■小説1

□下剋上ペット
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題:「下剋上ペット」
  [其の弐]
−−−−−−−−−−−
「有り難うございます」

くわえ煙草にて、ネムに猫を手渡す阿近。猫はジタバタとネムの胸にて些かの抵抗を試みているようである。

「コイツ何かやったんですか?それに涅副隊長が猫の子一匹を追い掛けるなんて事…」

「いえ、特にどうという事は。只マユリ様の大切な『預かり物』ですから、無理強いも出来なくて。実際困っているんです。このコ、此処に来てから何も食べてくれなくて…」

「へぇ、ハンストかァ。生意気だぞ、お前」

阿近にコツンと指先にておでこを弾かれ、猫は細く目を細めた。

「涅副隊長、良かったら俺達がコイツの食事作りましょうか?コイツが飛び付きそうな猫缶やキャットフードの類なら、直ぐに作れますから」

「それは…。宜しくお願いします」

「任せてください」

そうして15分程経過し、阿近特製猫缶は完成したのである。

「猫の好きな食材…鮪や鰹を主として、シラス等も合わせてみました。食欲をそそるよう匂いにも工夫を凝らしまして…」

説明する阿近であるが、目の前の皿に盛られた食事にも『キスケ』は何ら反応を示さず。ネム、阿近、鵯州の三名は、再び頭を抱える事となった。

「食べませんね…」

「………」

無言の溜息がつかれ、重く空気が澱んでいく。と、三人の背後にて、只ならぬ気配の持ち主が現れた。

「何をしているんだネ?もう昼休憩の時間は終わった筈だヨ」

「あッ、涅隊長ッ!すみません。それが…猫が思うようにフードを食べてくれなくて。俺達も試行錯誤してみたんですが」

「フゥン…」

マユリは猫を囲むように位置してしゃがみ込む三人と、その中心にてマユリを見詰める『キスケ』の姿を、じいっと見遣る。

「フム。ちょっと貸してみ給エ」

そう言うとマユリはフードを掌に載せ『キスケ』の鼻先へと差し出した。その瞬間『キスケ』は躊躇いも無く、マユリの掌の中の魚肉をあっという間に平らげ、更には何も無くなったマユリの掌を、ざりざりと舌先にて幾度も舐め回している。

「簡単な事だヨ。警戒心を解いてやれば良いのだ。阿近、お前もまだまだだネ」

マユリはそう言うと再び研究棟へと戻って行く。

「ニャアアン…」

一方『キスケ』はそんなマユリの後ろ姿を、名残惜し気にひたすら見詰めている。

「恋する男、だな。まるで…」

そう言った途端、何やらぞわりと阿近の背が粟立った。何だろう、この感じ。以前何処かで感じたような…

「てか。やっぱり、全然食べないぜ」

鵯州がマユリを真似て、再び掌の上にフードを置いてみたのであるが、鼻先を近付ける所か見向きもしないのである。

「糞ッ!相手を選ぶのかァ、コイツ」

素っ気ない『キスケ』の態度に、頭に血を上らせた鵯州。と、その横をするりと摺り抜け『キスケ』は先程マユリが歩いて行った研究棟へと続く廊下を、後を追うように走っていく。

それを鋭い目で見送りながら、何かを振り切るように阿近は左右に首を振った。

−まさか、な…−
−−−−−−−−−−−
それから約一週間。
猫の『キスケ』は元々そこに居たかの如く、この開発局に馴染んでいた。

『キスケ』は、事にマユリにはべったりで、結局の所、その食事はマユリの手ずからしか食さないという徹底ぶりであった。
そして、マユリが研究の為、深夜にまで作業を致しているのを『キスケ』は常にその傍にて、時に熱心に食い入るように見ているのである。

存外他の隊士達にも愛想の良い『キスケ』は、この一週間で『開発局のマスコット』的位置を、確実にモノにしたようである。今ではその姿を研究室へと現しても、誰も気にも留めない状態である。寧ろ、癒しの存在として歓迎ムードであったりするのだ。

唯一、三席である阿近だけが、何やら思う所があり警戒しているようであった。が、特に何をするでも無くただ悪戯に毎日は過ぎていく。
−−−−−−−−−−−
やがて。三月三十日、深夜。日付は十二時を過ぎ、マユリの誕生日となった頃。
マユリが何をしていたかと言うと、伝令神機を片手に自室にて浦原へと連絡を取ろうとしている最中であった。

