■小説1

□美味しい珈琲を貴方と…
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題:「美味しい珈琲を貴方と…」
 [其の壱]
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此処は技術開発局内、研究室…の一角にある給湯室。

時は夜の十時を回った時分である。
今現在この場所には、ここ尸魂界には珍しい香ばしい匂いが辺りに漂っていた。
今、局長である浦原喜助がある茶色い液体を二つのカップにコポコポと注ぎ入れた。それは珈琲という尸魂界には無い現世から取り寄せた非常に珍しい飲み物で、煎れたての香りは芳しく鼻孔を擽る代物だ。

さて、この給湯室であるが、人が数人入ればよい程の狭い場所である。ここ技術開発局はその仕事内容から泊まり込みの作業となりうる事もあり、この給湯室は、簡単な夜食の調理や局員達の憩いの場所的な要素も含み、狭い乍らも非常に役立っているのである。

少し前からこの珈琲なる物を喜助が愛飲し始め、技局及び十二番隊では、ひそかな珈琲ブームが巻き起こっているのであった。
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「はい、マユリさん」

狭い給湯室の隅にある小さな丸テーブルの上に、喜助は先程入れた珈琲の入ったカップ二つをコトリと置いた。その一つのカップが置かれた先には、少し前から副局長である涅マユリが座っており、細々と珈琲を入れる浦原の後ろ姿を頬杖をつきながら見ていたのである。

「ム…砂糖とミルクは入れたのだろうネ?」

マユリはカップを手に持ち、中身をしげしげと見詰めながら問い掛けた。

「はい、それはもう。確かマユリさんはミルクたっぷりのお砂糖テンコ盛り三杯…でしたよね?」

「分かってるのならいいヨ」

喜助はマユリの斜め右の椅子を引いて腰を下ろした。正面に座ると調理の目的の為に誰かが通った場合、通行の邪魔になってしまうのである。少々不便ではあるが、マユリの傍に座れる理由が出来て喜助にとっては返って好都合でもある。

そう、浦原喜助は、涅マユリに好意を抱いているのである。
それも友情などという生半可な物では無く、所謂「恋愛感情」というものだ。
浦原は幾度かそれとなくマユリに気持ちを伝えてみたのだが、本気にされているのかも不明な程に相手にされておらず、今現在浦原は報われない想いを抱えて過ごしている毎日なのである。

マユリはカップを手に取ると中の茶色い液体をこくりと一口飲んだ。喜助のいる位置から見ていると薄いカップにマユリの形良い唇が触れているのがよく見える。
嚥下するマユリの白い喉が上下に動くと、それだけで何か靄靄した気持ちになる浦原は、既に「恋の病」という病気に侵された憐れな男であると言えよう。

「アァ、美味いネ」

マユリが呟くと、ありがとうございますと浦原は返した。
別に礼を言ってるのではない、珈琲が美味いという話だとマユリに言われたが、浦原はにこにこと呑気に笑みを絶やさずにいる。

「甘いんじゃないですか?」

浦原が問うと、これがいいのだヨとマユリは応えた。寧ろそのまま飲めるお前の方が不思議だヨと言われ、浦原はマユリのカップの中身を興味有りげに覗き込んだ。

「ふーん、そんなもんスかねぇ。あ、マユリさん一口貰っていいッスかね?」

「ウ?人の物を欲しがるのはあまりいい趣向とは言えないヨ。…だが、仕方ない、一口だけだヨ」

マユリにカップを渡されて浦原は嬉しそうに、ありがとうございますと微笑んだ。
渡されたカップを暫く見詰めていた浦原であるが、先程マユリが飲んでいたであろう部分を見付けると、そっとその場所へ唇をつけてみる。

−嗚呼、マユリさんと…間接キス−

こく、とマユリの飲みかけの珈琲を飲んだ浦原は、今史上の喜びに胸をときめかせていた。マユリの口をつけたものが自分の中に入っていく…それだけで狂おしい程の胸の疼きを感じるのである。

「どうだネ?」

「…あ、甘いっスね。でも、これだともう別物になっちゃってませんか?」

喜助がカップを返しながら感想を述べると、マユリは心外だと言うように左右に頭を振り応えた。

「分かってないネ、これだからいいのだヨ。仕事の合間の一杯には疲労回復の為の充分な糖分摂取が必要なのだヨ。お前と違って日に何杯も飲む訳では無いからネ。一種のデザート的な嗜好だが、心の栄養とも言えるネ」

「成る程。そうかもしれませんねぇ」

マユリの珈琲論に喜助は妙に納得させられた。
もともとマユリは甘党であるのだ。喜助がマユリに初めて珈琲を薦めた時も、一口飲んでマユリは言ったものだ。こんな苦いものが飲めるかネ!と。それで喜助も思案してミルクと砂糖を入れたものを飲ませると、これが意外にもマユリが気に入ってしまった。今では喜助が煎れる珈琲が目的で、休憩時間この給湯室で二人きりで過ごす事が出来るのであるのだから「珈琲様々」と言うべきなのである。
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[其の弐に続く]
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