■小説2

□愛に彷徨う唇
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題:[愛に彷徨う唇]
  [其の壱]
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「アナタはボクの次の地位…つまり…ボクが死ねば、全てはアナタの思いのままだ…」

そう言って、十二番隊隊長−浦原喜助が危険分子であった涅マユリを、地下牢獄「蛆虫の巣」より解放してから八年。
浦原の創設した「技術開発局」は、マユリの尽力にもより、漸く軌道に乗り始めた状態であった。

浦原の率いる十二番隊の特色として「技術開発局」有りとまで言われる程になり、一目置かれる存在となった浦原とマユリ。だが、同時に二人は、周囲から羨望と嫉妬の眼差し両方を受ける事となった。
事マユリにおいては、あの「蛆虫の巣」の出であると共に、その奇異な出で立ちと風貌のせいであろうか?悪意に充ちた有ること無いことを心無い輩達に、噂されてもいた。

そんな二人が瀞霊廷の道を遊歩する時。周囲の好奇の眼差しは、常に注がれていたのである。
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早朝。カラコロと軽快に鳴り響くは、十二番隊隊長である浦原喜助の下駄の音であった。
開発局の朝も夜もなく忙し無い仕事に句切をつけ、隊首会に出席するの為一番隊隊舎へ、喜助、ひよ里、マユリの三名が路地を闊歩して行く最中。

「オゥ、喜助ェ、おはようさん。今日はええ天気やなァ」

そんな浦原に声を掛けてくる男が一人。隊長羽織りを着ている金髪の長髪男は、言わずと知れた五番隊隊長の平子真子である。平子の後ろには副隊長の藍染惣右介の姿も見えている。

「アッ、平子サァン。おはよっス。ホントいい天気っスよねェ」

浦原は安穏といつもの調子を崩さず、平子に笑顔で答える。
この二人、浦原が隊長就任時から懇意にしている間柄である。マユリを地下牢獄「蛆虫の巣」より釈放させる事に対して、元々思考を巡らせていた浦原であったが、その浦原の背中を押したのが、この平子であった。あの夜より浦原と平子の間柄は、親友と呼べるものとなったのだ。

「おはようさん、マユリ…」

平子は浦原との挨拶もそこそこに、その後ろに控えているマユリに向けて、笑顔で話し掛けた。が、マユリの方は冷めた態度をしており、ただ平子を見詰めるばかりである。

「全く。何度言えば分かるのだネ。余所余所しく涅と呼べと言っているだろう。シツコイ男だネ」

「シツコイ男」と言われた平子。実はこの男、マユリに対して恋心を抱いており、それが高じて度々マユリにちょっかいを出しているのだ。そう言えばそこはかとなく、マユリを見詰める視線にも、熱が篭っているようにも見える。

「なんや冷たいなぁ。俺とマユリの仲やんか。まぁそんな所も、マユリの可愛ええとこやけどな…」

平子は懲りずに、覗き込むようにしてマユリの顔を見る。

「あぁ、ええ匂いするなぁ、マユリ…」

クン、と鼻をひくつかせ、平子の顔が更にマユリに近づいた時。側にいたひよ里の足が、平子の顔面にクリーンヒットした。
突然の事に、平子はごろごろと、もんどり打って倒れ込んでしまった。

「痛あッッ!!何すんねん?ひよ里ぃッ!!」

「気色悪いんやッ!ハゲシンジ!!うちは十二番隊の副隊長やで!自隊の隊員の身の安全を守るんも、うちの仕事や!!大体挨拶がうちにだけ無いなんて、どういうつもりやッ?!エエッ!!」

「なんでお前に挨拶せないかんねんッ!あー、せっかくマユリと仲良ぅなるチャンスやったのに!いつもお前のせいで、お釈迦になってしまうんやんかッ!!」

後は毎度の事ながら、恒例の喧嘩が始まるのである。
マユリは呆れ、浦原はにこにこと笑顔で見守り。遠く離れた藍染惣右介は、困ったような表情を浮かべている。

これがほぼ毎日、日課のように行われているのだから始末に終えぬ。
可様にして。護廷隊の有名人らのやり取りは、いかんせん周囲の視線を集める事この上無いのであった。
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「ただ今帰りましたぁ」

