■小説1

□今宵毒の接吻(くちづけ)を
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題:「今宵毒の接吻(くちづけ)を」
  [其の壱]
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キシッ…キシッ…

歩く度小さく軋む、板張りの長く暗い廊下。
底冷えする厳寒の外気そのままに、痛い程冷えた廊下に白い素足が歩む。此処は十二番隊隊舎内、隊首室へと続く廊下。隊長である浦原喜助の自室の前で、その人物は立ち止まった。

涅マユリ−開発局副局長であり、十二番隊三席。
普段は奇妙な化粧を施した様相を致しているのだが、此夜は違っていた。

夜目でも判る鮮やかな藍色の髪は普段と違い下ろされて、さらりと頬を撫でている。白い肌に纏うは飾らぬ薄い肌襦袢一枚であるが、それがかえって美しさを際立たせている。

素顔のマユリ。宵闇の僅かな月の明かりに端整なその顔は、陰影を落としている。冷たさからか、細く長い足の指先はうっすら紅くなっていた。その姿は、誰もが心奪われる程に凄艶で妖しく、どこか猥らな匂いすら醸し出していた。

マユリは浦原の部屋の前へと立ち止まると、消え入りそうな声でその名を読んだ。

「…うらはら…」と。

聞こえていたのかも怪しい程に小さな声であったが、障子は直ぐに中より開かれた。行灯の明かりが中の人影を揺らし、障子に大きく影を映した。隙間より見えるは、この部屋の主−浦原であった。浦原はマユリの姿を認めると、酷く嬉し気にその顔を綻ばせた。黙ってマユリの白い手を取り、中へと招き入れる。そうして扉はすっ、と閉じられた。

「ああ、来てくれたんですね。マユリさん…」

マユリが室内に入ると直ぐに浦原はマユリを抱きしめた。温かい浦原の身体に包まれるマユリ。浦原の身体からは、今の季節にそぐわぬ、日なたの匂いがした。

浦原の部屋は、おおよそ部屋と呼ぶには不釣り合いな程にごちゃごちゃと乱雑であった。研究に使うのか水槽が幾つか置かれてあり、電子機器も羅列されてある。書棚には専門書や貴重な文献が並び、よもや此処は「研究室」と呼んだ方がいいだろう。
だが、敷かれた畳と暖を取る為に置かれている火鉢、一枚板の趣ある長机それらが、人並みに生活感を感じさせており、どうにも不思議な空間を作っているのである。

浦原はマユリを火鉢の側の客用の座布団に大事そうに座らせると、直ぐ茶の用意を始めた。抱きしめたマユリの身体が驚く程冷たかったからだ。盆を持ちマユリの傍らへと座った浦原は、用意した良い香のする玉露茶をマユリの横にそっと置く。

「茶などいい。…それより」

マユリの腕が浦原へと廻され、しな垂れ掛かる。頬にマユリの甘く温い吐息が感じられ、浦原はごくりと唾を飲み込んだ。

浦原はマユリを好いていた。それも生半可な恋心では無く、焦がれて焦がれて、焦がれ死にしそうな程に、マユリを愛していたのである。

看守と囚人という関係を幾年か経て、今は同じ科学者として日々研究に没頭する二人である。が、浦原の頭の中には、常に裸のマユリがおり、浦原を誘っていたのである。

マユリを引き抜きという名目で、地下牢獄「蛆虫の巣」より連れ出した浦原。
現実として二人を隔てていたあの錆びた鳶色の檻はもう無い。
此処には越えてはならぬしがらみなど無いように思えて、浦原は秘めていた恋情を抑え切れ無くなり、あからさまにマユリに愛を囁くようになった。

そして、それは毎日のように繰り返されてはいたが、いかんせんマユリは中々首を縦には振らなかった。

それが。今朝方、浦原がマユリを給湯室の隅へと押しやり、何時ものように愛の言葉を囁くと、不思議な事にマユリは頷いた。
今宵お前の部屋へ行く、と言う。

突然マユリから色よい返事を貰い、余りの嬉しさに茫然となってしまった浦原。気付けば、その腕の中にマユリの姿は無かった。代わりに浦原の死覇装にマユリの香がほのかに甘く残されていた。

このように今、愛して止まぬマユリより身を寄せられ、浦原の理性は限界を越えていた。薄いマユリの肩を抱き、顔を寄せる。愛おしいマユリの唇。薄く形良い口唇は、心なしか艶っぽく濡れているようにすら見える。
浦原は躊躇いもせず、その唇に唇を重ね、激しく吸い付いた。
ずっと欲しかったマユリの唇だ。舌を差し入れマユリの咥内を掻き回すと、溢れた唾液を交換し、吸い上げ、飲み込んだ。
それだけで甘い疼きが、浦原の全身を巡り始めていた。

マユリは浦原の腕の中でされるがままとなっていたが、奇妙な事に口づけの間もずっと薄目を開けて浦原を見ていた。浦原が不思議がりマユリの顔を覗き込むと、

「お前を見ていたいのだヨ」

と、嬉しい言葉を口にした。
そうして、

「もっと…浦原。唇を、舐めて…欲しい…」

と、浦原にせがんで来た。

浦原は興奮し、再びマユリに口づけた。言われたように舌先で幾度もマユリの可愛い唇を舐め上げた。上唇の後は下唇…と、存分に舐め廻した。マユリは感じているのか、小さく「ああ」と声を上げ、浦原の頭を抱え込んだ。それを機に、浦原はマユリを畳の上へと押し倒した。

折れそうな白い首筋へと舌を這わせ始めた浦原。
マユリの皮膚のその肌理の細かさに、浦原は感嘆した。このような肌は知らぬ。このような肌をして、男でありながら男を惑わせるなど赦せない。
浦原はマユリの襦袢の合わせを、ぐい、と乱暴に押し拡げ、現になった薄紅をした小さな突起に、むしゃぶりついた。舌先で舐め廻し、歯を使って先端を噛む。片方だけでは足らず、交互に噛んでやる。指で摘みくりくりと弄ると、マユリは嫌々をするように頭を左右に振った。だがそれに反して、突起は直ぐにツンと可愛らしく上を向く。

未だ突起を口に含みしゃぶりながら、浦原の手はマユリの襦袢の裾へと延ばされた。踝まである筈の白い衣であるが、いやらしく捲れ上がりマユリの白い腿を晒していたのである。腿に手を這わし十分に撫で廻した後、そっと内腿へと手を入れた。途端にビクン、とマユリの身体が反応する。慌ててマユリの手が延ばされ、浦原の手首を掴み引き剥がそうとする。

何故?此処からが大切なのに。愛する貴方を知る為に一番触れたい場所ではないか、と浦原はマユリの顔を覗き見た。

「…う、うらはら…」

マユリは動揺しているようであった。信じられぬものを見るように、マユリの目は浦原を見ている。

−おかしい…何故、効かぬ…−

マユリは目の前の浦原を見詰めながら、心中ざわざわと、恐れに支配されていく自分を感じていた。
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[其の弐へ続く]
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