■小説1

□幸せになろうよ
1ページ/3ページ

題:「幸せになろうよ」
  [其の壱]
−−−−−−−−−−−
それは些細な事がきっかけであった。

「んー、この味噌汁美味いっスねぇ」

現世にある割烹料理屋の個室で、浦原は感嘆の声を上げた。
それもその筈で、この店は魚料理で有名な店であり、アラを使ったつみれ入味噌汁は旨味があり評判であった。元々、久しぶりに恋人であるマユリが現世にまで来ると言うので、急遽浦原が無理を言い予約を入れたのである。故に今浦原の隣に座しているのはマユリであり、珍しく上機嫌であった。因みにマユリのつみれは葱抜きである。

「確かに美味いネ。よく出汁が出ている」

「そう言えば昔の十二番隊は食事当番も有りましたねぇ。マユリさんも料理作られてましたし。なんか懐かしいっス。アタシ、久しぶりにマユリさんの手料理食べてみたいっスよォ」

甘えたような声を出し、浦原はチラ、と上目使いにマユリの方を見る。

「冗談はよし給えヨ。此処に来る時間を作るだけでも大変だと言うのに。我が儘を言うんじゃあ無いヨ」

「…確かに。そのせいで逢う時間が少なくなるのは嫌ですからねぇ。やっぱ無理っスか…」

少し残念そうに笑う浦原である。が、無理だと言う事は浦原自身もよく理解していた。マユリは技術開発局局長である上に十二番隊の隊長でもある。技局も浦原がいた時と違い施設も人員も大規模となっている。そんなマユリに恋人である立場でも、手料理を食べたいだなどと言うのは、我が儘以外何物でも無い。
かようにして浦原の要望は、敢え無く却下されたのであった。

その日は一泊してマユリは尸魂界へと帰って行った。逢瀬はほぼ連夜、浦原がマユリの部屋へと通っている。が、何分マユリはああ見えて外聞を気にする方で、浦原との事は内密であるのだ。故にデートらしき物は、時折マユリが今回のように浦原のいる現世に来た時にのみ、買物や食事を楽しんで行くのである。
−−−−−−−−−−−
さて、そんなある日の事である。
何時ものようにマユリの部屋を訪れた浦原は、マユリと伴に寝台に横になっていた。

「所で。マユリさん、次はいつ頃現世に来れます?」

「全く。この間行ったでばかりではないかネ。次は、そうだネ…一週間位後なら仕事も落ち着く予定だヨ」

「そうっスかァ。良かった、間に合いそうっス」

浦原はフフと小さく笑みを漏らし乍応える。何やら思う事が有るのか妙に楽し気である。

「何だネ?何か…」

「いやァ、実は凄くいい紅葉の絶景ポイント見付けたんスよォ。マユリさんとたまにはそういった場所もどうかなぁって」

紅葉と聞いてマユリの脳裏に浮かんだのは、百年程前の光景である。
あれは浦原がまだ十二番隊隊長兼技局の局長であり、マユリが副局長であった頃。此処、尸魂界には娯楽というものはそうは無く、四季を通じての行事を楽しむ程度であった。
春には桜を愛で、夏には花火を観賞し、秋の深まりを紅葉で感じていたのである。浦原もそんな一人であり、自隊の隊士らと連れだち趣向に興じていたのである。その中には無理矢理浦原に連れ出されたマユリを始め、ひよ里や阿近も当然いた。酒宴の席には五番隊の平子や、元来酒好きの八番隊の京楽や十三番隊の浮竹、二番隊の四楓院夜一らを招いたりと交流を計る場ともなっていたのだ。

「まぁ、悪くは無いネ」

浦原からの誘いには冷たく返したマユリである。
そう言えば随分と長く「紅葉狩り」などしていない。浦原からの突然の誘いであったが、マユリは懐かしさも有り内心まんざらでも無かったのである。
−−−−−−−−−−−
やがてあっという間に一週間が経過し、マユリが再び現世に来る日となった。
「浦原商店」の店先でうろうろと落ち着かず待っていた浦原は、遠くに小さくマユリの姿が見え始めると、嬉しそうに大きく手を振った。

「マユリさぁん、こっちっスよォ」

店先には車体に「浦原商店」と書かれたバンが停められている。マユリが近付くと浦原は扉を開けてマユリを中へと促した。
今日のマユリは素顔だが着ている物は死覇装のままであった。何時もなら現世へ赴く時は、ばれぬよう現世の服装で現れるマユリであるのだが。そして片手には何やら風呂敷に包まれた大きな手荷物。

「マユリさん、それ?」

「ム…何の事かネ?」

浦原の質問を軽く流してマユリは助手席に乗り込んだ。

かくして浦原の希望により「紅葉狩り」へと向かうドライブは始まったのである。
−−−−−−−−−−−
一時間程でバンは停車し、二人は車から降り立った。
マユリは先程の風呂敷に包まれた荷を大事そうに抱えていた。浦原の後に付きマユリが歩き進めると、少し小高い丘に着く。そこには楓や紅葉が鮮やかに色付き、竹林が風に葉を揺らしていた。近くには小川が流れ、落ちた楓の葉が水にそよぎ流れていく。

「此は中々…」

「フフッ。いい所でしょ?マユリさん気に入ると思ってたんスよ」

言い乍浦原は懐から敷物を出し、敷き広げた。

「さ、マユリさん。どうぞ」

促されてマユリも草履を脱ぎ敷物の上に腰を下ろした。
−−−−−−−−−−−
[其の弐へ続く]
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