■小説1

□愚か者の戀
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題:「愚か者の戀」
  「其の壱」
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その日、十二番隊隊長浦原喜助は或る店先にぼんやりと佇んでいた。
「祐天漢方堂」と看板にあるその店は、表記の漢方薬の他に秘密裏に手に入り難い薬品、薬物の販売等も行っている店である。
実の所、此処は研究者である浦原の馴染みの店である。浦原は自身の必要に応じて時折この店に顔を出すのであるが、この日は不思議と中に入ろうとしないまま店先に突っ立っていたのである。

曇天の空から、ぽつりぽつりと雨が降り出し、その音がぱたぱたと騒がしくなると、雨粒は少しずつ大きな物となっていく。
その時、一人の男が雨に降られ同じく軒下に走り込んで来た。
金色の長い髪に五番と書かれた隊長羽織の男は、浦原と懇意にしている五番隊隊長、平子真子であった。

「ひゃあ…こらアカン。びしょ濡れになってもうた…あれ?喜助ェ?なんやお前も雨宿りかいな。…ッと!」

平子は雨に濡れた肩口を片手で払いながら浦原の方を見遣る。目に着いたのは浦原の手にある大きな番傘。

「雨宿り…ではないみたいやなァ」

「ハハッ…さすが平子サン。目敏いっスね。いえね、今マユリさんが中入ってるんですよ。一時間程前にお使い頼みましてね。そしたらこの天気でしょう?降られたら大変ですから今、後追い掛けて来たとこなんスよ」

平子はバツが悪そうに頭を掻いている浦原を、怪訝そうに見詰めると

「なら、中入ったらいいやないか?その方がマユリと一緒に買い物出来て一石二鳥やろ?」

とざっくばらんに言い放つ。

「あー、ハハッ。そうなんですがね。ボクの予想ではマユリさんもついでに自分の研究用に色々と見てるのかと。自身の買いたい物もあるでしょうし。ほら、あの性格でしょ?何買ったかとか知られるの嫌でしょうから、此処で終わるの待ってるんですよ」

「ふうん、研究者ってのは秘密主義なんやなァ。難儀なもんや」

−しかし、隊長自らが一隊員の為に迎えとはなァ。やっぱりコイツ、マユリの事−

浦原の行動に少し呆れる平子である。が、それを敢えて口には出さず、しとどに降り続く雨を気にしている素振りを見せる。

「しかしなァ、喜助ェ。言いたかないが、その傘…下心丸出しやで」

「エ?」

「迎えに持って来たにしては傘一本だけやないか。しかもそないな大きい番傘。…マユリと仲良う相合い傘、狙っとるやろ…」

「あ!いやッ、此は…」

赤くなり慌てる浦原の様子を見ながら、平子は含んだ笑みを漏らす。

「隠さんでええ。俺かてマユリに懸想しとる一人やからな。お前の立場やったら多分同じ事考えるわ。チャンスは有効に使わんとなァ」

「………」

浦原からの返事は無い。平子に図星され返す言葉に詰まった、という所なのであろうか。
雨は更に強く屋根を打ち、軒下に激しく雫を滴らせていく。

「所で。今更なんやけどな…喜助ェ。お前マユリの素顔見てるんやろ?どうなん。別嬪なんやろ?マユリの…」

「…あ?ええ。かなりな美人っスよ」

「やっぱりな。…やろうと思ったわ。化粧で隠しとるから大概の奴は気付かんと思うけど、俺の目は誤魔化せれんで。…に、してもマユリの奴、勿体ない事するなァ。そない綺麗なんやったら周りに拝ませてやってもいいやろうに。…所で、喜助ェお前はいつマユリの素顔知ったんや?」

「ああマユリさんが『蛆虫の巣』にいた頃に。ほら、ボク看守でしたから」

「ほー、じゃその頃からお前、マユリに懸想しとったんかァ…ん?看守っつー事はマユリの裸とか…見放題やったとかァ!?言うてみい、喜助ェ」

「えッ?!ち、違いますよォ。そんな事幾らなんでも…。平子サンは何時からマユリさんを?」

動揺し、慌てて平子に話を振る浦原である。

「そんなん、喜助に紹介して貰うた時に決まっとるやろ。一目惚れや…俺の運命の恋や…」

「ハァ。平子サンには…ひよ里サンがいるじゃないスかァ」

恋仇相手に浮かれた事を言う平子に対し、さすがの浦原も些か動揺したのであろうか。言葉を濁しつつも、チクリと痛い所をついて来た。

「なん?ひよ里ィ?何寝ぼけた事言いよるんや、喜助ェ。あないなクソ餓鬼、恋愛対象にならんわ」

「なら、何故マユリさんを?やはり顔、なんスか?」

「んー。そら、容姿は大事やで。せやけど、それだけではないで。マユリのあの突っ張った感じが堪らんのや。外方向けば向く程、此方に向かせたくなる…俺には初めてのタイプやなァ。喜助も好きやろ?ツンデレ」

少し試すよう下から覗き込むように浦原を見る平子に対し、浦原は急に真顔となり畏まる。

「平子サン…本気、なんスか?マユリさんの事」

低い声で平子の真意を確認する。

「本気やで。俺はマユリに惚れとる。お前かて、そうやろ?わざわざあの牢獄からマユリを連れ出して来た位『好き』なんやろが。つまり俺らは恋のライバルつー訳や。ま、お互い頑張ろうや、なァ」

平子が浦原の肩にぽん、と手を置いた。浦原の隊長羽織は横殴りの雨により、じっとりと冷たく濡れていた。

「おい、大丈夫かァ?肩びしょびしょやないか。少し中に入ったら…てか、今から俺がマユリ呼んで来たるから」

平子はおもむろに振り向き、店の中にいるであろうマユリに声を掛けようと、扉の取ってに手を掛けた。
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「其の弐へ続く」
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