。


人命救助が偽善だと西くんに罵られるなあ。
偽善と言われても、誰かを思いやって、慮って、慈しみの心を持って、助け合うのが人間だと思う。
助かった命は無駄にしない。
こんな壊れた世界だからこそ、プラスの心遣いを前面に出すべきなんだ。






「計ちゃんッ!こッちに人がいる!」


「本当か!?」


「俺が瓦礫を退けるから計ちゃんは中の人を」


「わかッた!」




黒いスーツ。
聞き慣れた声。
ああ、みんな生きてるんだ。
何度も失った命で、あたし達は生きてる。
だからこれ以上、誰も失わないように、あの部屋に来ないように、あんな苦しみを背負うのはあたし達だけでいい。

傷付いた心にこれ以上深く傷付くのは見たくないから。






「玄野くん、加藤くん!」




壊れた世界で更なる混沌が待っている。
その時、こんなふうに人間は手を取り合えるのかな?
少しずつ足音を忍ばせる混沌を目前に、あたし達は立ち上がる。
その先に絶望があっても、必ず希望を導いてみせる、そう胸に誓って救助活動をする仲間の元へ向かった。











伸ばした手の先に、世界を
(零れ落ちないように掴む)






震災に遭われた方々を悼んで、この小説を贈ります。

英あげは


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