■小説1

□初戀
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題:「初戀」
 [其の壱]浦原の独白
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飲み会の席の話題で「初恋の相手は…」と聞かれる事がよくある。そんな時ボクはへらへら作り笑いをしながら言葉を濁してその場を切り抜ける。

ボクを知ってる者であれば、もしかして相手は夜一さんではないか、と勘繰ったりする輩もいる。それはそれでそう思わせておけば別にいいのだけれど。

夜一さんとは、幼なじみで常に伴に居たのは確かで。よく「修業」と称しては闘ったり技を磨く相手として、お互いを高め合いました。勿論そういう事もあり、ボクの中で夜一さんの存在が大きかった事は事実だったでしょう。けれども、あまりにも身近過ぎる相手と言うのも、意識する事も無く兄弟のような…独特の親近感で埋められた関係で。

実際のボクの「初恋のヒト」は夜一さんではなく。それを語るには幼い頃の忘れられない、あの出来事を話さなければなりません。
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あれはボクがまだほんの餓鬼だった頃の話です。ボクは死神ですが、人間の年齢に換算すると歳の頃十四歳あたりだったと記憶しています。

その日ボクは夜一さんを訪ねて行ったのですが生憎留守であり、仕方なくとぼとぼと散歩を兼ねて小路を散策しておりました。

流魂街の外れにある小高い丘は、見晴らしも良くボクの気に入りの場所でした。丘の原っぱにごろんと寝転べば見上げる蒼い空。ボクは気持ち良さにうとうとと寝入ってしまいました。

ぽつりと何か冷たい物を頬に感じて眼を覚ますと、あれ程晴れていた空は暗雲に覆われており、雨が降り始めておりました。慌てて木陰に身を寄せる事にしましたが、雨は段々と激しくなり。ボクは近くに洞窟が有った事を思い出して、走り込みました。
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「フゥ。やれやれ…酷い目にあったっス…」

ボクは始めは強くなっていく雨ばかりを気にして空を睨んでいましたが、諦めて暫くここで雨宿りをする事に決めました。

何度か入った事がある洞窟の中は、意外に広く奥に畳八帖程の空間が有って、休むには丁度良いのです。ふと急に探究心がむくりと湧きボクは奥へと行く事にしました。

すると先程まで気付かなかったのですが、何かちらちらと明かりの様な物が見えました。不思議に思ってボクはそちら側へ進んで行きました。

「誰…ダネ?」

「…ワッ!」

ボクは驚いて飛び上がりました。まさかこんな所に自分以外の誰かが先にいるなんて、思ってもいなかったんですから。

暗がりの中、声の主を探して目を凝らすと、蝋燭の明かりでぼんやりと白い肌が浮かんで見えました。背はボクよりも低く、声の感じからボクと同い年かそれよりも幼い人物と見受けられました。

「ス、スミマセン…ちょっと雨宿りで…他に人が居たの知らなくて…迷惑でしょうが御一緒しても宜しいでしょうか?」

「……」

相手からは何の返事もありません。
見ると蝋燭の近くには分厚い書物と刃物、他に何か生物だったであろう断片がちらりと見えました。普通の神経を持つ者なら驚き、恐怖に逃げ出してたかもしれません。ですが、ボクはソレを見た瞬間、その人物に沸々と興味が沸いて来たのです。

「何を…なさってたんですか?」

「……」

「解剖…ですかね?違います?」

「……」

何も話さない相手に、ボクはもしかして相手のこの行為を責めてるように思われているのでは…と思い焦りました。

「ア、いえ。実はボクもこういった科学や実験が好きでして。時々やるんスよ、解剖…」

「…ホゥ。君もカネ?」

相手から初めて応えがありました。ボクは嬉しくなって改めて相手の顔を見詰めました。

仄暗い蝋燭の明かりに浮かび上がった白い肌。女性では夜一さんのような健康的な肌しか知らないボクにとって、それはまるで初めて見た淡雪のように。美しいが、消えてしまいそうにはかなく見えました。

その白い肌を覆う藍色の柔らかな艶のある髪。そして蝋燭の炎を映し揺らめく琥珀の大きな瞳には、髪と同じく藍色の長い睫毛が周りを美しく縁取っておりました。

ボクは暫く彼の人を見詰めたままぼうっと我を忘れていました。

「…どうしたのだネ?」

声を掛けられてボクはハッと我に返りました。

「ア…いえ…別に…」

「フフ。…おかしなヤツだネ」

その人が花のように笑うと、不思議な事にボクの胸は掌で鷲掴みにされたように、きゅうっと苦しくなるのです。こんな事は初めてでした。

それから、ボクとその人は各々の科学に対する思い、興味がある生体や今後実験を希望する物等、沢山の話をしました。初めて出会った筈なのにお互い酷く饒舌で。今までこういった話しを誰かにした事すら無かったボクは、嬉しくて堪りませんでした。
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「もう帰らなければいけないのでは無いかネ?」

「あ…」

気付けば、思いの他長い時間が経っていたように思います。雨は止んだのか、雨音がしなくなっていた事にすら気付きませんでした。

ボクは本当は帰りたくはありませんでしたが、仕方なく腰を上げました。

「…あの…」

ボクは思い切って言いました。

「明日もここに来ていいでしょうか?一緒に実験したいんです。また…会えますか?」

その人は手を顎に当てるようにして、少し考えていましたが、
「…いいヨ。来給えヨ」
と言ってくれました。

その時の嬉しい事と言ったら!また会える…そう思うと、ボクは幸せに胸が一杯になりました。

「あの…お名前を教えてください」

「…マユリ…」

「マユリさんっスかぁ。綺麗な名前ですねぇ。ではまた明日、マユリさん」

ボクはマユリさんとそこで別れました。道すがらふと後ろを見てみるとマユリさんが洞窟の入口まで出て来ました。蒼い髪が風にふわりと揺れています。

不思議に淋しくはありませんでした。それはまた明日会えるという約束があったからかもしれません。ただボクを見詰めるマユリさんの綺麗な琥珀の目が、家路を急ぐボクの心をずっと捕らえて離しませんでした。
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次の日。ボクは早くマユリさんに会いたくてあの丘に走って行きました。

洞窟の中にマユリさんは居ませんでした。まだ来ていないんスね、とボクはマユリさんを待つ事にしました。
お昼を過ぎてもマユリさんは来ませんでした。それでもボクは、洞窟の中から丘へ出たり周囲を見回したりしてマユリさんを待ちました。陽が陰り、薄暗くなって来て漸くボクはマユリさんが来ない事に気付きました。

「…何か有ったんスかね?」

ボクは気になりながらも、帰る事にしました。昨日のマユリさんが残していった実験の残骸が酷く恨めしく見えました。

「明日もまた来てみますか…」
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それからボクはほぼ毎日、可能な限りあの洞窟へ行きました。でも、マユリさんに会う事は有りませんでした。

「…マユリさん、どうして…」

哀しくて。マユリさんに会えない事が悔しくて。ボクはマユリさんを恨めしく思いました。もはや楽しみにしていた伴に実験をする約束など関係無く、ボクはマユリさんに会えなくなった事を恨めしく思っていたのです。

それから流魂街の路地を歩く度、或は瀞霊廷の人だかりの中を通る度、ボクは気付けばマユリさんの姿を探すようになりました。

でもそれでもあの美しい藍色の髪に、琥珀の瞳に出会える事無く。いつしかマユリさんの事はボクの心に深い傷となって、思い出す度に胸をずきずきと痛めていきました。

そして、それがボクの「初恋」でした。
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[其の弐へ続く]
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