■小説1

□真実は犬にでも喰わせろ
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題:「真実は犬にでも喰わせろ」
  (注:性的表現有り)
  [其の壱]
−−−−−−−−−−−
目覚めると、そこは見知らぬ部屋であった。

簗天井と土壁の壁面の小さな座敷部屋。欄間には花瓶が置かれており、そこには一輪の斑紋が美しい鬼百合の花と大きな葉が挿されている。一花一葉…華美でなく質素でもない花はこの部屋に妙に似合っていた。

そして今、布団に横になっている薄い身体の持ち主は、技術開発局副局長を勤める涅マユリである。

マユリは掛け布団に包まり、薄目を開けて猫のように暫くじっと丸まっていたが、自分が見知らぬ部屋にいる事に気付き、慌てて自身を起こそうとした。
と、身体に鈍い痛みを感じ、マユリはうっ、と声を上げた。
何をしてこれ程の痛みが残ったというのか、どう考えても思い出せぬ。マユリが考えようとすると右の米噛がずきずきと疼き、思考を停止させざるを得ない。
そんな時である。

「うーん…もう朝っスかね?」

やけに近くから声がして、マユリはぎくりと固まった。聞こえた声は耳慣れた男のものである。マユリは恐る恐る後ろを振り返った。

そこにはあの浦原喜助が俯せになって寝転がっていたのである。

浦原はマユリが所属する技術開発局の局長である。マユリにとっては上司に当たる訳だが、何分いわくつきな間柄でマユリには目の上の瘤といった相手であるのだ。

その浦原が自分と一つ布団で横になっているのを見てしまい、マユリは絶句状態であった。さらによく見れば浦原は布団で隠れてある部分を除くと半裸である。布団の中は…恐ろしくて確認する事すら悍ましい。マユリは慌てて自分の身体を見て、白い肌襦袢を着用しているのを認めるとほっと胸を撫で下ろした。

浦原はそんなマユリの横でごろりと仰向けになり、ぐぐっと両手を持ち上げて大きな伸びをすると、ふあぁっと幸せそうな欠伸を漏らした。そして、怪訝そうな顔をしてこちらを見遣るマユリに気付き、横になったままにこりと微笑んだ。

「おはようございます。マユリさん」

「う、浦原。これは一体どういう事だネ?」

マユリが問い質すと、浦原は上半身を起こし乍、え、覚えてないんスかぁ?と間延びした声で応えた。

嗚呼、苛々する−

マユリの眉間に知らぬ間に一つ皺が刻まれていく。

「昨日マユリさんボクの誘いで飲みに行ったんです。で、酔い潰れて帰れなくなってここに宿を取ったんスよ」

なんだ、そんな事かとマユリは変に勘繰った自分を恥じた。そう言えば仕事帰りに浦原に飲みに誘われ、例によって一度は断ったのだが、結局の所無理矢理居酒屋に連れて行かれたのだった。浦原に醜態を晒した事は癪に触るが、そういった事はよくある話だ。自分にしては非常に珍しい事ではあるが、別に気に病む程ではない。
マユリが安堵した時である。

「マユリさん…」

むくりと起き上がった浦原が不意にマユリに口づけて来たのである。
当然であるが、突然の事にマユリは驚き、硬直してしまった。浦原は固まって動けぬマユリをそっと抱き寄せ、愛おしむようにちゅ、ちゅうっと幾度も唇を重ねてくる。
そして、マユリの薄い唇の隙間をぬって、ぬ゙る…と浦原の舌がマユリの咥内に入ってこようとした時、マユリははっと我に返り、思わず浦原の舌に噛み付いたのである。

「あっ!痛ッ!!マユリさん何するんスかぁッ!?」

「それはこっちの台詞だヨッ!い、い、一体どういうつもりだネッ?!」

「…マユリさん…本当に覚えてないんスか…?夕べの事…少しも?」

浦原は真っ赤になって怒るマユリの顔を暫くじいっと見詰めていたが、やがてがっくりと頭を垂れて深い息を吐いた。

「…はあぁぁぁッ…」

「うらはら…?」

「ハハ…やっぱりっスよね。こんな上手くいく筈無いって思ってたんスよ。だってボクとマユリさんが…なんて事…」

浦原はがばりと布団を頭から被り丸まり乍呟いた。その声はだんだんと小さく、最後の方は消え入りそうにか細くなっていき上手く聞き取れない。

「何を言ってるのかよく分からないヨ。ちゃんと説明し給エ。おい…」

マユリが丸まって出て来ない浦原を布団ごとゆさゆさ揺さ振っていると、ふと目の前に鏡がある事に気が付いた。全身を映せる程の大きさの姿見は、この狭い部屋におよそ不釣り合いなように思える。

マユリは、鏡に写る己の姿を見て何やら思い出せそうだが、思い出せない。そして、その姿見に映った自分をよくよく見ると、身体に何やら赤黒い痣が幾つもついているのが確認出来た。
一つは首筋。襦袢の間から見える胸の部分に二カ所。痣は、探せばもっとあるのではないかと思われる。

「………」

マユリはそっとその痣に自分の指を這わせてみた。つ、つ…と何度か指の腹で押さえ乍ら。そしてそれはある一つの答えへと結び付く。これは…

−キスマーク。それも浦原がつけた…−

鏡の前でマユリの記憶は一瞬にして巻き戻された。所謂「フラッシュバック」という物だ。
その姿見の前で、霰も無い格好で浦原と交わっていた昨夜の自分が思い起こされ、マユリはガクガクと身体を震わせたのである。

「あ……」

−そうだった。ワタシは…−

マユリは全てを思い出した。
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[其の弐へ続く]
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