■小説1

□ボクの奥さん紹介します。by浦原
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題:「ボクの奥さん紹介します。by浦原」
  [其の弐]
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浦原とひよ里が地下牢獄「蛆虫の巣」のマユリに会いに来た、あの日。
マユリは喜助の言葉に乗って、技術開発局の創設に携わる事となった。浦原の言う副局長という地位に興味が無くはないが、マユリを動かしたのは何よりも実験研究がしたかったのが本音であった。
幽閉されていた長い間、やりたい研究は山ほどあった。だが霊圧を抑える足枷をされ、狭い地下監獄に閉じ込められて、もはや外へ出て実験研究をする事など叶わぬ夢のように思われた。

そこへ現れたのが浦原喜助である。
浦原の技局創設への甘言に当然研究への熱が疼いたが、いかんせん気位の高いマユリである。直ぐに飛び付いては安く見えると、勿体ぶって断ってみたりもした。

「貴方はボクの次の地位…つまり…
ボクが死ねば全ては貴方の思いのままだ…」

だが浦原の最後の言葉に、並々成らぬ…一種異様とも言える執着を感じてマユリは開発局創設の為、力を貸す事にした。
この男も自分と同じく実験研究に全てを捧げようとする輩かもしれぬ、と。
−−−−−−−−−−−
「言いましたよ。ボクが死ねば全ては貴方の思いのままだ…って。愛する人に捧げる最高のプロポーズでしたでしょ?ね、マユリさん」

浦原は愛おしくて堪らぬというように上気した頬を染めて、うっとりとマユリを見詰めている。

今マユリの脳内では、浦原の最後の言葉が暗く渦を巻いていた。
自分の命を賭してでも、技局創設の為にマユリを連れ出したいのだと思えた浦原は、なんとマユリにずっと恋慕していて自分の傍に置きたがっていたのだ。
それも、悍ましくも『婚姻届』というマユリを縛る為の書類まで用意して、である。
考えてもいなかったその事実にマユリは茫然とした。

「だッッ!誰が書くかねッ!こんなモノッッ!!」

我に返り逆上したマユリは、卓上に置かれた『婚姻届』を取り上げようとした。
が、僅かばかり遅かった。
浦原の方がマユリの手より一瞬早くそれを奪ったのである。

「あれェ?マユリさん。どうしようと言うんです?」

浦原は余裕有り気ににやにやと笑みを湛えている。
それが余計にマユリをカッとさせた。

「こんなモノ幾ら積まれても書かないヨッ!早く捨ててしまい給えヨッ!」

「ああ、それは出来ないっスよ。マユリさん」

浦原は淡々と答えた。

「貴方が蛆虫の巣から出る条件はボクと結婚するって事で、四十六室や総隊長ら…上と話がついてるんスよォ。元「危険分子」には「お目付け役」が必要なんス。結婚し、夫婦となれば、常に共にいるもの…敢えて監視などしなくとも全てを曝して生活していくしか無いんスよ。現に貴方はボクのプロポーズを受けてくれましたし。マユリさん、貴方にとっても護廷隊現隊長との婚姻は、信用を得る為の一番手っ取り早い方法でしょ?」

マユリは目を見開いた。
確かに理屈は合っているが、はいそうですか、と納得出来る筈無いではないか。大体この話自体、突拍子が無さすぎる。

「う、浦原…」

「書いて頂きますよ。それがボクにとっても貴方にとっても一番いい事なんスから」

浦原の表情は先程までの恋に現を抜かしている顔とは、がらりと豹変していた。
切れ長の瞳は強く光を放ち、視線は鋭く長い前髪から覗いている。
それはまるで獲物を見つけた蛇の如く、マユリの目を真っ直ぐに捕らえている。
残念ながらこの件に関しては浦原の方が一枚も二枚も上手だったと言っていい。総隊長のみならず四十六室にまで理解を得るとは。用意周到過ぎて恐れ入るではないか。
それに、マユリとて今さら「蛆虫の巣」に帰る気など更々ない。巣の中で生活したままであったならそうは思わなかったろうが、一旦外に出て澄んだ空気を吸った今では、もはやあの地下の黴臭い場所には戻る気にならなかったのである。

−男との婚姻。
それも相手はこの浦原喜助…−

マユリは何か考えているのか、固まったようにじっとしたまま俯いている。

「此処でならマユリさんの好きな研究に存分に没頭出来ます。大体、婚姻届に署名捺印するだけで今後一切自由になれるんスよ?本来なら監視役が幾人も付いたりする所ですが、ボクの身内となる条件でそれも無くなります。頭のいいマユリさんならどちらが得か、考えなくても判る筈っスよねェ」

浦原の台詞は狡猾で、マユリは長いこと言葉も無く俯いていた。が、やがて小さな溜息をつくと、どうでもいいと吐き捨てるように、こう呟いた。

「…勝手にし給エ」と。
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[其の参へ続く]
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