JUNK

□拍手短編
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向日葵峠-伊崎×花千代 ver.-
「なんだい、色男がしけた顔して」

ぼうっと河原を眺めていると、言葉の割にとげのない、鈴を転がすような軽やかな声が降ってきた。

「いやぁ、親友にようやく春が来たもんでね。ちょいと感慨に耽ってみたんだよ」

声の主が浮かべている表情を、それだけで手に取るかのごとくわかるようになったのは大分昔の事だ。
伊崎はそんな自分を可笑しく思い、笑いながら軽口を叩く。

「そんな事より、また抜け出して来ちまっていいのかい?女将さんにどやされるだろうに」

手を差し伸べて河原に降りながら言うと、予想通り呆れた顔をされた。

「呼び出した本人が何言ってるんだい。何のために菊と凪を連れてきてると思っているのさ」

「……すまねぇな」

予想はしていても、本当に口にされるといたたまれなくなり、伊崎は視線を落とした。

彼女は花街一の女。
世の富豪達が彼女に会うためだけに金を積み、花街へこぞって足を運ぶ。

そんな女が、たかが眼鏡屋の跡取りごときと二人で逢うなど、許されるはずがない。
例えそれが真剣な想いだとしてもだ。

もしもこの逢瀬がばれでもしたら、お互い死よりもつらい目に合わされる。

それでも彼女は、人目を忍び伊崎に逢いに来る。

愛しい想いを抑えきれないからだ。

「何度も言ってると思うんだけどねぇ……若旦那が嫌だと言わない限り、あたしは気長に待ってるよ」

花千代はくすりと微笑む。
待つ事など苦ではない。
伊崎に想われなくなる方がよほど堪える、と微笑む。

こんな彼女を愛しいと想うのは、これで何度目だろうか。

「そんなに待たせるつもりはねぇさ。たっぷり稼いで、すぐに迎えに行くよ」

おそらく数え切れない、と伊崎も微笑む。
そう、待たせるつもりなどさらさらない。
どんな事をしても、迎えに行く。

「ふふ、毎日向日葵でも飾っておこうかね」

まっすぐな言葉に、花千代はふとある二人を思い出す。

「向日葵?」

「そう、知ってるかい若旦那。向日葵の花言葉」

まっすぐおてんとさんを向いて凛と咲き誇る花の言葉。

《あなただけを見つめている》

あたしの一番好きな花だと、花千代は少女のように笑った。


fin.
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