■小説1

□Bitter or Sweet?
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題:「Bitter or Sweet?」
  [其の壱]
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「なん、だネ?此は…」

現開発局局長、涅マユリは今、手渡された美しくラッピングされた四角い箱をまじまじと見詰めながら呟いた。

何やら小さなマークと銘柄の入った赤い包装紙。金色の輝くリボンで装飾され、先端にはご丁寧に造花の薔薇までが付いている。このようななんとも少女趣味的な、自分とは全く不似合いで縁遠いと思われる物を今ある男より手渡され、マユリは固まってしまっていたのだった。

「何、って…バレンタインのチョコっスよォ。今日、二月十四日でしょ。マユリさんへアタシから…」

「………」

言いながら照れ臭そうに頭を掻く、なんとも安穏とした男。
名は浦原喜助。マユリの元上司であり、今は現世と尸魂界に離れている立場であれど、何かにつけちょっかいを掛けて来る胡散臭さ漂う男。
実は、今日マユリはこの浦原により「大切な話がある」と、開発局裏庭へと呼び出され、渋々ながらもやって来たのである。

「あ…あれ?マユリさん、もしかしてバレンタイン知らないって事は…」

「ム。…そんな物知っているヨ。当然じゃあないかネッ!ほら、アレだろう。現世で流行っているヤツ…だろう」

上手くごまかしてはみたものの、実はマユリはこう言ったイベント事には一切興味が無いのである。だが、ライバル視している浦原に引けを取るのがどうにも赦せず、ついつい知ったかぶりをしてしまったマユリである。

−バレンタイン。そう言えば何となく聞いた事がある。現世でチョコレートを渡す恒例行事だとか−

そんなマユリの知識などは、まぁこの程度であった。故に浦原より手渡されたチョコの意味など、マユリはこの時何も理解出来ていなかったのである。

「所で『大切な話』とは何だネ?わざわざこんな所へ呼び出して。まさか只このチョコを渡しに来ただけでは無いのだろう?何か知られてはいけない事でも…」

もしやまた尸魂界に何か異変でも−とマユリが怪訝そうに探りを入れようとしたその言葉。聞いて何を勘違いしたのか、浦原は突然マユリの手をグッと掴んで来たのである。
思わず、ぎょっとするマユリ。

「嗚呼ッ!そ、そうなんス!そのチョコなんですけど…『義理』じゃあ無いんス。つまり、そのゥ…『本気』なんです。アタシ、もう随分と前からマユリさんの事、ッ…」

受け取ったチョコの入った小箱を持つ手を、浦原の手に大切そうに包まれたマユリ。その浦原はマユリの手を掴んだまま、上からマユリを熱い眼で見詰め続けているのだ。マユリは浦原の言う意味が全く解らず、只きょとんと前を見返していた。
そんなマユリの様子に気付き、慌てて浦原は取り繕うように言った。

「…そうっスよね。突然こんな事言って驚かれたでしょう。返事は直ぐにで無くても構いませんから。アタシ、待ってます」

そう言ってマユリの身体を一旦抱きしめた後、浦原は現世へと帰って行ったのである。
残されたマユリは何が何やら解らずに、先程の浦原の言葉に疑問を抱いたままであった。

「返事…?何の事かネ?全くあの男ときたら、相も変わらず理解不能だヨ。こんな所へ呼び出すから何かと思ったが。たいした用では無かったじゃあないカ」

そう言って毒づくマユリであったのだ。

が、やがてマユリは真実の意味を知る事となる。
それは深夜。仕事を終えたマユリは湯を済ませ、自身のPCの前へとやって来た。検索ワードは「バレンタイン」。昼間の浦原との理解不能な会話の意味を探ろうと、マユリは思い立ったのである。

傍らには浦原から貰ったチョコの小箱。開封してみると、銀の器にハートや円形に美しく形つくられたショコラが並べられてある。ホゥ、とマユリは感嘆し、一粒口へと含んでみた。

