■小説1
□夜に流れる恋心
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題:「夜に流れる恋心」
(注:性的表現有り)
[其の壱]
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「…温泉旅行?」
今、副局長である涅マユリは十二番隊隊首室に来ていた。
隊首室は隊長であり技局の局長である浦原喜助の自室で、用も無ければ来たくもないマユリであるが、いかんせん当の浦原に呼び出されたのだから仕方ない。相談があるんスよ、と持ち掛けられ身構えたが、その内容はなんともまぁ気の抜けた平和然とした提案だったのである。
「んっふふ。そうっス。ホラ、少し前に五番隊の皆さんが慰安旅行に行かれたでしょう?それが好評でしてぇ。で!我が十二番隊もどうか、と思いましてね」
マユリの前には浦原が座卓に頬杖をついてにこにこと微笑んでいる。マユリはその間の抜けた男の笑顔を見ると何故だか無性に苛立つのである。
「必要ないヨ」
「あら?何故?」
「そんな時間がある位なら新薬の一つでも作れるではないかネ?温泉旅行など時間の無駄だと思うがネ…」
マユリの言葉に浦原は気分を害する様子もなく、淡々と口を開いた。
「マユリさんらしい答っスね。でも、他の隊士や局員達はどうですかね?慰安旅行という名目でもなければ皆さん休めないでしょう?あ、一応ひよ里さんには了承の判は頂いたんス。後は副局長のマユリさんに了解して貰えれば…」
「フン。話は既に出来上がってるようじゃないかネ。判をついてもいいがネ、私はそのくだらない旅行には不参加とするヨ。局で作業していた方が余程有意義というものだからネ」
「おっと!それは出来ないっスよ。一応団体行動ですから全員参加です。ましてマユリさんは副局長で三席。そんな席次のお人が不参加となると我が十二番隊の沽券にかかわりますからねぇ」
「ぐぬぅ…不遜な…」
「まあまあ。マユリさんだってずっと働き詰めじゃないっスかぁ。いかがです?この際、温泉旅行楽しんでみちゃあ」
「………」
結局浦原に言いくるめられて申請書に判をついたマユリである。
マユリの苛立ちの原因は、今回の事に限らず、詰まるところ、いいように浦原のペースに合わせられてしまう自分にもあった。
いつも自分より一枚も二枚も上手をいく浦原の言動に、マユリは振り回されている自分を感じていたのである。
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十二番隊、温泉旅行当日。
ぞろぞろと大人数での移動であったが、なんとか目的の温泉宿へと到着した十二番隊及び技局の一行である。
目前には中々に立派な趣有る本館があり、傍らには美しい日本庭園が備わっている。庭園からの心地いい水音が響く館内に足を踏み入れると、女将や仲居らが笑顔で出迎え、予め分けていた班ごとに部屋を案内された。
「中々いい旅館じゃないスかぁ。ね、マユリさん」
通された部屋の机の前に胡座をかき、茶を啜っているのは隊長兼局長である浦原。そしてその前の少し離れた位置に渋々座っている人物は言わずもがな副局長のマユリである。
「確かにいい所のようだが。ハァ…どうして貴様と私が同室なんだネ?エ?」
「あれ?ちゃんと説明したでしょう?何か有った時、局長副局長が同室の方が対処しやすいから、って。それに副隊長のひよ里さんは女性っスから別の部屋になりますし、ね」
−しかし、浦原と同室では寧ろ気が休まるどころではないではないか…−
何の為の慰安旅行なのか、とマユリは無言で深い溜め息をついた。
「さて。夕食までは自由行動っスよ。ボク達も館内や庭を散策してみます?それとももう温泉に?」
「何故貴様と行動を共にしなければいけないのかネ?それに湯には寝る前に入るヨ。化粧を落とさなければならないのでネ」
「フフッ。局長副局長は一緒の方が良くありませんか?すぐ連絡取れないと、ですね。さ、マユリさん。庭園の方、行ってみましょ」
立ち上がった浦原は、おもむろにマユリの手を掴むとぐい、と引き上げ立たそうとする。
「な、なに…をッ?」
浦原の妙な馴れ馴れしさに、マユリが真っ赤になり怒鳴りつけようとした時、部屋の扉を叩く音がした。
「あ、あの…涅副局長いらっしゃいますか?」
名を呼ばれてマユリが出てみるとそこにはまだ幼さの残る少年、阿近が立っていたのである。
「どうしたネ?阿近」
「あの…副局長と一緒に庭とか回りたくて。駄目でしょうか?」
「…私は構わないが…」
ちら、とマユリは後ろから二人を覗き込んでいる浦原を見遣る。
浦原と阿近は視線を交わし、何やら険悪なムードであった。が、この際、浦原と二人きりで庭を回るより阿近を交えた方が些か気も軽くなると、マユリは快諾したのである。
だが、すぐにマユリは後悔する事となった。浦原と阿近、二人のマユリを巡っての争いが始まったからである。
「マーユーリさぁん。あっちに綺麗な花が咲いてるっスよぉ。行ってみません?」
「副局長。あちらにお茶席があるみたいです。一緒にいかがですか?」
互いにばちばちと火花を散らす二人である。
マユリはうんざりと言った体で、庭園の鯉に餌をやっている。ぱくぱくと口を開ける太った鯉をマユリは無表情でぼんやりと見詰めていた。
−ハァ…私は何をやっているのかネ…−
「あれ?喜助ェ、白玉ァ、阿近やないかぁ。三人で回りよるんかァ?」
突然声を掛けて来た相手は副隊長の猿柿ひよ里である。技局に在籍する同年代の眼鏡娘と共に庭を回っていたようだ。
助かった…とマユリは内心ひよ里に感謝した。今のような険悪な雰囲気ではさすがの自分もいたたまれぬ。一体何が理由でこの二人はこうもそぐわぬのか…鈍感なマユリは二人の気持ちを良く理解出来ずにいたのである。
結局、ひよ里らも共に庭を散策する事になり、その後は存外に楽しい時間となったのである。
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[其の弐へ続く]