実際浦原からは、あれから何の連絡も無い状態であった。これは実に奇妙な事である。マユリに夢中である浦原は、これまで日に幾度もメールで連絡を入れて来たし、深夜には必ずと言っていい程マユリの部屋へと現れた。そんな浦原に、実質辟易としていたマユリであったが…一週間何の音沙汰も無いとは。このような事は初めてで、さすがにマユリも事の異常さに疑念を持ったようであった。

「出ない、ネ」

伝令神機は無情にも応答が無く。
マユリは深い溜め息をつくと、寝台へと寝転んだ。

「全く…お前の主は今何をしているんだか…」

猫の『キスケ』をそっと両手で抱え上げながら、恨めしげに独り言を呟くマユリ。ニャアアン、と『キスケ』は申し訳無さ気にそれに応えるのだ。まるで返事をしているかのようである。
そうしてマユリの手から離れた『キスケ』。モゾモゾとマユリの布団の隣へと潜り込み、小さく意志表示する。

「何だネ。この私と一緒に寝たいと言うのかネ?」

「ニャア」

「お前も随分と物好きな…そのような所も、何処と無く奴と似ているヨ。フム、仕方ないネ…今日は特別だヨ」

浦原とは依然連絡が取れず。故に、その日は存外に温もりが恋しかったのやも知れぬ。マユリは『キスケ』を懐に抱いたまま消灯し、眠る事となったのである。

と、暫く経った頃であった。
布団の中にて大人しく眠っていた筈の猫の『キスケ』。そっと布団の肩口より顔を出し、いきなりマユリの唇をぺろぺろと舐め始めたのである。

「ウ、プッ。ちょ、っ…どうしたのだネ?くすぐったいではないかネ?」

顔を背けようとするマユリに、依然執拗に舐め続ける『キスケ』。やがてその長い舌はマユリの咥中へと入って来たのである。

「…−−−ッ!?」

これにはさすがのマユリも驚愕し、『キスケ』を押し退け、飛び上がるように半身を起こす事となった。

「ハァッ、ハァ、ッ…な、何なんだネ、ッ!?」

よくよく考えてみれば、相手は猫である。唇を舐めるなど良くある事であるし、たまたま舌先が咥内に入る事など、なんて事の無い筈である。が、マユリはこの時何やら奇妙な感覚が、沸々と湧き上がっているのを感じていたのである。
そのような馬鹿な事…あろう筈も無いであろうに。

「キ…キス、ケ…」

信じられぬ物を見ているかの如く、マユリの目は大きく見開かれた。
『キスケ』ははだけたマユリの白い単衣の内へと顔を入れ、その長い舌先でマユリの淡色の突起を舐め始めたのである。
ざりざりとざらついた舌先で擦られる、痛痒いその刺激。『キスケ』は時折吸うように、ちゅうちゅうと器用にマユリの突起へと口付け、引き剥がそうとしても離れないのである。

「あ、あッ…」

よもやマユリは抵抗も止め、瞳を閉じて甘い声を漏らし始めていた。
似ているのだ。恐ろしい程に何もかも。『キスケ』の行動、その舌使いから全て。マユリの愛おしい恋人、そう浦原と…。

そうして、マユリは『キスケ』のされるが儘となってしまったのである。
ペットである筈の猫の『キスケ』と、その主であるマユリ。今やマユリは完全に、獣であるその舌先に感じ、惑わされてしまっていた。
この時、互いの立場は完全に逆転していたのであった。

「あッ…あ、んッ…うらはらァ…」

『キスケ』に舌先にてくりくりと胸の突起を舐め回され、思わず漏らしてしまったその名。まるで浦原に抱かれているように思えたマユリは、ついついその唇から、愛しきその名を呼んでしまったのである。

「はい。マユリさん…」

その時、妙に近くで応えたその声に、マユリは閉じていた目を開いたのである。
見るとそこにはあの『キスケ』の姿は無く。代わりに、いない筈の浦原の姿が、現実としてそこに居たのである。

「…−な−−ッ!?」
−−−−−−−−−−−
[其の参へ続く]
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