■小説1

□アンビバレンス−ambivalence−
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題:「アンビバレンス−ambivalence−」
  (注:性的表現有り)
  「其の壱」
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「マユリさん…愛してるっス」

此処は十二番隊隊舎内の渡り廊下である。

その突き当たりで、今二人の男が声を潜めて何やら妖しいやり取りをしていた。
背の高い金髪の男は背中に十二の文字の隊長羽織りを着ている事から、此処十二番隊の隊長、浦原喜助であると解る。
と、なるとその浦原に壁に何やら身体を押し付けられるようにしている蒼髪の男は、十二番隊三席であり技局の副局長の涅マユリであろう。

まるで通せん坊をしているように、浦原はマユリを離す気はないようで、だんだん顔をマユリに近付けていく。そうして今にも浦原の唇がマユリの唇に…という所で、ぐっ、と浦原の身体を押し返しながらマユリは毒を吐くように呟く。

「またそれかネ?…悪いが興味が無いヨ。全く…貴様は場所もわきまえず。まるで発情期の犬だネ」

呆れたようにマユリが言うが、冷めたその言葉に怯む事無く、浦原はにやり、と微笑んだ。

「ではマユリさんも雌犬になってみます?一晩中繋がったら、もしかするとボクの気持ち理解して貰えるかも…」

「下卑た事を言うんじゃあないヨ。それに貴様こんな事してていいのかネ?総隊長殿から何やら新霊具の開発を頼まれているのだろう?今頃は顔を青くして作業に掛からなければならない筈だが?」

「アー、ハハ。そうでしたぁ。でもボクにとってはマユリさんの方が大切なんで。好きな人を目の前にして何もしないなんて、無理な話っスよォ」

「………」

そうなのである。今二人がこのようにしてやり取りをしているのは、先程渡り廊下をすれ違い様に、浦原がマユリを人目につかぬこの場所へと連れ込んだからなのだ。

それにしても浦原の言葉に、理解出来ぬ、とマユリは思う。
マユリにとって科学とは自身のレゾンデートルであり、何よりも大切なもの。それは浦原とて同じである筈だが、浦原はそれよりもマユリの方が大切だと言うのだ。

そう。浦原は以前からまるで異性を恋するが如くマユリに執心しており、今のように執拗なアタックが続いているのである。浦原に、というか恋愛自体に興味がないマユリにとっては、只煩わしいだけである筈だが。

「そこをどき給えヨッ。私も忙しいのだ。無駄な時間を過ごしたく…む、ぐぅッ…」

マユリが浦原の横を摺り抜けようとした時である。動きの隙をついて、浦原の唇がマユリの唇を塞いでいた。思わず目を見開き固まるマユリであるが、やがてはっと我に返り抵抗を始めた。だが浦原も構わず幾度も角度を変えながら口づけを続け、その上舌まで挿入してきたのである。

「んッ、んんッ、うくッ…」

上顎を舐められ舌を絡ませられて、徐々に抵抗していたマユリの腕の力が抜けていく。そうして悔しいかな、マユリは浦原を受け入れざるを得なくなるのである。

くちゅくちゅ、と互いの舌が絡み合う濡れた音がしてその口づけは暫く続いた。そうして名残惜しそうに浦原がマユリの唇を解放すると、マユリは、はぁ、と苦しそうに息をついた。

「んー、残念っス。時間があればもっとしてあげれたのに。でもキス出来たから今の所はこれで引き下がりますよ。では、また後で…」

「このッ…馬鹿、がッ…」

真っ赤になり睨み据えるマユリに対して、浦原は、ふふ、と満足げな笑みを漏らし、去って行く。目的を遂げれて嬉しいのであろう、心なしか足取りも軽いようである。

実は浦原との口づけは、これが最初ではない。今までも幾度か浦原が強引に口づけして来ており、その都度いいようにされ、マユリの自尊心は脆くも打ち砕かれていたのである。

マユリの脳裏には先程の浦原の言葉が消えずに残っていた。
「では、後で…」と浦原は言った。それはおそらく、この後研究室で会おうという事だろう。ぞくり、とマユリは背中に薄ら寒いものを感じた。

「ハァ…最悪だヨ。それに、なんだか悪寒がするようだ…今日は早く終うとするかネ」

マユリは研究室には戻らず、そのまま仕事を引ける事にした。
先程の事もあり、このまま再び浦原と研究室で会うなどという事は避けたい気持ちであったのだ。
丁度いい具合に作業も終わった所であった。

−普段なら即座に新しい研究に掛かる自分であるが今日は特別としよう。たまには早く帰るのもいいではないか−

実は、技局は各々の作業内容によって、ある程度の自由が許されているのである。

−本来なら帰宅時に隊長である浦原に一言了解を得なければならないが、自分は副局長である。今更あの男に一々確認を取らなければならぬ、という事もあるまい−

そして、マユリは溜め息をつきながら、研究室とは真逆の、隊舎へと続く廊下を渡って行ったのであった。
−−−−−−−−−−−
「ふぅ」

と、自室に入り、マユリは一呼吸ついた。
風呂上がりであろう。見れば、その顔は化粧気が無く素顔であり、寝巻がわりの白い肌襦袢を着ている。普段は白子のような化粧をしているが、マユリのその肌もまた透き通るような白色である。いや、色白と呼ぶより寧ろ青白い。美しくはあるが、けっして健康的ではないのである。そうして濡れた蒼髪は、まだ小さな雫を滴らせ襦袢の肩口を濡らしている。

マユリは濡れた髪をくしゃくしゃと手拭いで拭くと、それを椅子の背もたれに掛けた。そうして小さな行灯が枕元に置かれている布団の中に潜り込む。このように早く寝床に入るのはどれ位ぶりだろうか?久しぶりに書物でも読もうかと枕元の本に手を延ばそうとした。が、それすらも億劫となり、手を止める。

−疲れた…−

そうしてマユリは小さく背中を丸め、眠りに入ったのである。
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「其の弐へ続く」
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