■小説1

□アタシの中の戀愛地獄
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題:「アタシの中の戀愛地獄」
  [其の壱]
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空座町。此処に「浦原商店」という一軒の駄菓子屋がある。
古民家風のその外観と相反したような金髪の店主−浦原喜助は、現世へと出奔していた死神であった。出奔より百年。漸く誤解も解けた浦原は、此現世より尸魂界へと行き来する事が今現在赦されている状態だ。

深夜。「商店」奥に在る自室にて、店主−浦原喜助は食い入るようにある書物を見詰めていた。

ふと、背後に気配を感じ浦原が振り向くと、そこにある人物が音も無く立っていた。
現十二番隊隊長兼技術開発局二代目局長、涅マユリ。マユリは死覇装は普段と変わらぬものであったが、いつもの奇異な化粧を施しておらず素のままであった。その顔は、これはと思う程に端正で見目麗しく、かつ妖艶であった。
このようなマユリが突然現れたというのに、浦原は特に驚いた素振りも見せず、それは実に嬉しそうな笑顔を見せた。

可様な事から、浦原とマユリは、常に互いの元へと行き来している間柄である事が伺える。否、実を言えばこの二人、只ならぬ間柄であるのは間違いない。此処で打ち明けるが、この二人、男同士でありながら、あろう事か恋人として付き合っているのである。そしてそれは今に始まった事にあらず、二人の親密な間柄は、浦原出奔より遥か前からの関係でもあった。

「何を見ているんだネ?」

マユリは膝立ちになり、浦原の前にある座卓に置かれた分厚い冊子を覗き込むように見遣る。浦原喜助ともあろう者が、一体どのような書物に我を忘れて見入っていたのだろうか、とマユリの方は興味津々と言った所なのであろう。

「ああ、この本なんスけど…『地獄絵』が載ってるんス」

「地獄絵」と聞いてマユリの方は、よもや興味の半分も無くしてしまったようである。浦原の事であるから、何か他人には言えぬ研究データや貴重な文献でも見ていたのかと思いきや当てが外れ、マユリは少し呆れたように鼻を鳴らした。

「フン。そのような物、人の想像の産物だヨ。実際とは異なる…」

なにぶん自分達は本物の死神である。尸魂界もだが、地獄の事だとていやがおうでも十二分に理解している。まして浦原がそれを知らぬ訳も無く。
一体何が楽しくて、我を忘れてこのような物にそれ程夢中になれるのか、マユリは疑問に思い、小首を傾げた。

そんなマユリににこりと優しく微笑みかけ、浦原は手を引き、マユリを胡座をかいた自身の膝の間へと座らせた。まるで大人が子供を膝に抱くような格好だ。マユリはと言えば、珍しく大人しくその場に甘んじている様子。

「まぁそうなんですけどね。良く出来てるんスよ。生死輪廻の迷いの世界は欲界・色界・無色界の三段階。中でも欲界の最下層にある地獄は『等活地獄』『黒縄地獄』『衆合地獄』『叫喚地獄』…等まだまだ色々とあるんスけど…」

浦原はパラパラとその分厚い冊子を巡りながら、時折指で追い、マユリに説明していく。
そうしてとある一頁になると不意にピタリと指を止める。

「で。この『衆合地獄』では殺生・偸盗・邪淫を貪った者が罪に問われ、堕ちる地獄なんです」

「ホゥ。貴様、そういった物に興味があるのかネ?意外だヨ」

こちらはなんとも興味無さ気に応えるマユリ。予想通りなその態度に、浦原はフフと口角を上げて笑みを漏らす。

「まぁ、見てください。『衆合地獄』の中に『多苦悩処』という小地獄があるんスけど。これは男同士の恋愛、言わば男色をした者が堕ちると言われてるんス」

「………」

「罪人の眼前に恋しい相手が現れ、それを見るだけで身体が燃えるように熱くなる。耐えながら相手を抱こうとすると、ついには熱で身体が砕け散ってしまう。罪人の刑期は長く、勿論亡者は何度死んでもその都度蘇る事になります。つまりは、ほぼ永遠に苦しみが続く事になってるんスよ。ね、酷いと思いませんか?」

「何が言いたいんだネ?」

訝しんで眉間に皺を寄せながら浦原を見ようと顔を寄せるマユリ。浦原はそんなマユリを突然引き寄せ、背後から強く抱きしめる。

「つまりコレは貴方とアタシ。色欲に支配され邪淫を貪る者の『成れの果て』っスよ。この中では、恋愛すら、肉欲に溺れる穢た罪なる意識、という訳っスね」

「フン。…なら止めるかネ?私は別に構わんが」

マユリは冷たくそう言い放つと、浦原の精悍な腕を外し、摺り抜けようとする。それに気付き慌てて浦原が、マユリを再び胸の内へ抱え込む。

「…ッと!?冗談、…アタシは貴方無しじゃあいられないっスよ。知ってるでしょ?」

「なら何を惑う事がある…」

マユリは片腕を浦原の首へと回し、顔のみを後ろへと振り向かせた。お互いに身体は前を向いたまま、そっと口づけを交わす。触れ合った互いの唇を吸いながら、どちらとも無く舌を絡ませ合うと、くちゅくちゅ、と淫靡な舌の絡まる水音が、いやらしく漏れ聞こえる。とろりと甘い蜜のような唾液は、咥中に溢れ、一杯となった。蜜は、甘美な背徳の、罪の味がした。

「ウ…ン、ッ…」

長い口づけが一旦終わりを告げ、マユリの形良い唇から蜜が滴り落ちた。きらきらと口元を濡らしている。それを浦原が、れろり、と舌先で愛おしげに舐め取ってやる。

「…迷ってなどいませんよ。ただ同類相憐れむってヤツなんスかねェ。この絵の男、自分を見てるようでして。幾度酷い目に合わされようと再び恋人をその腕に抱いてしまうんス。残酷っスよ。まさに『戀愛地獄』…。ただ…」

「愛する人に逢えるだけ、それでも幸せな地獄っスよ」

ぼそり、と呟いた浦原のその一言に、マユリはハッとなり、浦原の顔をまじまじと見遣る。

「アタシは…貴方と逢いたくても逢えなかった。百年もの間、ずっと誤解を受けたままで。アタシはあの時から貴方に憎まれ、嫌悪されていた…っスから。よくよく考えれば、アタシも貴方も既に地獄を味わってたんスねェ。愛する相手に会えないという点で」
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[其の弐へ続く]
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