■小説1

□片戀
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題:「片戀」
  「其の壱」
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此処は十二番隊隊首室。言わずと知れた浦原喜助の自室である。

自身が使い易いようにと改造されたその部屋は、電子機器が羅列され、水槽と繋がれたチューブが幾重にも巻かれ、決して見目がよいとは言えない。その部屋の真ん中に置かれた長机の前で、何やら帳面に書き記しているのは此処の主、浦原喜助本人である。
浦原は金髪をぽりぽりと掻きながら帳面に筆を記すと、暫く遠い目をして小さな溜め息を吐いた。
その帳面に書かれていたのはある文字の羅列である。

−マユリさんマユリさんマユリさんマユリさんマユリさんマユリさんマユリさんマユリさんマユリさん−

そして最後にこう付け加えた。

−好き−と。

此が大人の男のする事であろうか。かようにも悍ましい乙女のような浦原の行動だが、今書かれた帳面は誰かに見せたりする訳ではないのだ。ただ積もりに積もった己のどうにもならぬ感情を、少しでも落ち着かせるべく記したものである。

此処まで言えば誰でも直ぐに理解できるであろうが、今浦原は恋をしているのである。
マユリとは自身の隊に所属する涅マユリのことだ。浦原はマユリを恋するあまり此処の所病的な程、過敏になってしまっていた。

浦原がこのような状態になってしまったのはこの一月程の事だ。
そもそも浦原とマユリは地下監獄「蛆虫の巣」の看守と囚人の間柄であった。浦原の恋心はこの時すでにありマユリを恋慕してはいたが、何分マユリは囚人で檻に閉じ込められている身である。時折必要に応じて檻無く接する事はあったが、互いの立場上二人の間には見えない互いを隔てる壁のようなものがあった。実はこの檻の御蔭で浦原は「マユリに触れたい」「マユリを自分のものにしたい」との気持ちを、何とか制御出来ていたのである。

が、技術開発局創設の際、マユリを引き抜き外へ連れだした。それはよいが、この一月程愛するマユリと日々間近で接するようになり想いは膨らみ、抑える事すら危うくなって来ていたのだ。

浦原は書き記された帳面の文字を再び見つめると、書かれた文字を愛おしそうに指の腹で撫で上げ呟いた。

「マユリ、さん…」

その時である。開け放していた部屋の障子から、ふいにある人物が顔を出した。

「おい、浦原ッ」

「…−−う、ぁッ?!」

現れたのはマユリである。マユリは今大量の書類を抱え、隊首室であるこの部屋へ顔を出したのである。

焦ったのは浦原である。恋慕していた相手が突然現れたのであるから仕方ない事ではあるが。浦原は、今しがたまでマユリの名を書いていた帳面を慌てて閉じた。

「ああッ、はいィ?な、なんッスかぁ?」

「何って…今月分の始末書だヨ。此らに判をついてくれ給エ。これから一番隊に持って行きたいのでネ。今直ぐにだ」

マユリはどさり、と長机に分厚い書類を置く。「了解っス」と浦原は帳面を傍らに寄せ、さっそく作業に取り掛かった。

「全く、何故私がこのような雑務をせねばならないのだネ?しかも期限ギリギリとは…小僧は今使いに出てるから仕方ないが。浦原、貴様もう少し普段からきちんとしておき給えヨ」

「ハハ、どうもすみません…」

「それと…貴様頼まれていた震点の作業、進んでいるのだろうネ?此処の所余り捗っているようには見えないが。ん?それは何だネ?」

マユリは浦原の傍らに置かれた帳面に気付き、それを手に取ろうとした。と、浦原は慌ててそれを引ったくるように取り戻すと、見られては堪らぬと胸に抱え込んだ。

「ああッ!こ、此は駄目っスよォッ!!だ、大事な極秘文書っスからぁッ!!」

マユリは、何だ?と眉間に皺を寄せ訝しんだが、そこは同じ科学者同士、事情は理解出来る。

「新しい研究案かネ?だが、今は震点の完成が急がれているのだヨ。程々にしてそちらに取り掛かってくれ給えヨ」

言うとマユリは、浦原から判をつき終えた始末書の束を受け取り、席を立つ。
マユリが障子の向こうに消え、浦原は深く息をついた。
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このようにして、何とかマユリに知られず日々過ごす浦原であるが、それは葛藤の毎日であった。
マユリに知られ嫌われてしまったら、という想いもあれば、このままいっそ告白でもして想いの丈をぶつけ、あわよくばマユリと…と、いった気持ちもある。だが、今の状況では勝算はかなり低い確率であると思われ。悶々と過ごし、また一週間が過ぎた。

「さぁて。依頼を受けた震点も完成しましたし。新しい研究の為の資料でも探しに行きますかねぇ」

言いながら、浦原は資料室へと足を運んでいた。
資料室とは瀞霊廷にある巨大な図書館とは違い、此処技術開発局にある、資料と書籍を集めた小規模施設である。立ち上げたばかりの開発局は些か不便で、この資料室は離れた位置にあった。だが、浦原はこの資料室という場所を非常に気に入っていた。局員達が立ち動く忙しない研究室と違い、それらと隔絶されているぶん閑寂であり。ギイ、と扉を開けると薄暗い部屋の中から微かな書物の匂いがし、何処と無く安心するのである。

「んー、何から見て行きましょうか…」

浦原は順を追って配置された書棚を見て回っていた。と、何やら物音がして浦原はそちらに足を進めた。暫く行くと、脚立が置かれその上に誰かが座っているのが見えた。開け放した扉から薄く差し込む明かりで漸く解る相手。それは浦原の片恋の相手、マユリであった。

マユリは、浦原と同じく資料を探していたが、興味深い書籍を見つけ、ついついその場で本を巡っていたのである。
浦原はそんなマユリを見て、釘付けになった。

薄暗い中でも解る白く美しい肌は、化粧故ではない。その肌は元々細やかで透けるようであり、きっちりと纏められた蒼い髪は禁欲的で、それ故寧ろ返ってそそられる程だ。書物に夢中になっている横顔は端整で、伏せた長い睫毛が濃い影を落としている。脚立を跨いでいる長い脚は死覇装を通しても解る、折れそうな程の繊細さで。その美しさに浦原は目を逸らせられなくなり、只マユリを見詰めていた。
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「其の弐へ続く」
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