■小説1

□ラブ・チョコレート
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題:「ラブ・チョコレート」
  [其の壱]
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「チョコ…チョコくださいィッ…」

「………」

此処は技術開発局、第一研究室。

春とは未だ遠いこの季節。寒風吹き込む窓より恨めしげに顔を覗かせる一人の男が、此処にいる。

この男、初代局長であり、この技術開発局創設者でもある、浦原喜助という者。
訳あって百年もの間、現世へと追放、否、逃亡していた浦原であったが、誤解も解け今は現世と尸魂界を自由に行き来する事を赦されている。
こうして毎日のように開発局へと顔を出すのも、やはり己が立ち上げた施設であるが故、未だ気掛かりなのであろう。

かと思いきや、そうでは無い。それは先程浦原が恨めしげに呟いた「チョコ」と言う言葉が全てを表している。

二月十四日…St.Valentine's Day。浦原の偏った説明によると、現世ではこの日『好きな相手よりチョコレートなる甘い菓子を貰える日』であるらしい。
この日が近付いて来ると、浦原は例年病に掛かったかの如く現世より来訪し、ある人物にチョコをねだるのだ。それがこの局内では恒例の『春が来る前の季節の風物詩』のようになっていた。なにぶんふざけたこの男なれど、元局長。誰も此処へ来るのに異論を唱える者など無く、寧ろほほえましく歓迎ムードであるのだ。

そしてその浦原の標的とされている人物、現開発局局長である涅マユリ。

実はこの二人、恋人として付き合っているのは公然の秘密である。
既に恋人という間柄なのであるから、此処までしなくとも良いのではないか、と思えるのだが、浦原に言わせれば事態は逼迫しているらしい。
何やら今年浦原はマユリからの、所謂『手作りチョコ』なる物を欲しいらしいのだ。『手作りチョコ』を作るのならば作成期間も当然必要であろうと浦原は考え、こうして例年より数日前から訪れたのだ、と言う。貰う立場でありながら、図々しくもこうして宣わっているのだから、始末に負えない。

そのマユリ。既にウンザリと言った体で浦原を見ている状態だ。
幾ら愛しい筈の恋人であれど、こう毎日職場に迄来られては、流石に嫌気もさすと言うもの。第一、局長という立場上、局員らにも示しが付かぬ。
マユリは小さく溜息をつきながら、浦原を睨みつけた。

「浦原、貴様いい加減にし給えヨ。『手作りチョコ』が欲しいなどと、子供が言う我が儘のようだとは思わんかネ。考えてもみ給エ。この私に一体何処にそんな時間があると言うのだネ?大体、昨年は現世で市販の物を買ってやって十分喜んでいたではないかネ。今年お前の言うその『手作り』で無いとイケない理由とは何なんだネッ!?」

マユリからキツイ言葉を返されて、些か答に詰まった浦原である。が、それでもしつこく食い下がって来た。

「ああ。あれはマユリさんが言ったんじゃあないですかァ。『愛の有る市販チョコ』と『愛の無い手作りチョコ』のどっちがいいか、って。そりゃ誰だって『愛の有る市販チョコ』って答えるでしょ、普通」

「ウ…そうだったかネ?…」

そう言えば、昨年はそんな事を言って浦原を宥めすかしたような記憶も多少ある。痛い所を突かれそうになり、マユリは慌ててごにょごにょと口篭った。

「そうっスよォ。今年に限らず、毎年アタシマユリさんの『手作りチョコ』欲しいって言ってるのに。上手く引き延ばしてるのはマユリさんの方じゃあ無いスかァ。とにかく、アタシ今年はぜーったいマユリさんからの『愛の手作りチョコ』貰いたいんス。作ってくれる迄毎日こうして此処に来て、離れないスから。覚悟しといてください」

にこぉ、と満面の笑みを浮かべ、浦原は窓から半身を乗り出している。この男の図太さとしつこい性分は昔から変わらぬ、とマユリは半ば呆れ気味だ。

「勝手にし給エ。但し私はお前に幾らねだられようと『手作りチョコ』は作らぬヨ。来るだけ無駄だと思うがネ…」

そう言って、フイと浦原に背を向け作業へと戻るマユリ。
実際、開発局は季節など関係無く多忙を窮めていて、帰宅も深夜となるのは常である。恋人である浦原もその現状はよく理解していると思っていた筈であった。なので、この浦原の『手作りチョコ』への執念とも取れる申し出に、マユリは内心訝しんでいたのである。

−全く。浦原の奴、何を考えているのだ?…と。

一方浦原は変わらず笑顔のまま、作業の合間に時折振り向くマユリに向かって、手を振ったりしているのだった。
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こうして。
性懲りも無く浦原がマユリの元へと日参するようになって数日が経った、或る日。
遂に、その出来事が起きてしまったのである。

「マユリざぁんッ。ヂョゴッ…ヂョゴぐだざいッ。マユリざんの愛の手作りヂョゴォッ…」

「煩いヨッ。浦原、貴様いい加減にし給エッ。しつこいんだヨッ!」

浦原に付き纏われ、マユリの怒りは頂点に迄達しようとしていた。まあ後から思えば、それは多少仕事が忙しいせいもあったのやも知れぬのだが。

「ヂョゴ…ヂョゴ…ヂョゴッ…ヂョゴぐだざいッ!マユリざんの…手作り…ゲホッ…ヂョゴォ…」

そう言って何やら咳込みつつも、一向に後へと引かぬ浦原。

と、その時一陣の風が、浦原が開け放っていた窓より侵入してしまった。
なにぶん此処は研究室である。資料の類いの紙切れは、ここぞとばかりに卓上へと積み上げられていたのだ。そこへ強風が吹き込んで来たのだから、堪ったものでは無い。
たちまち積み上げられていた貴重な資料や印刷物は、大量にヒラヒラと宙を舞った。そう、まるで美しくも哀しく花びらが舞い散るが如く。

そして最悪な事に、その中にはマユリが現在研究中である、新薬の大切な資料も含まれていたのである。

「わぁッ!」

「ひゃあッ!…コレはッ、酷いッ!!」

舞い上がる資料の紙切れを取りに走る局員達。実験は直ちに中断され、残されたのはゴミ溜めのようになった無惨な研究室。
突然の事に、マユリの目は驚愕の為か見開かれたままの状態であった。が、やがてはっと我に返ると、沸々と怒りが湧き、勢いに任せ浦原を怒鳴りつけた。

「浦原ァッ!貴様ッ…どういうつもりだネッ!?エエッ!?見えるかネッ、この酷い有様がァッ!貴様、もう金輪際此処へは出入り禁止だ!!否、顔も見たくないヨッ!!当分私の部屋へも来るんじゃあ無いッ!!解ったらとっとと今直ぐ現世へ帰り給エッ!!」

怒りの為、全身を震わせるマユリである。

「ず、ずびばぜ…あ゙…マユリざ、ン…」

浦原が謝ろうとするも、マユリの怒りは早々収まるものでは無かった。フン、と外方を向くと、鼻息荒くマユリは研究室をさっさと出て行ってしまったのである。

マユリに怒鳴られて、浦原はしゅん、と酷く落ち込んだ状態となった。
だが、それでも窓より中へ入り、残された局員らとばらばらになった資料をかき集めた。
片付けを済ませた浦原は、何度も周囲へ頭を下げ詫びていたが、気付けばいつの間にか居なくなっていたのだった。
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[其の弐へ続く]
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