この日の深夜。人影疎らな技術開発局の研究室に、浦原の声が響き渡った。
開発局局長と十二番隊隊長を兼務する浦原は、一番隊より虚の討伐要請を受けて、午後から外出していたのである。
こういう事は頻繁にあり、留守の間の管理や作業は主に副局長であるマユリが請けもっている。
いかに浦原が優れた才能の持ち主だとしても、一人では大きくなったこの施設を廻して行く事は難しい。開発局がここまでになったのも、正にマユリあってこそ。外でのやっかみ等いざ知らず、開発局内部では、その卓越したマユリの才に、憧れる者も多かったのである。

「ただいま。マユリさん」

フラスコ片手に未だ研究中のマユリに、浦原が話掛けた。
が、マユリは振り返る事もせず、研究に没頭している体で

「聞こえているヨ」

とのみ、素っ気ない応えを返す。

浦原は気にしていないのか、マユリの後ろに立ち、その薄い肩口から顔を出し、手元を覗き込む。

「大分進みましたか?」

「あと、霊子分解するだけだヨ。それが終われば完成だ」

浦原が接近していると言うのに、マユリは少し饒舌になっている。研究が完成に近付き、上機嫌なのかもしれない。
浦原はそんなマユリを見て、フ…と口元を綻ばす。

「あ、そうでした。マユリさん、これ…」

浦原が死覇装の袂から、何やらゴソゴソと出して来た。見ると蒼い花を付けた早春の草花を、大事そうに手に持っている。
マユリは、はたと手を止め、フラスコを置き、不思議そうに浦原を見遣るのだった。

「何だネ?研究材料かネ?」

マユリの言葉に浦原は、フフと微笑みながら、そっと花をマユリに差し出す。

「いえ、研究とは全然関係ないんスけどね。さっき虚討伐に出た際、山道でこの花を見かけましてね。ね、綺麗でしょう?蒼い色が、まるでマユリさんみたいで。思わず手に取って来てしまったんスよ」

「私は道端の花かネ?大体、私は花などに興味は無いヨ」

実験に関係無い物と判ると、例の如く冷めた言葉を吐くマユリである。だが、浦原は笑顔を崩す事なくマユリの掌を開かせて、静かに花を握らせた。

「どうしてもマユリさんに差し上げたかったんスよ。受け取ってください」

それはマユリに取ってみれば、理解しがたい言動であった。
研究材料でもない草花を持ち帰り、誰かにプレゼント致すなど。それも男が男に、である。

マユリはじっと浦原を見詰めていたが、その妙に真剣な眼差しに、まぁ花の一つ位貰っても別にいいだろう、仕方ないネと呟いた。ビーカーを一つ取るとそれに水を注ぎ、浦原から貰った花を挿し卓上に置いた。
そうしているマユリを、浦原は椅子に座りながら頬杖をつき、幸せそうに眺めている。

気付けば、研究室には浦原とマユリの二人だけになっていた。
マユリは研究中のフラスコの中の液体を、少しだけ別容器に移し、霊子分解装置に掛ける。液体は光を放ちながら、徐々に分解されていく。いつもながらその様子は美しい。
マユリがクルクルと回る液体を注視していると…いつの間に傍に来たのだろうか、浦原が直ぐ後ろに立っていた。

「マユリさん…」

浦原はそうマユリの名を呼ぶと、後ろから覆うように、マユリの繊細な肩を両腕で抱きしめた。

「…好きです」
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浦原からの告白は、これが初めてでは無かった。
そもそも「蛆虫の巣」にいる時より、浦原のマユリに対する態度は好意を抱いているのが明らかで。恋愛に興味など無いマユリでも、早々に気付いた程であった。

浦原はそういった事を言葉にするのを、躊躇するタイプではない。地下牢獄のマユリの独房へと、日を置かず足しげく通う毎に、マユリに愛の言葉を囁き自分の気持ちを伝えて来た。
そんな浦原に少々うんざりしながらも、マユリは浦原からの開発局創設の話に乗ったのである。

蛆虫の巣を出て、この開発局で共に仕事をする事になり何年か経つが。浦原はマユリに事有る毎に、好きだと言う事を止めなかった。
だが、その都度マユリから色良い返事を貰った試しはなく。

浦原はこの夜も、望む答えをマユリから貰えぬまま、研究室を後にする事となった。
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[其の弐へ続く]
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