■小説1

□下剋上ペット
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題:「下剋上ペット」
  [其の壱]
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「で。何なんだネ?此は…」

十二番隊隊長、及び技術開発局現局長である涅マユリが、研究棟内自室において今目の前にて対峙しているのは、卓上の茶色の小箱である。そして、立ったまま向かい合っている一人の女であった。

女は浅黒く野生的な艶めいた肌をしており、長い黒髪を頭部の高い位置にて結わえている。

四楓院夜一。四大貴族、四楓院家の姫であったのも百年前。例の魂魄消失事件にて、謂れ無き罪を背負わされた浦原の、逃亡に尽力を注いだ人物。
元は、二番隊隊長兼隠密機動総司令官、及び同第一分隊「刑軍」統括軍団長を務めた程の実力の持ち主。浦原と共に現世へと出奔した百年の後、その罪が濡れ衣であると尸魂界にて判明した現在も、その生活圏はほぼ「浦原商店」に有ると言われている。

「中身は何か分からぬが。お主に渡してくれと、喜助の奴に頼まれたのじゃ。詳しい事は、ほれ。そこに説明書きが有るじゃろうが」

見ると、確かに小さく折り畳まれたメモらしき物が、包装紙の隙間にて挟まれている。

「ム…何か書いてあるネ。マユリさん少し早いですが、お誕生日おめでとうございます。訳あって今会う事が出来ませんが、夜一サンにアタシからのプレゼント、渡して貰えるように頼んでおきます。アタシだと思って大切にしてください。愛していま…うッ…げほッ、ごほッ…な、何なんだネッ!?此はァッッ!?」

突然慌てふためき、何かを誤魔化すように咳込むマユリに、夜一はニヤニヤと口角を上げて微笑んでいる。

「ほぅ。相変わらず、随分と仲が良いようではないかの。では、儂はこれで。ちゃんと渡したぞ」

「あッ、待ち給エッ」

マユリの言葉より先に、夜一は瞬歩にてその場から姿を消した。人の話を聞かぬ所もまるで自由気ままな動物のようで、呆れると言うよりある意味尊う可き点であろう事をマユリは理解していた。

「聞きたい事があったのだが…」

そもそも浦原という男が、夜一に頼みマユリにプレゼントを届けさせた事自体、異常事態であると言える。
浦原は百年程前、そして現在、マユリと親密な関係にあるのだが、マユリに対する思い入れは尋常では無い程で有り。恋人であるマユリですら多少なりとも辟易している、執着ぶりであるのだ。

そのマユリに誕生日プレゼントを渡すといった美味しい役目である。いかなる理由があろうとも、あの浦原が自分以外の誰かに譲るなど、到底考えられぬと思うマユリであったのだ。

「フム。まぁ浦原には後程連絡を入れるとして。奴は一体何を寄越して来たのかネ?」

ひょい、と箱を持ち上げて上下を軽く揺すってみる。と、何やら箱の内部にて些か質量のある物が、ころころと転がる感覚を捉える事が出来た。
不思議に思い、箱へと耳の突起を宛がい欹ててみもしたが、中からは何の音もせず。
マユリは思い切って、箱を開けてみる事にしたのである。

包装紙を剥がし、箱の上部にある蓋を取った途端、マユリは一瞬固まり無言となった。暗い箱の底部にて、ぎらりと光る謎の鋭い眼光。そしてそれがもぞりと蠢くと、うぎゃあッ、と闇をつんざくようなマユリの雄叫びが、技術開発局研究棟内にて響いたのであった。

「ハァ…な、何なんだネ、一体…。猫…ではないカ…」

箱の内よりモゾモゾと現れたのは、金毛の縞猫であった。
猫は子猫と呼ぶには薹が立っているが、大人と言う程可愛いげが無くもないといった体であった。だが、人懐っこそうな黒い瞳でマユリの方をジッと見詰めている。