マユリの舌の上でソレは甘く蕩けた。芳醇なショコラの香が鼻腔を擽る。口に入れた途端、マユリはその濃厚な美味しさに心を奪われた。チョコは初めてでは無いが、このように感じ入るのは初めての事だ。おそらく名の知れた高級品なのであろう。

「中々、美味いじゃあないかネ。浦原の事は気に入らないが、此はいい物を貰ったヨ」

などと呑気に感心しながら、PC画面に現れたバレンタインに関する情報を収集する。

「フム。異教徒の迫害にあって殉死した聖バレンタインの祭日、か…」

成る程、などと感心しながら次頁を覗く。

−毎年二月十四日、この日、恋人達はチョコレートや贈物等を交換する。特に、唯一この日のみ女性から求愛をしてよいとされる−

「フン。聖バレンタインの祭日が、どうだネ。本来の意味を忘れ、今や恋人同士のイベントとなってしまっているじゃあないカ。それも女子の方から愛を告白など、と…」

言いながらマユリは固まった。何か引っ掛かるのである。あの時、浦原は何と言ったか…−
慌ててマユリは件の情報を読み取ろうと、クリックしてみたのである。

−チョコが結ぶ二人の愛−
−今年こそ大好きな彼へ、愛の手作りチョコを−
−バレンタイン必勝法。彼の心を掴む愛のショコラ−

まぁ出るわ、出るわ。恋する男の心を掴もうとの、ありとあらゆる情報がそこには溢れていたのである。
マユリは顔面蒼白となった。
あの時、浦原が言った言葉を思い出したのだ。

『義理』じゃあ無いんス。『本気』なんです。
アタシ、随分と前からマユリさんを…
返事は直ぐにで無くても構いませんから。待ってます。

全ての事柄が合わさり、結び付いた一つの結論。
マユリは続けて咥内に含んでいたショコラを喉に詰まらせかけ、慌てて咳込んだ。

「ゲホッ、グウッ…ハァ、ハァ…ッ。馬鹿な、ッ。奴は男だヨッ!男が男に告白など、ッ!?」

だが、昼間の己を見詰める浦原の熱い目を思い出し、どう否定しようが辿り着いた結論は揺るぎ無いものとなっていた。

「じょッ、冗談じゃあ無いヨッ!返事だと!?そんなもの決まっているじゃあ無いかネッ!誰が好きこのんで男となどと、ッ…」

だが、突然次の言葉を飲み込むマユリ。

そう言えば、浦原喜助と言う男は色んな面で赦せぬ男であった。
今から百年以上前より、看守と囚人、局長と副局長と、常にマユリよりも上の立場にいた浦原。現世へ留まっている現在も総隊長からの信頼は今でも厚いものだ。

加えて長身の上、眉目秀麗。しかも武道の腕も立つ、と来れば男としてほぼ完璧なのではないか、と思う程だ。過去、浦原を慕う女子共は常に身近にいたし、マユリはそれが欝陶しくてならなかったものだ。

だが、その浦原が想うは、男であるマユリであるのだ。マユリはその事の重大さに漸く気付いたのである。
ずっと己の先をいく浦原という目の上の瘤のような男に思い知らせてやるいい機会ではないかと、この時マユリは思い立ったのである。

浦原と付き合い、散々弄んだ揚句、捨ててやるのだ。そうすれば長年溜まった浦原への恨み辛みも少しは晴れる事だろう。
なに、交わり等、目を瞑っていればいい。相手は自分の事を好いているのだから、身を任せて来る筈だ。
男同士の交わり等とんでもない事だが、浦原への復讐であると思えば、やれぬ事は無いだろう。

「完璧」な男など、少しは痛い目をみれば良いのだと、この時マユリはにいッ、と含んだ笑みを漏らした。
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[其の弐へ続く]
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