■小説1

□いちゃいちゃしたいッ!!
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題:「いちゃいちゃしたいッ!!」
  「其の壱」
−−−−−−−−−−−
此処は技術開発局、研究室。
時刻は午前三時半。

局長である浦原喜助は未だ試験管を片手に持ち、眉間に皺を寄せて中の液体を揺らしながら睨んでいた。ビーカーの中からスポイトで怪しい色をした液体を吸い取ると、先程の試験管に数滴ぽたり、と垂らして揺すってみる。するとみるみる中の液体は混濁し、毒々しい紫色へと変化した。
それを見た浦原は、にたり、と笑みを浮かべる。

「か、完成っスよ…」

ここ数日間、寝る暇も無く費やされた、ある物質の開発。苦労が報われ今それが完成したのである。

「ふふっ、マユリさん喜んでくれますかね?」

嬉しさ故思わず愛しい人の名を声に漏らしてしまった浦原である。

マユリとはこの技局の副局長、涅マユリの事である。
実は浦原とマユリはここ最近付き合い出したばかりの間柄であった。浦原は長い間マユリに片想いをしていて、此処数年マユリに告白しては振られを延々と繰り返していたのであるが、ある日信じられない事にマユリから承諾の返事を貰う事が出来た。

「友…人から、なら…」

条件付きでマユリはそう言った。
同じ科学者として共感を得る事も有り、浦原の事は実は嫌いでは無かったマユリである。しかも、こうも毎日好きだと囁かれては、さすがに悪い気はしないものだ。が、いきなり恋人という関係に踏み込むにも躊躇われ、言葉を濁しながら承諾した。
それに浦原からのアプローチは日ごとに執拗さが増し、このままでは仕事にすら支障を来たすのも必至となりそうな勢いであったのだ。マユリにとって研究とは何よりも大切な存在意義である。それにむやみに触れられぬ為にも、なまじ引き延ばすよりは…とマユリは返事をしたのである。

だが、当の浦原はマユリから色良い返事を貰えて浮足立っていた。「友達から」との言葉、肝心な部分は頭から抜けるように消え失せて、よもやマユリと付き合うようになった事だけが脳内に残された浦原は、以前にも増してマユリに対する恋しい思いに益々拍車が掛かってしまっていたのである。

故に連日夜中までかかり、マユリの為にある物質を作り上げた。

それは…
−マユリさんとイチャイチャしたいッ!!−
という下心見え見えの一心で。

実はこの液体であるが、今マユリが研究しているある新薬に必要な物であるのだ。瀞霊廷より依頼されたその新薬開発にはかなりの時間が掛かると予想され。浦原は少しでもマユリの負担を軽くしようと、自分の研究を止め、夜分に作業をしながらマユリの為に此を作り上げたのである。
言わばマユリの気を引こうとの浦原が仕掛けた、色惚け男の腐りきった欲望の産物だったのである。

これを明日マユリに渡せば…
−−−−−−−−−−−
《以下浦原の妄想》

「マユリさん、どうっスか?作業進んでます?」

「なかなか手強いネ。それに最終段階ではB溶液と合わさなければ完成とはいかない。先の長い話だヨ…」

「ああ、それならボクが夕べ作っておきました。はい、マユリさん」

「うらはら…これ…ッ!!」

「気にしないでください。数日眠れなかったとしても、愛するマユリさんの為っスから…当然の事をしたまでっスよ」

「浦原…何かお返しをしたいのだが…」

「あ、お礼なんていいっスよォ。でもそんなに言ってくださるなら…チュウとか、いいっスかね?」

「う…は、恥ずかしいヨ、…うらは、らッ、あ、あんッ…あ、な、何す…ッ」

「ホント、可愛いっスよォ、マユリさんッ。唇、凄くやわらかいんスね…」

浦原の脳内では、頬を染め恥ずかしがるマユリと、そのマユリとイチャつく幸せそうな自分が思い描かれた。付き合うようになれたとはいえ、未だ恋人としては進展せぬ二人の間柄を少しでも進めたく、浦原はこうして水面下で腐った妄想を涌かせ、いらぬ努力をしていたのであった。
−−−−−−−−−−−
その日の朝、研究室。

定例の朝礼が終わり、各自それぞれの席に着く技局員達。席に着くと言っても、大部分は立って作業をする者が殆どではあるが。

マユリの席は浦原の目の前にある。
マユリは既に机の前に立っていて作業を開始している。新薬開発の為、連日居残りを希望していたマユリであるが何故か浦原に咎められ、たまには体を休めたらと無理矢理帰されていたのである。その御蔭か体力は回復したようではあるが、研究への欲求と納期の事もありマユリは幾らかの焦りを感じていたのである。

そこへ朝っぱらから浦原がにこにことマユリに近寄って来た。手には何やら小瓶を持っている。

「おはようございます。マユリさん、どうっスか?作業進んでます?」

浦原は正に先程の自分の妄想と寸分違わぬ言葉で、マユリに話掛けた。

「厳しい所だ。こちらは後一歩なのだがネ。最終的にはB溶液と合わさねばならない。そちらは未だ手付かずだからネ。少し時間がかかりそうだヨ」

言葉は違えども、夕べの浦原の妄想のマユリの言葉とそうは変わらぬ内容である。浦原は子供のようにワクワクしながらマユリに小瓶をそっと差し出す。
嗚呼、マユリさんはどんな顔をするのだろう。喜んでくれるだろうか、と。

「ああ、B溶液ならボクが夕べ作っておきました。はい、マユリさん。コレ使ってください」

途端、マユリの身体が凍り付いたようにぴたり、と動きを止めた。

「浦原…」

「あ、お礼なんて、いいんスよォ。でももし宜しければ、チ、チュウなんて…」

浦原は筋書き通りに事を運ぼうとした。が、おかしいのである。甘い声で返ってくる筈のマユリの声が、妙に低く震えていたからである。

「あ、マユリさん?どうし…」

「浦原ッ、このッ、馬鹿がッ!!」

バシッ!と大きな音がして浦原の頬が鳴った。
マユリが思い切り浦原の頬を平手打ちしたのである。
浦原の頭は一瞬にして真っ白になり、ざわつく局員らの様子すら何も感じ取れなかった。
ただ、酷く悲しそうに自分を見詰めるマユリの瞳から、目を逸らす事が出来なかったのである。

「マ、マユリさ…」

浦原が言葉を掛け終えぬうちに、マユリは浦原の横を摺り抜けて研究室を出て行った。
振り返りもしなかった。

「マユリさんッッ!! 」

思わず追い掛けた浦原であるが、廊下には既にマユリの姿は無かった。
浦原は只呆然とマユリが消えた廊下で立ち尽くすしか無かったのである。
−−−−−−−−−−−
[其の弐へ続く]
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