「う、浦原ァ…どういうつもりでこのようなモノを、ッ…プレゼントだと!?この私に猫の面倒を見ろと言うのかネッ!?」

マユリの激昂振りは凄まじく。直ぐさま伝令神機を手に取ると、現世にいる浦原へと連絡を取ろうと試みた。が、無駄であった。

−浦原喜助っス。只今電話に出る事が出来ません。メッセージをどうぞォ−

録音された浦原の音声が虚しく響くのみ。結果として、今浦原を捕まえる事は甚だ難しいようである。

「ああッ、もうッ!糞忌ま忌ましいッ!!浦原、あの空気を読めぬ馬鹿男めがッ、どうしてくれようッ…」

大体日々研究に明け暮れ、寝る時間すら惜しんでいるこの私に、世話が焼ける動物の類をプレゼントしてくるなど。一体全体どういう事か、とマユリは怒りを通り越し不思議ですらあった。浦原とて同じ研究者であるし、マユリの事情も理解している筈であろうに、と。

「ニャアアン」

そんなマユリの気持ちを知ってか知らずか。猫はいつの間にかマユリの足元へと降り立ち、全身をマユリへと擦り寄せ始めた。

「何だ?媚びを売っているのかネ?フン、そんな所が奴と似ているヨ。誰彼構わず親しげなその態度。しかも金毛に黒い瞳ときたもんだ」

マユリは猫の首根っこを掴み、身体をひょいと抱え上げる。

「やはり、雄だヨ。立派な玉があるではないかネ。フム…決めたヨ。お前の名はキスケ。まだ飼うと決めた訳ではないがネ。名が無いと何かと不便であろう。しかし、お前もとんでもない奴に似たものだヨ。フン。お前に一つ言っておくが…現世でどうだったかは知らないがネ、尸魂界(こっち)ではあまり雌猫にちょっかいを掛けるんじゃあ無い。此処で暮らしたいのなら、これ位は守り給えヨ」

「ニャッ、ニャアアン」

こうして。浦原より贈られたマユリへの誕生日プレゼント、もとい猫のキスケは、浦原へと返却するまでという名目で、マユリの元にて住まわせる事となった。

驚いたのはマユリ以外の開発局の面々である。

「う、うちの隊長が…猫ォ!?信じられない…」

「まぁそう言うな。涅隊長も困ってるんだろう。何せ勝手に送り付けられて来た代物だ。返却する迄と言ってたからなァ。言わば『預かり物』ってぇ訳だ」

昼休憩の時間にて。阿近と鵯州が研究室の隅で噂するのは、例の猫の話題である。

「で。名前とかあるのか?」

「ん、それが…『キスケ』と言うんだそうだ」

「キ、『キスケ』!?うちの初代局長の名前と同じじゃあねぇか!?涅隊長も猫にこの名を付けるなんざ、よっぽど初代局長を憎々しく思ってるんだろうな。あからさまじゃねぇか」

「ん?お、おう…」

煙草を口にくわえたままで、言葉を濁した阿近。浦原とマユリ、二人の諸々の裏事情を知っているだけに、迂闊な事は言えない阿近なのである。
と、そんな二人の前を、ある金色の物体が横切った。

「あれは…例の『キスケ』じゃないのか?」

「ウム。確かに…」

そう言ってまじまじと猫の『キスケ』を見詰める阿近。金色の体毛と黒い瞳…なる程、確かに初代局長と良く似ている。『キスケ』とは正に的を得たネーミングだと納得していると、ふとその『キスケ』と目が合った。
『キスケ』の方も何やら思う所有りのようで、じいっと阿近の様子を見ているのである。その黒い瞳の奥に何やら懐かしいものを感じ、阿近がつい手をその身体へと延ばそうとしたその時。

「阿近さん、そのままその猫捕まえてください。お願いします」

背後から、縋るようなネムの声がしたのだった。
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[其の弐へ続く]
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