■小説1

□これも愛の成せる技
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題:「これも愛の成せる技」
  [其の壱]
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「ハアァァッ…マユリさぁん…」

此処は現世の空座町。
「浦原商店」と書かれた看板が架かる古民家風の建物は、表向きは駄菓子屋という名目だがその実質は定かではない。

暮れも押し迫ったある日。
その浦原商店の中にある自室で、店主浦原喜助は布団の上に寝転がり本日何度目かの溜め息をついた。
手にはモスグリーンの伝令神機を持っていて、時折それを眺めてはぼうっと暗い目をして天井を見たりしている。目の下にはいくばくかの隈が出来ていた。何か思い悩む事があるのだろうか。

喜助がちらちらと見遣る伝令神機には、ある人物と肩を並べて撮った自身のツーショット写真が待受にされていた。

その画像は一人は喜助であるが、もう一人は目の醒めるような鮮やかな蒼髪で肌も些か青白い。瞳は透き通るような琥珀色を湛えている様からその人物は、現在の技術開発局局長、涅マユリであろう事が伺えた。
普段ならマユリは白粉で顔を隠しているのだが、この浦原との写真ではそれをしていない。所謂「すっぴん」状態である。あのマユリがこのような素顔を晒すなど、浦原との関係がどのようなものか悟れるものである。

つまり二人は付き合っている。「恋人同士」であるのだ。それは今から百年以上も前からであり、浦原が身に覚えの無い罪で現世に追放された今でもその関係は続いている。
二人の関係は、地下監獄「蛆虫の巣」での浦原の一目惚れから始まっており、浦原の長い執拗なアタックが実を結び二人は恋人同士となった。恋人となってからも、浦原のマユリへの執着は変わらず、いや前にも増して愛しいマユリへの想いは強まっていった次第である。こうして現世と尸魂界へ離れ離れとなった今では、逢えぬ時が続くとまるで長患いをしている病人の如く、只マユリの事のみを想い毎日を過ごす浦原であったのである。

そしてその「恋の病」に拍車を掛けたのは、ここ最近やけに冷たいマユリの態度である。遠距離恋愛ではあるが、以前はまだ頻繁に逢う事も出来た二人であった。だがここ一月程会う事すら叶わなくなった。マユリいわく「年末なので恐ろしく忙しい」らしいのだが、そんなものは現世にいる浦原に理解できる筈も無く。付き合いも長くなるとマユリは自分に飽きてきたのだろうか…もしや尸魂界に新しい恋人でも出来て浮気でもしているのではないか…と有らぬ事を疑い、益々病人のように心を蝕まれていく浦原であったのだ。
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数日後。
こちらは尸魂界にある技術開発局である。
二代目局長涅マユリはここ暫くの多忙の為、今や疲れのピークに差し掛かっていた。今年中に、と依頼を受けた霊具や新薬の類は多数あり、いくつかの完成は後僅かという所まで来てはいるのだが、いかんせん完了したとは言い難い。今年はある事情により技術開発局は些か早めに仕事納めをやる予定なのである。もはや僅かばかりの余裕もないのが実情なのであった。

「ネム!ネムはいないのかネッ!」

「涅局長、ネムさんは女性死神協会の会合に出掛けていますが」

阿近が間髪入れずに返答した。そうであった、とマユリはうっかりと忘れていたネムの留守を思い出した。

「うぬ、そうだったネ。では私はこれから一番隊隊舎に例の新霊具の完成品を受け渡しに行くのだが。阿近、今日はお前を連れて行く事にするヨ」

なんの事は無い、只の荷物持ちであるが、新霊具の完成品を持つとなると信用の置ける者でなくてはならない。阿近はマユリに信頼されていると言われたようなもので、多忙ながらも快諾した。

十二番隊隊舎と一番隊隊舎は離れていて、技局の門を出るとかなりの距離を歩く事になる。時間の浪費だ。この忙がしい時に…とマユリは思うが、総隊長相手に代理人を立てる訳もいかずマユリは阿近と共に歩き出した。

その時である。
ふと、何か違和感を感じてマユリは振り返った。だがそこには誰もいず、技局の白い壁があるばかりである。

−気のせいかネ?だが何故か懐かしい感じがしたのだが…−

マユリは小首を傾げたが、暫くするとまた歩き出した。

マユリの姿が少しばかり小さくなった頃である。技局の白壁の上からマユリと阿近の二人を見る、男の姿があった。霊圧を隠す黒い烏色の外套を着ている男は、現世にいる筈の浦原喜助であった。
浦原は恋人のマユリ逢いたさに、秘そかにここ尸魂界にまで来ていたのである。
過去、浦原が追放処分となり尸魂界には踏み込めぬ刑罰が与えられていた。が、そこは天才である喜助の事。先日までマユリに対する「恋の病」を悪化させた浦原は、どうやっても尸魂界に行きたいと研究を重ねた末、ついに自らが尸魂界に入る方法に辿り着いたのである。恋する男の執念は凄まじいものであるのだ。
これでマユリと自由に逢う事が出来ると、浦原は早速マユリの下に飛んで来たのである。
愛しい恋人が突然顕れたら、マユリはどんな顔をするだろうかと浦原はわくわくと子供のように身を隠していた。
ところが…である。
今しがた見かけたのは、何処ぞへ出掛けるマユリの姿。そしてその後ろにいたのは、ネムではなく阿近だったのである。
浦原は思わず眉をしかめた。
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[其の弐へ続く]
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