■小説1

□星合の空、願わくは
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題:「星合の空、願わくは」
  (注:性的表現有り)
  「其の壱」
−−−−−−−−−−−
ここは浦原商店。現世、空座町の住宅街の一角にある駄菓子屋である。
駄菓子屋というが何故か普段人の出入りが激しい。否、客が多いに超したことはないのだが、不思議なのは出入りしているのが子供達ではなく、近くにある空座第一高等学校の特定の生徒達が殆どで、果たして商売が成り立っているか怪しいものである。
今日もまた平日だと言うのに夕方からぼつぼつと人が集まって来た。店先にある存外に広い庭先で何やら始めるようである。

「おい一護、これ此処でいいのか?」

「ん?いいんじゃねぇ?じゃあ後こっち手伝ってくれよ、チャド」

話しているのは黒崎一護と茶渡泰虎である。茶渡は笹を抱えていて、それを芯となる杭に紐で巻き付け留めている。

今日は七月七日。七夕である。
ここ浦原商店では毎年七夕は身内や仲間を集めてイベントをやるのが、恒例となっている。笹に願い事を書いた短冊を飾り、そうめん流しをした後すいかを食べ、花火で終えるのがお決まりのコースである。

「ただいまぁー。あ!見て石田くん。もう笹飾りとそうめん流しの準備出来てるよ。すっごーい!」

買い出しから戻って来たのは井上織姫と石田雨竜である。石田は大きなすいかを抱えて帰って来ている。かなり重たいのだろう、暑さもあって額に汗が滲んでいる。

「皆さぁん、お疲れ様っス。準備が出来たようですから一先ず中で麦茶でもいかがっスかぁ?」

店の戸口から現れたのは、顔に影ある怪しい金髪の下駄帽子男。この店の店主、浦原喜助である。

「あ、浦原さん。遊子と夏梨もうすぐ来るって。さっきルキアから連絡あった」

「そうっスかぁ。じゃあ皆集まったら始めちゃいましょうか」

一護と話す浦原の前をジン太とウルルが寿司桶を持って横切って行く。今日はそうめん以外にも手巻き寿司もメニューに加わったようだ。ジン太などはテーブルに並べられた寿司の具をじっと見詰めており、今にも摘み食いをしそうな雰囲気である。

「さて。皆さんもう短冊に願い事書かれましたか?」

「あ!いけない!私まだ書いてないよぉ」

浦原が言うと井上がテーブルに置かれた短冊の所へ慌てて走り寄って来た。周りに見られないようにこそこそと何やら書き、それを紐で笹に括りつけていく。

「浦原さんは?何か願い事書かれたんですか?」

井上はなかなか上手く結び付けられないようで四苦八苦していた。それに気付いた浦原が途中から短冊を結び直してやっている。

「あぁ、アタシのはもう書いちゃってます。ほら、あそこに…」

浦原が指を差すと笹の一番先っぽに一枚の短冊が結ばれひらひらと風に靡いている。井上は興味あり気に背伸びしながらそれを仰ぎ見る。

「何て書いてるんですか?浦原さんの願いごと」

「ハハ。内緒っスよぉ。あ!遊子ちゃん達来たようです。そろそろ始めましょうか」

見ると遊子と夏梨が迎えに行ったルキアと共に到着したようだ。
井上はそれを見ると、先程気に掛けていた喜助の短冊の事など忘れたように二人の元に走って行った。
喜助はちら、と自分の短冊を横目に見ると、何故だか深い溜め息をついた。そしてゆっくりと皆の元に歩いて行ったのである。
−−−−−−−−−−−
浦原商店前での七夕の集まりもほぼ半ばが過ぎようとしていた。高かった日も暮れて随分と周りも暗くなって来た。
メインのそうめん流しが終わり食事を終えると、盥に入れて冷やして置いたすいかが綺麗に切られ並べられた。

「あ、奪い合わない!一人二切れまでですよぉ」

後ろにそんな声を聞き乍ら、浦原は一人家の裏庭へ歩いて行く。「浦原商店」と書かれたワゴンを横ぎり、からころと浦原の下駄の音が響くと、背後の賑やかな声がまるで別世界のように寂しく感じられた。

−もう随分と長いこと会えてないんですよねぇ…−

浦原が空を見上げると、家の光が届かぬ分鮮明に、満天の星がきらきらと視界に広がった。

−彦星も織り姫に逢えたって言うのに…アタシは…−

「はあぁぁっ…」

浦原は輝く星を見ながら不釣り合いな大きな溜め息を漏らす。

「マユリさん…」

呟くようにそっと名を呼んでみる。返事など無いのは解っていた。しんと静まり返った暗闇の中、浦原は何故だか急に切なくなってしまう。
と、その時である。目の前にちら、と何かの影が見えた。見間違いで無ければ獣の類ではなく人間のようで、浦原の姿に気付くとそれは物影に隠れてしまったようだった。

「あ、誰…っスかね?」

浦原が警戒しながら近付くと、やがて観念したのか侵入者は怖ず怖ずと物影から姿を現したのである。

近づいてくるその相手は浦原より一回り小さく華奢で線が細い。やがて月の光が強まるとくっきりと相手の姿を浦原の目に映し出した。
その相手は闇に溶け込みそうな蒼髪に透けるような白い肌をしていて数メートル離れた先から浦原の方を見詰めていた。

「マッ、マユリさんッ?!どうして…」

浦原は驚いて思わず頓狂な声を上げた。そうその侵入者は先程から浦原が想いを寄せていた人物、涅マユリであったのだ。

実は浦原とマユリは恋人同士である。それも随分昔、浦原が十二番隊隊長兼技術開発局局長をしていた頃からであるから、実に百年程前からである。
だがその間、魂魄消失事件で捕縛され謂れ無き罪を背負わされ浦原は追放となり、二人は長い間連絡も取れぬ状態にあった。ここ数年になって漸く誤解も解け浦原はマユリと再び恋人に戻れたのである。
この百年マユリの事をどうしても諦め切れなかった浦原の喜びはこの上なく、天にも昇る気持ちであった。
が、やがて現実の壁にぶつかった。現世と尸魂界に離れている二人は、マユリが現世に来ない事には逢う事すら叶わぬ、所謂究極の「遠距離恋愛」なのだ。技局の局長であるマユリは日々忙しく、早早局を留守にする訳にも行かず。来たくても来れない状態が続いていた。
今そんなマユリが突然目の前に現れたのであるから、喜助が間の抜けた声を上げたのも仕方ない事なのかもしれない。

浦原はマユリの姿を認めると思わず傍へ駆け寄った。そして、震える手で何も言わぬマユリの肩を引き寄せると、ぐっ、と強く抱きしめたのである。

「嗚呼、マユリさん…会いたかったっス…」

抱きしめたマユリの温もりを肌で感じ、喜助はこれが夢でないと分かり漸く安堵した。胸の中がじんわりと熱くなってきた。喜助は少し泣きそうになっていたのである。
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[其の弐へ続く]
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