■小説1

□White Love
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題:「White Love」
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「マーユーリさァん」

「う、ぁッ…」

研究棟内の自室にて。涅マユリの前に突然現れたのは、浦原喜助であった。浦原は霊圧を遮る黒外套を羽織っており、これには流石のマユリにも気配を感じる事が出来ないのである。

「な、何だネッ!?浦原か…ビックリするじゃあ無いかネ」

時計の針は夜中の十二時を回り、マユリは既に湯を済ませ、寝台へと潜り込む直前であった。多忙な作業も一段落致し、漸く眠りに付こうとした矢先、突然何の連絡も無く、自室にて浦原が現れたのであるから、マユリの呼吸が乱れるのも致し方ない事であった。

「あ、スイマセン。驚かせちゃいましたかねェ」

当の浦原はと言うと、悪びれた様子も無く、いつも通りへらへらと金髪を掻きながら微笑んでいる。

「所で。あの…マユリさん今日何の日か知ってます?」

「今日…三月十四日、かネ?ム…何かあったかネ?」

「ハァ…やっぱり」

淡々と応えを返すマユリに、浦原はガックリと肩を落とした様子である。

「ムッ。何だネ?何か有るなら言い給えヨ」

「あ、いや…それが…」

何やらモゴモゴと口篭る浦原。俯き加減ではあるが、上目遣いに下からマユリの表情を確かめているようである。

「ホワイトデーっスよ」

「……ホワイト…?」

「ああッ、もう、ッ!!否、この間のバレンタインの時、アタシからマユリさんに『逆チョコ』渡しましたでしょ?まぁ、そのお陰でアタシ達こうして付き合う事になって『きっかけ』として非常に良かったんスけど。あ、イヤ…それは置いといて。…今日は『ホワイトデー』と言って貰った側からお返しとして、相手に何かプレゼントを渡す日なんスよ」

「ホゥ。で…今日突然現れたのは、わざわざその『ホワイトデー』なるものの『催促』に来た訳かネ」

「そ、そんな、ッ…酷いっスよォ!アタシはただ今日という日をマユリさんと一緒に過ごしたくて、ッ」

「なら始めからそう言い給えヨ。それに、そうやって物欲しげに下から見詰めるのも、止める事だネ」

「マユリさん…冷たいっス…」

しょんぼりと頭を垂れる浦原。マユリから厳しい言葉の攻撃を受け、なかなか立ち直れぬようである。
それを見て、マユリは半ば呆れ気味に小さく溜め息をつく。

「まぁ、とにかくそこへ座り給えヨ。玉露でいいかネ?」

マユリに促されて、大人しく席に着く浦原。暫くするとマユリが盆に急須と湯呑みを載せ、歩いて来た。
と、ふと卓上に置かれた小さな皿に、浦原は目が釘付けとなる。

「こ、これッ!?」

「菟屋の栗羊羹だヨ。その『ホワイトデー』だが。何ぶん突然で…現世の洋菓子という訳にはいかんがネ。確か、貴様好きだった筈だロウ?」

「覚えてて、くれたんスか…」

もう百年以上も昔。まだ開発局も小規模で、少人数であった頃。休憩と称してよく甘味を持ち寄り、ひよ里や阿近らも交え、楽しく過ごしたものだ。菟屋の栗羊羹は、当時浦原が外回りの仕事の際に、必ずと言って持ち帰っていたものだった。
一口頬張ると、抑えた品の良い甘さが咥中へと拡がる。百年前の愛おしい面々の笑顔と懐かしい光景が浦原のその脳裏に蘇った。

「う、旨いっス」

「何故だろうネ。急にこの味が思い出されて…夕刻買いに行かせた所だったのだヨ。お前が来ると分かっていたのなら、手土産分も頼んでおいたのだが…」

「ア、アタシ嬉しいっス」

存外に優しいマユリの言葉。瞳の奥より熱いものが、じわりと込み上げて来て、浦原は慌ててそれを指で拭った。

「イヤァ。ホワイトデーに栗羊羹ってのも、なかなか乙じゃ無いっスかァ。洋菓子じゃない所がマユリさんらしい、って言うか。イヤ、懐かしい味をこうして一緒に戴けて。本当に嬉しかったっス。ご馳走様でした」

こうして。マユリの機転により落ち込みは解消され、一転して上機嫌となった浦原。

「さて。では本題へと参りましょうか…」

唐突に浦原の口より出た意味不明なその言葉に、マユリは小首を傾げたのであった。

「何だネ?本題…とは。」

「アレ?もう、忘れちゃったんスかァ。先程言いましたでしょ?今日という日をマユリさんと過ごしたい、って。つまり、…そういう事っスよ。ね、いいでしょう?マユリさん…」

「な、ななッ…」

不意打ちを喰らい、マユリは寝台の上へと浦原に押し倒されてしまった。引き締まった精悍な浦原の肉体をぴたりと身体に宛がわれ、マユリは真っ赤になり、見詰める浦原の瞳より目線を逸らす。

「ホラ、そうやって直ぐにはぐらかす。気付いてました?バレンタインからこっち、現世にも来てくれたりしてアタシ達幾度か逢いましたよね?でも、肝心の時に…マユリさん、いつもアタシをはぐらかして逃げちゃうじゃないスかァ。もういい加減…アタシに本心聞かせてください」

いつの間にか普段の茫洋とした浦原は消えていた。その表情は、真剣そのものであり、ひたむきにマユリを見据えている。

「それとも、やっぱり…アタシじゃ駄目なんスか?アタシじゃあ…マユリさんの心を溶かす事が、出来ない…?」

その声にただならぬ気配を感じ、マユリが下より仰ぎ見ると、浦原は眉間に皺を寄せ、苦しげに目を細めていた。それは今にも泣き出しそうな表情で有ったのだ。マユリはハッとなった後、暫く押し黙っていたが、やがて浦原の背に腕を回した上、漸く口を開く。

「そんな訳は…無い。ただ…」

やっと発したマユリの声は、消え入りそうであった。

「お前に抱かれると、…私が私では無くなるのだヨ。自分を失ってしまうのだ。それが…どうにも…怖くなったのだヨ。すまない、余計な心配を掛けて…」

「マユリさん…」

マユリの言葉に浦原はほっと安堵の溜め息を漏らす。

「もう…逃げぬヨ」

小さく、だがはっきりとマユリの口から出たその台詞。聞きたかった言葉を漸くマユリから貰う事が出来て、浦原は嬉しそうに笑みを漏らす。

「マユリさん…愛してるっス」

そっと触れた唇は、驚く程に甘くやわいものであった。触れると直ぐに溶けそうな…それは、冬の名残の淡雪の一欠けらにも似て。
形良いその歯列を割り、舌を挿しいれると、マユリの舌先が怖ず怖ずと求めて来る。角度を変え、呼吸を荒げて、浦原はマユリとの行為に夢中になっていく。

−ああ、もう二度とこの人を離さない…−

ホワイトデーのこの日。臆病で孤独であったその心は、失った片割れを見付け、溶け合い一つとなった。
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[終.2012.03.14]
バレンタイン小説であった『Bitter or Sweet?』の続編です。やっつけで書いたホワイトデーネタですが、存外に甘く可愛いものとなりました(何しろエロが無い…)^^;お気に召してくだされば幸いですf^ー^;

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