■小説1

□飼育する愛
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題:「飼育する愛」
  (注:性的表現有り)
  [其の壱]
−−−−−−−−−−−
それは報われない恋であった。

地下牢獄「蛆虫の巣」の看守でもある浦原喜助が涅マユリに出会ったのは、今を遡ること数年前である。
喜助は既に二番隊に所属しており、隊長を務める四楓院夜一から看守の任を与えられたばかりであった。

この日、浦原喜助は真央霊術院にいた。
真央霊術院とは二千年の伝統と格式を誇る死神育成機関である。基本的に教育課程は六年であるが、実力次第で飛び級も可能なのである。

実は喜助はある指命があり、此処に来たのである。
近年護廷隊では入隊する秀逸な死神が不足しがちであり、夜一から今のうちに優秀な人材を見つけて勧誘をしろとの命令を受けた。所謂「引き抜き」である。
護廷隊ではどの隊に入るかは本人の希望による。が、そうなると人気のある隊に入隊希望者が偏るのも実状で、それを避ける為致し方ない事なのかもしれない。こういった根回しを余り良しとしない夜一でさえ、気が進まぬまでも内密に喜助に命じて来たのだから、今の護廷隊の状態が伺えると言うものである。

応接室にて渡された資料を巡っていた喜助はある人物についての書類に、はた、と手を止めた。

涅マユリ。
流魂街出身の院生で、その実力は計り知れない。入学の歳こそ幾分遅かったものの、試験の成績では常に満点を取り「特進学級」に配属されていて、現在も首席の座を他者に譲った事はない。鬼道の実力や霊圧も素晴らしいのだが、惜しむらくはその体力が些か戦闘力に欠けているという所である。
この点を省いても、二年の飛び級で来年卒業というのだから恐れ入る。学院では数年前喜助が打ち出した記録と同等であり、マユリは期待の新人であるのだ。

書類には小さな写真が貼られている。ここで説明するが、当時のマユリは化粧をしていない。
白い肌に藍色の髪、琥珀の瞳は目にも鮮やかで、不思議と喜助の心を捕らえて離さなかったのである。

−会ってみたい−

喜助はその旨を告げ了承を得ると、マユリのいる寮へと向かった。
だがマユリは部屋にはおらず、喜助は霊術院の庭をのんびりと散策しながら探し歩く事となった。
目当ての相手は意外と早く見つかった。中庭の長椅子に腰掛けて書物を読むマユリが目に入って来たのである。白い肌、蒼髪の容姿は遠目でもマユリであると判るのだ。

晩秋の既に肌寒い澄んだ空気の中、書物を読むマユリの横顔は端整で、まるで神話に登場する美神の如く喜助が恋に堕ちるに十分なものであったのだ。
喜助は時間が経つのも忘れてただマユリに見とれてしまっていたのである。

マユリは暫く本に夢中になっていたが、落ち葉を踏み近付いてくる喜助の足音に気付くと訝し気に顔を上げた。

「あ、涅…マユリさん?」

それが浦原喜助と涅マユリの初めての出会いであった。
−−−−−−−−−−−
それ以来、喜助は幾度もマユリの下に訪れた。

あの日、期待していたマユリの返事は素っ気ないものであった。

「興味がないネ」

マユリは喜助の勧誘を一言で切り捨てたのである。
二番隊は瀞霊廷を守護する裏部隊−隠密機動と密接な繋がりがある。
つまる所マユリは処刑や檻理には興味がないと言うのだ。まぁ自ら進んで二番隊に入りたい等という奇特な輩も少なく、マユリの選択は当然とも言える。

それでも喜助はマユリの下に通い詰めたのである。
始めは「引き抜き」という行為に気が進まなかった浦原であるが、今ではマユリ会いたさに自ら足しげく学院に通う程になった。勧誘と称してマユリと会い言葉を交わす度に、喜助はマユリに心惹かれていくのを感じていたのである。

マユリの魅力はその整った容姿もさる事ながら、媚びる事を知らぬ精神であった。人によれば「生意気」ともとれるだろうが、浦原は決して敬語を使用しないマユリの事を寧ろ微笑ましく思っていたのである。

「マユリさんは希望の隊とかあるんスかね?」

「……」

霊術院の中庭の長椅子に浦原とマユリは座っていた。幾度も通ううちにマユリと親しくなった浦原は、時間があればこうやってマユリとの会話を楽しみに来た。マユリの方も、流魂街出身である事や科学に興味がある事など自分と似通った部分がある浦原に、心を開くようになっていた。

「なら、護廷隊に入ってやりたい事とかあります?ボク個人としても興味があります」

「…知りたいかネ?」

「フフ、是非知りたいっスねぇ」

浦原の言葉にマユリは含んだ笑みを湛え乍ら、勿体ぶった応え方をした。

「…私は好きな実験・研究をして過ごしたいのだヨ。残念ながら今の隊には無いのだが。願わくば早くそういった機関が出来ればいいのだがネ」

「…−−−!!」

喜助は驚きで声が出なかった。それは喜助の夢であり、長年練っていた構想であったからである。今は二番隊分隊に所属しているが、いずれ自由がきく身になった時、科学を中心とした新しい組織を立ち上げたいとずっと思って来たのである。
マユリの願いが自分と同じであったとは…喜助は驚きと共に無性の喜びを感じていた。運命などというものは信じてはいないが、奇跡であると言えないだろうか。浦原はただただマユリの顔を見詰めていた。

「あ、昼休憩の鐘が。帰る事にするヨ」

長椅子をマユリが立ち上がりかけた時である。足元の落ち葉に草履が滑りマユリはよろめいてしまったのである。

「…っと!危ないッ!」

マユリの身体に手を延ばし浦原は受け止めた。浦原より一回り小さなマユリの肩は、思ったより細く華奢で浦原の腕の中に収まった。

「大丈夫でしたかね?」

「…う…」

慌てて離れたマユリの頬は気付くと紅く染まっていた。そんなマユリの表情を初めて目にして、浦原の心臓はどくどくと激しく脈打った。
喜助は震える手でマユリの肩を引き寄せると、マユリの唇にそっと触れるだけの口づけをした。

「マユリさん…ボクは貴方が好きです…」

衝動的にした口づけであったが、これが浦原の本心であった。霊術院という場所で生徒相手にこのような事を致して、ばれれば責任問題である。が、それを踏まえてもどうにもならない程の恋心を気付くと喜助はマユリに抱いてしまっていたのだった。

喜助はマユリの返事を待った。マユリも漸く心を開いてくれるようになり、ひそかな期待が無かったと言えば嘘になるだろう。
だが、マユリからの言葉は非情なものであった。

「…心外だヨ、浦原。二番隊部隊長ともあろう者が男色の気があるとは…嗚呼、悍ましいヨ…」

浦原は顔面蒼白となった。先程迄の穏やかな時は嘘のように壊れ、ぴりぴりとした張り詰めた空気に変わってしまっていたのである。

「…マユ…リさん…」

マユリは冷めた目で浦原を見遣るとくるりと向きを変えて走り去った。

浦原は愛おしい者をうしなう喪失の予感に全身ががくがくと震え出した。
後悔の念で心が押し潰され、その場に立ち尽くしてしまったのである。
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[其の弐へ続く]
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