■小説1
□狂ひ咲き、戀花
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題:「狂ひ咲き、戀花」
[其の壱]
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三月…啓蟄も過ぎ、弥生も三十日となると、昼間は幾分暖かく春めいた光景となる。だがしかし、夜は未だ冷え、肌寒さを感じるのが実の所である。
技術開発局研究棟にある、局長を兼務する十二番隊隊長−涅マユリの自室。そこは薬液の入った巨大な容器や電子機器が並べられた、言わば『研究室』とも呼べるものであった。
簡素でなんの装飾も無い、ただっ広い暗い室内の一角に、申し訳程度に寝台、食卓が置かれているのだ。が、部屋は常に整頓されており、マユリ生来の潔癖な気質を伺わせる。
そんなマユリの部屋の、卓上に置かれた不釣り合いな花瓶。そこに挿したるは、艶然とした一枝の桜花。薄紅の小さな花弁は、そこはかとなく妖しい色香を放っている。
尸魂界の桜はもう少し後が本来の季節となるのだが。どうした訳かこの年、開発局裏庭の巨本のみが、花がすっかり開ききり満開となっていたのだ。
それをネムがマユリの為にと手折り、卓上へ飾り付けたものであった。
と、そこへ。ギイ、と浴室の扉が開き、湯上がりのマユリが現れた。身に着けているのは寝巻き替わりの白い襦袢のみ。濡れた長い蒼髪からはまだ温かな雫が滴っていた。マユリはそれを手拭いでクシャクシャと片手で簡単に拭いながら、そのまま寝台の方へと歩いていく。
不意にその場にて、マユリの足がぴたりと止まる。マユリの美しき飴色の瞳。その視線は真っ直ぐに寝台へと向いていた。
枕元の洋灯のみの薄い暗がりの中、寝台に腰掛けている何者かがいる。マユリの部屋は分厚い防火壁で覆われており、入室の際には厳重なセキュリティを解除せねばならぬ。故にマユリの前にて座しているこの人物、よもや常人で無い事をマユリは瞬時に理解していたのである。
訪問者は、背格好から随分と長身であり、全身を包む烏色の外套を羽織っている。男…であろうか?目深にフードを被っており、その顔は見る事が出来ない。そしてこの男、不思議と霊圧が全く感じられぬ。マユリがその存在に気付かなかったのもその為だ。
「誰、だネ?」
男を見据えたまま、マユリの目が細められる。暫く沈黙が続いた後、男はゆっくりとフードにその手を掛けた。
「お久しぶりです。マユリさん」
「浦原か。…何の用だネ?」
取り去られたフードより現わになったその顔。金髪と黒耀石の瞳を併せ持つ、端麗な容姿の人物−男の名は浦原喜助。
百年前に現世へと出奔したこの男は、過去マユリと恋仲であった。
「おやァ?よもや今日がご自分の誕生日である事、忘れては無いでしょう?貴方が生まれた今日という日を共に過ごしたくて、遥々現世から来たってのに…」
「フン。こんな時間に突然現れたと思えば、ふざけた事を。そんなの誰も頼んじゃあいないヨ。迷惑だ。さっさと帰り給エ」
浦原から視線を逸らし、冷たく言い放つマユリ。
「マユリさん…」
「………」
「もう止めませんか?アタシ達、既に何のしがらみも無いんス。今はアタシもこうして尸魂界(ここ)に行き来する事が赦されて…何時でも貴方に逢いに来る事が出来るんスよ?失った百年間は取り戻せないですけど、マユリさんとアタシ…これから先を二人で生きていけばいいじゃないですか、ね?」
寝台から立ち上がり、マユリへと歩み寄った浦原。マユリに触れようと、そっと指先を白いその手に近付けた。
途端パシン、と音を発て浦原の手が弾かれる。マユリが拒絶したのである。
「何か勘違いをしているのでは無いかネ?私が今でもお前を想っていると?自惚れるのも大概にし給エ。百年も有れば人の心は変わるものだ。貴様の事など…もう愛してはおらぬ。理解出来たかネ?なら、さっさと現世へ戻り給エ」
マユリの凄艶な顔は俯いて、瞳は浦原を映さぬままであった。と、その時、不意にマユリは思いがけず温かなぬくもりに包まれた。気付けば、マユリは浦原の腕の中に、抱き竦められていたのだ。
「な…ッ!?」
「マユリさん、貴方がどう言おうと、今それを信じる訳にはいかないんス。アタシは…貴方を愛してる。百年間ずっと想い続けていた貴方に漸く逢いに来れたってのに…このまま帰るなんて事、アタシには出来ません」
「私達は、もう…終わったのだヨ。浦原…」
「終わってなどいません、ッ!」
ぎゅうっと、浦原の腕に力が込められる。
「いい加減に…忘れさせてくれ。…頼む」
消え入りそうに小さく漏れ聞こえたその言葉に、浦原の目は鋭くなり細められた。その奥底に深い情念の焔が揺らめいたのを、未だマユリは気付いていない。
浦原はマユリの手をぐっと引き、身体ごと寝台へと投げ遣った。薄く重みの無いマユリの痩身は、敷布の上にて弾み、転がされる。その上に、浦原の精悍な身体がのし掛かると、マユリは激しく抵抗を始めた。手足をばたつかせ、顔を左右に振った。両手に力を込め、浦原の肩と胸を押しやろうとした。だが、浦原の引き締まった肉体はそれを受け止め、びくともしなかったのだ。
やがて浦原はマユリの顎を掴み身動きを取れなくした上で、その唇を激しく奪ったのだった。
きつく幾度も吸い上げた後、薄く開いたマユリの形良い口唇へと舌を挿し入れる。浦原の求めから逃がれようとするマユリのやわい舌先を、浦原の舌が捕らえ、いやらしく絡み付かせた。くちゅ、と卑猥な水音が発つ。浦原はそのまま、マユリの咥内を舌先で存分に犯したのだった。掻き回し、吸い上げ、絡み付かせ。愛しいマユリの唾液を飲み込んだ。
「忘れられないんでしょう?アタシの事。なら思い出させてあげます。これから…存分に…」
「…−−−ッ!?」
低音で囁かれた浦原の言葉に、マユリは目を見張った。浦原の目を真っ直ぐに見据えると、その漆黒の瞳の根底に、ゆらゆらと燃え立つ情欲の焔があった。その瞳の中で、すでにマユリは浦原に凌辱されていた。
そうして、マユリは直感したのである。これから自分が浦原に何をされるか、を。
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[其の弐へ続く]