■小説1

□Baby!Baby!Baby!
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題:「Baby!Baby!Baby!」
  [其の壱]
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深夜。開発局の塀を軽々と飛び越え、ひた走る影有り。
向かうは十二番隊に隣接する研究塔内、隊首室。それは隊長である涅マユリの自室である。
オートロックの暗証番号をたやすく解錠し、辿り着いたマユリの部屋の扉。全身黒ずくめの怪しい男−それは霊圧を完全に遮断する黒外套に身を包んだ浦原喜助の姿であった。

「マユリさん。マユリさん、アタシっスよ」

トントンと扉を叩き、小声で相手の名を呼ぶも中からの返事は無い。暫く待ってみたが扉が開かれる様子も無く、浦原は仕方ないと言うように一息つくと、持っていた伝令神機を扉横の探知器へと翳す。センサーが反応して扉が開かれ、直ぐに浦原は中へと入った。

「マーユリさぁん、アタシ今晩も来ちゃったっスよォ」

猫撫で声でマユリの名を呼ぶも、姿は有らず。広い室内の奥より聞こえるは、微かな水音。マユリは自室に設置された風呂場で今、湯を使っているようである。

「シャワー浴びてるんスかァ。じゃあ、ちょっと待たせて貰うっスね」

浦原は慣れた様子でマユリの寝台へと上がり、横になった。

何様な様子で既にお分かりになる方もいるであろうが、浦原喜助と涅マユリは、現在付き合っている間柄である。

百年前、謂れ無き罪に問われ現世へと逃亡した浦原である。
当時、喜助の恋人であったマユリ。自分は捨てられたのだと誤解して、この時より酷く浦原を憎悪するようになった。が、事の真実が明らかにされ、諸悪の根源が元五番隊隊長の藍染惣右介であると解ると、浦原に対する憤りも些か落ち着き、マユリは百年もの長い間、浦原を信じられなかった己にも、後悔し始めていた。

そこへ、山本総隊長が現世の浦原へ幾つか指令を出して来た。
それは隊長格を虚圏へ送る事と、空座町で護廷十三隊全隊長格を戦闘可能とすること。これに喜助は『転界結柱』という策を提案し、長年連絡も取れなかった開発局と頻繁にやり取りがなされる事となった。
かくして浦原は、マユリとも連絡を取り合う事となったのである。更に、浦原の黒腔で虚圏へと向かうマユリと、百年ぶりに再会する事となったのだ。
この時漸く長年の誤解を解く事が出来、やがて浦原とマユリは再び恋人として付き合う事となった。

色々あった二人であったが、こうして収まる所へと収まったという訳で。今、浦原は夜毎マユリの部屋へと足しげく通っているのである。

さて。再びマユリの自室に場面は戻る。

浦原は今、マユリの寝台の上にて愛しい恋人が湯から上がるのを、浮き浮きと心待ちにしていた。その脳内は、当然この先行われるであろうマユリとのいやらしい行為を夢想し、浸り切っていた。故に、今身近に起きている異変に、全く気付いていなかったのである。

「ハァ…マユリさんの匂いがしますよォ」

大きめの枕に顔を埋め、くんくんと鼻を効かす。と、鼻腔にマユリの甘い匂いが拡がり、喜助の身体を熱く疼かせた。マユリが現れる迄の僅かな時間すら切なく感じ、浦原は溜息を深くついたのである。

「………」

と、そこへ感じた微かな違和感。
よく見ると寝転んでいる自分の隣…つまりいつもマユリが寝ている場所が、何やら膨らんでいるのである。
耳をそばだててみると、すぅすぅと小さな呼吸音すら聞こえるではないか…。もしやマユリが喜助以外に誰ぞと懇ろにでもなって、その相手の男でも布団の中にいるのではないか。否、それにしては今の今まで気付かなかった程、その盛り上がりはこんもりと小さいものだ。
浦原は用心しながら、恐る恐る布団を捲り上げたのである。

「…−−−ッ!?」

何という事であろう。そこに居たのは、マユリそっくりの赤子の姿であったのだ。赤子はすぅすぅと軽い寝息を発て、浦原に気付かずそのまま眠ったままであった。

「…な、なんスかァ、ッ?!これは一体ッ…!?」

浦原はまじまじと横に眠る赤子を眺めた。赤子は蒼髪に白い肌をしており、見れば見る程マユリに似ていて、他人とは思えぬのである。邪推で無ければ、もしやこれはマユリの…

「何だ、浦原。来ていたのかネ?」

背後に現れたのは、風呂から上がったマユリであった。肌に白い襦袢を纏った格好で、その洗いざらしの長い髪からは、まだ雫が滴っている。
そして、素顔のマユリのなんと美しい事か。薄い頬は僅かに上気しており、その立ち上る色香に普段の喜助であるなら直ぐにも飛び付いたであろう。
だが、浦原は全身を打ち震わせて、何やらブツブツと言葉を唱えているようであった。

「…何で?何で言ってくれなかったんスかァッ!?マユリさんッ!!」

「な、何だネッ、浦原」

浦原の突然の雄叫びによって、マユリはびくりと身を硬くした。

「アタシ達の赤ちゃんスよォッ!てか、マユリさん一体いつ産んだんスかァッ!?アタシ全然気付かなかったっスよォッ!」

「あ、赤…ちゃん…だと?」

浦原の開口一番は、マユリには全く理解出来ぬ言葉であった。

「そうっスよォ!ああ、アタシも遂にパパになったんスねッ!こんな嬉しい事無いっス!あ、でもこれから忙しくなるっスよね。明日にも役所に出生届け出さないといけないですし。アタシ達も今のままって訳にはもういきませんよォ。マユリさんが何と言おうと、ちゃんと籍入れないとッ!てか、マユリさんいつ妊娠してたんスかァ?アタシ全然気付かなかったっスよォ」

何を解らぬ事を…と、マユリは怪訝そうに眉をひそめた。そうして浦原の横に眠る小さな赤子に目を留めると、呆れたように小さく息をついた。

「残念ながら、浦原…此は私達の子供では無いヨ」

「…エ?そんな馬鹿な…だってマユリさんそっくりじゃあないスかァ。…て、も、もしかして他の男の子供っスかッッ!?マユリさん浮気してたんスかァッ!!そんなの絶対に赦せないっスよッッ!!あ、相手は誰っスかァッ!?」

「全く、どうしてそうなるんだネ…浦原、よく見給えヨ、此を…」

マユリが赤子に掛かっている布団を全て捲り上げると、赤子の全身が見て取れる。
その赤子には…蝶のような羽があったのである。
それは極彩色で美しいが、見ていると少しくらくらするような紋様と翅脈。

「疋殺地蔵だヨ…」

「…へ?あ、疋殺地蔵ッスか!?此が…!?でも、どうして…」

「何の理由か、再び実体化したようだヨ。フム…面白いネ」

呆然とする浦原をよそに、マユリはニタリと興有り気に微笑んだ。
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[其の弐へ続く]
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