文章

□藪柑子
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秋も過ぎて冷え冷えとした日々が始まった頃、6い長屋では通常運転でのんびりとした雰囲気が漂っていた。

食堂のおばちゃんが淹れてくれた暖かいお茶が注がれた湯呑を口に付けて啜りながら、立花仙蔵は、委員会の仕事をしているのであろう、黙々と算盤を弾いている俺、潮江文次郎その人の背に凭れて外を眺めていた。

パチパチと算盤を弾く音と、部屋に置かれた火鉢の炭が割れる音だけが響く6いの部屋で算盤の手を止めずに俺は口を開いた。

「なぁ、仙蔵?暇じゃないか?」
「…ん?そんなことないぞ。」
そう言ってクスッと笑ってお茶を飲む相手に俺は作業を止めて目だけ肩に視線を向けると、仙蔵の長く美しいサラストbPと名高い髪が俺の背に凭れているためなのか、肩に乗っていた。スッと手で髪を掬うと、スルリと指をすり抜けた。その感覚がとても楽しくて夢中でその行為を続けていると、流石に少しはくすぐったいのだろう、仙蔵がクスクスと笑いながら俺を見ていた。

「ん?弄られるの嫌だったか?」
「いや、あの鬼の会計員長と呼ばれている奴がまるで子供のようだと思ってな」

そういって俺の頭を撫でてきた仙蔵に少なからず頭にきたが、頭を撫でられているためか怒る気もせず、ただ相手の髪をいじり続けた。
―――…

数刻立ったであろうか、気がつくと眠そうにしている仙蔵が目に入り、髪をいじるのをやめて相手の頬に手を滑らした。
「仙蔵、眠いのか?寝てもいいぞ?」
「…ん、そうするか…」
仙蔵はそのまま畳の上に横になって目をつぶったかと思うと、スヤスヤと寝息を立てて眠り始めた。俺はその横に寝転がって相手の寝顔を眺めた。

(…きれいな寝顔だな…本当に男なのか?)

凛とした綺麗な目を縁取る長い睫に整った顔の形に、桜色の柔らかそうな唇に美しい白い肌。まるでこの世の美しいものや綺麗なもので出来上がっているようで、少し、見惚れた。

思えば、初対面の時から俺はこいつに惹かれている。だがそれは外見ではなく中身でだ。

普段は冷静を保っているがふとした瞬間に糸が切れたように静かに泣いていたり、機嫌がいいときに見せる柔らかな笑みは年相応に愛らしいので、見せられる度に、困る。
(お前を狙っている奴らには絶対に見せたくない)
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