■小説1

□−pessimistic−悲観的な恋人
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題:「−pessimistic−悲観的な恋人」
  (アニ鰤第310話パロ)
  [其の壱]
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現世、空座町。
此処に「浦原商店」という一軒の駄菓子屋がある。
この店、古民家風の趣があり駄菓子屋として非常に良い店であるのだが、いかんせん店の売上はさっぱりであった。本来ある筈の子供の出入りはあまり無く、どういった経緯からか何やら怪しげな人物の出入りが多い。こんな調子で果たして駄菓子屋として商売が成り立っているのか、周りに些か疑問に思われる程だ。

此店の主は、金髪に下駄と帽子といった変わった風体の浦原喜助という男。
実を言うとこの浦原であるが、百年程前に或事から現世へと追放された死神で、駄菓子屋の店主とは名ばかりの謎の人物であるのだ。その実態は科学者であり、闇商人であるとも噂される。

さて。話はごく平凡な日常の光景から始まる。

先程から自室のテレビの前で、店主浦原喜助が至近距離で画面を食い入るように見詰めていた。
特に目が悪い訳でもないであろうに、酷く近くで画面を見詰める浦原である。それを表現するならば、まさに「かぶりつき」と言った言葉が的を獲ていよう。

浦原は、正面から見遣ると口元はひどく緩んで薄く笑みを浮かべていた。画面を凝視しながらも何やら小声でぶつぶつと呟いており、もし部屋に何者かがいたとしたら、その異様な雰囲気にたじろいでしまうかもしれない程であった。

「フフッ。ああ、マユリさん…可愛いっスねェ…」

浦原が見ているのは、「アニ鰤310話」であるようだ。この回では浦原の、自称「恋人」涅マユリが冒頭から登場していたのだ。
日々浦原商店の店主として、闇商人として、或は科学者としての実験研究で多忙な毎日を送る浦原ではあるが、事マユリに関しては別のようで。今日のようにマユリの登場の回であると、確実に録画し、その上リアルタイムで視聴している程の熱の入れようであった。

この回は黒崎一護が藍染を倒し、マユリが転界結柱を起動する所から始まる。
起動まで十秒だけ待つというマユリの一言に、隊員達は恐れ戦いて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている所であった。

「フフッ…マユリさんたら。ほんとツンデレなんですからァ。まぁ、そんな所も堪らないんスけどねェ」

浦原はへらへらと相変わらずのにやけ面を曝している。

「……!!」

その時である。
先程ののぼせた表情から浦原の顔は一変していた。
顔面蒼白になり、仁平の端を握り締めた拳がぶるぶると震えている。つい今しがたまでの幸福感一杯といった表情からの突然の変貌は、一体何があったというのだろうか?
−−−−−−−−−−−
時を同じくして。
浦原商店の店先に一人の客らしき人物が現れた。

グレーの細みのスーツに身を包んだ男の躯は驚く程痩身で、目深に被ったキャスケット帽で顔を隠すようにしている。中に入れ込んでいるのだろうか…キャスケットからは長い髪がちらりと一束落ちている。それはまるで人形の毛髪のように、美しいが人工的で目にも鮮やかな色彩を放っていた。

「…やれやれ全く!…面倒な事だネ」

男は独りごちてから、既に締め切っている浦原商店の扉を、とんとんと叩いた。

「浦原、いるかネ?来てやったヨ」

声を掛けるが、中からは何の返事も無い。が、奥から微かに漏れ聞こえるテレビの音声が、中に誰かがいる事を伺わせている。

「…浦原ッ!」

何度叫んでも返事が無く、男は溜め息をつき乍、がらりと戸口を開け遠慮もせず中へと入って行く。

「…いるじゃあないかネ。全く!」

男は浦原の自室に入る。
そして、テレビの前に胡座をかいてぴくりともしない浦原に呆れ返り乍も、男は被っていたキャスケット帽を脱いだ。さらりと流れ落ちた藍色の長髪は、説明せずともその髪色で誰と分かる特徴である。

