■小説1

□ボクの奥さん紹介します。by浦原
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題:「ボクの奥さん紹介します。by浦原」
  [其の壱]
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障子から明るい光が差し込む部屋。
此処は瀞霊廷内、十二番隊隊舎隊首室−言わずと知れた浦原喜助の自室である。

本来ならば和を基調とした趣あるであろうその部屋は、浦原の研究目的で改築され、もはや原形を留めてはいない。虚の実験で使うのであろうか巨大な水槽が幾つか太いチューブで繋がれており、一個人で所有するには大き過ぎる電子機器の類が幾多も配置されている。背面に置かれた書棚にはかなり貴重な文献が並んでいて、個人の部屋と言うより正に「研究室」と言った様相であった。

その部屋の真ん中に位置する長方形の一枚板で作られた机の前に、今一人の人物が凜と正座していた。
目の醒めるような藍色の髪、白磁の肌のその人物は、本日地下監獄「蛆虫の巣」より解放されて来た人物−涅マユリ、その人である。

マユリは日が当たる部屋が眩しいのか、猫のようにうっすらと目を細めていた。室内とはいえ幽閉されていた「蛆虫の巣」とは違い空気が澄んでいる。マユリはそっと鼻で呼吸して小さく息を吐いた。
やはり外の空気はいいものだ、と。
通された浦原の部屋の機材にいくばくか興味を持ったのか、大人しく座ってはいるもののその琥珀の瞳をきょときょとと動かしてそれらを眺めたりもしてみた。

「いやァ…すみませーんっ、マユリさん。お待たせしちゃいましてェ…」

実はこの部屋、まだ奥に隠し部屋があるらしい。
そこから現れたのはここの主、浦原喜助である。
浦原は湯呑みと急須を載せた盆を手に持ち、にこにことマユリの前にやって来た。

「茶などいいヨ。それより私を此処に連れて来た理由を教え給えヨ」

「あれッ?冷たいっスねぇ」

つっけんどんなマユリの態度にめげる様子も無い浦原は、変わらず笑顔のまま湯呑みをマユリと自分の前に置いた。

「では。まずはこれに署名捺印をお願いしたいんスよ。あ、ボクの所はもう書いてありますんで」

浦原はがさがさと何やら携帯用の筆記具と書類らしき紙を懐から出して来た。
実の所、マユリはうんざりしていた。
今日は朝から何枚の書類と格闘したのだろうか。やはり「蛆虫の巣」から解放されたとはいえ、一度危険分子との烙印を捺された以上、誓約書の類いは一枚二枚では済まされないらしい。致し方ない事なのだろうが、終わったと思えた誓約書の類いとこの上再び向き合わねばならない事がマユリを苛立せた。
自然に深い溜息が出る。

「名前を書けばいいのかネ?」

マユリが筆を取り、いざ署名しようとした時である。
ふと見るとどこかで見たような書類であった。
いや、何かの見間違いかもしれない。長い間地下監獄の暗闇で過ごしたせいで視力が落ちでもして、よく見えなかったのか。
マユリは目をしばたたかせながらもう一度その書類の題字を確認した。

−『婚姻届』−

題字はそう書かれてあった。更に相手方は既に空欄無く埋められており、完璧である。そう、そこには言葉通り浦原の名が書かれてあったのである。

「なッ…何なんだネッ、此はぁッ!?」

マユリは驚いて机に手をついて立ち上がり掛けた。
何かの間違いかと思い浦原の顔をまじまじと見てみたが、相手は動じた様子も無く、にこにこと変わらずマユリの方を見詰めている。

「見ての通り『婚姻届』っス」

浦原は悪びれもせず、マユリの質問に答えた。

「なんッ…なんでそんなモノを書かなければならないのだネッ!?それも私と貴様のッッ!!い、一体どういう事だネッ?」

「あれェ?…言ったじゃないっスかァ」

浦原は安閑と言葉を返す。

「マユリさん、あの時ボクのプロポーズ受けてくださったでしょう。ボク…嬉しくて。だからこちらに来られた時にすぐ書いて頂こうと思いましてね、前々から用意してたんスよォ」

その顔は頬が紅潮し瞳は熱っぽく潤み、嬉しくて堪らないといった体である。

「プッ…プロポーズだと?一体いつ私がそんなモノを了承したと言うのかネッ!?」

「ん、言ったじゃないですか。あの『巣』を出る時。そうしたらマユリさん受けてくださいました…」

何を解らぬ事を。
マユリは思考を巡らせ思い当たる言葉を探してみた。
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[其の弐へ続く]
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