涅マユリ。
先程浦原が熱心に見入っていた現十二番隊隊長。技術開発局二代目局長であり、浦原の「恋人」その人である。
ただ先程から浦原が注視していた画面上のマユリとはかなり違っている。化粧をしておらぬ素顔を曝しているのである。化粧顔のマユリは一種面妖な特異な風貌であるが、こうして見ると素顔のマユリは息を飲む程の、言わば「美形」である。

マユリは喜助の後ろに静かに腰を下ろしながら、振り向かぬ相手に訝しむ事もせず話し掛けた。

「アァ、やっと抜け出せたヨ。少々遅くなったがネ、致し方ないとして許し給えヨ…」

「大体、急に大切な用がある、来てくれと言われても困るんだヨッ!私は忙しいのだからネ。…オイ!聞いているのかネ?浦原ッ!!」

折角愛しい恋人がはるばる尸魂界から来たと言うのに、浦原は返事もせずただ下を俯いていて押し黙っていた。

久しぶりの再会である。
いつもなら嬉々とした表情で「マユリさぁん!」等と鼻に抜けるような声で擦り寄って来る浦原である。先程から喧々囂々と浦原に厭味を言っていたマユリも、さすがに訝しみ口数が少なくなる。マユリはそっと浦原の顔を後ろから静かに覗き込んだ。

「…オイ…浦原?」

浦原は蒼い顔をして俯きながら全身をぶるぶると震わせていた。マユリはこれは尋常ではない何かが浦原の身に起こったのだと思い、浦原の前に正座し問い質した。

「…な、何が有ったのだネ?浦原…おいッ」

すると。
浦原はまるでタイミングを見計らったように、ぐっと顔を上げてマユリを見た。そして開口一番こう言ったのである。

「マユリさん、酷いっス!浮気だなんて!!あ…あ…あんまりっスよぉッ!!」

言ったかと思うと浦原はわあわあ喚き子供の様に泣き出した。マユリは浦原の態度と言葉が理解不能であったが、それでも浦原を宥めるべく何時もより優しい口調で話し掛けた。

「一体どうしたと言うのだネ?浮気だと?私がそんな事をすると思うのかネ?」

そう言われた浦原は予想に反し、帽子と長い前髪の間から見える目を細め、キッとマユリを睨み据えた。

「浮気っス!証拠は上がってるんスよ、マユリさんッ!!」

そう言い乍浦原はおもむろにリモコンを取り、録画しておいた映像を操作しだした。

「此処ッスよッ!!」

「浮気の証拠」と言われて、マユリも疑問を抱きながら浦原に言われるまま画面を注視する。

そこには十二番隊隊士達に囲まれ、手を握られながら転界結柱起動を圧し留められようとしているマユリの姿があった。

「ああッ!!あんなにしっかり手を握られてッ!!それもあんな大勢の男達に囲まれてッ!!マユリさん、貴方は酷い淫乱っスよォッ!!」

浦原は目に涙を溜めたまま、激しい興奮状態でマユリを詰ったのである。

それを聞いてマユリはがっくりと肩を落とした。
そして、尋常では無い浦原の様子に衝撃を受け、要らぬ心配をさせられた事に憤慨した。自分には何の落ち度も無いが故に、浦原に曰く有りげに嫉妬され気分を害したマユリは、今沸々と怒りが込み上げて来始めていたのである。

「ム…何なんだネッ!急用があると言うから来てみれば。くだらぬヤキモチかネッ?醜いヨ、浦原…」

「くだらぬヤキモチ」「醜い」と言われ、浦原は強い衝撃を受けた。
自分がこれ程マユリを恋慕っていると言うのに…マユリから浴びせられた思いの外冷たい言葉に、浦原は身を震わせながら反論した。

「ア、ア…アタシが醜いって言うんならマユリさんはどうなんスかァッ?あんな一般隊士達に気安く手を握らせてッ!!隊長として恥ずかしいとは思わないんスかねッッ!!」

「なに、ッ!?」

売り言葉に買い言葉とは、よく言ったもので。今二人の間には険悪な空気が流れ始めていた。まさに一触即発…といった所であろうか。
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[其の弐]に続く
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