■小説2

□欲情COMPLEX
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題:「欲情COMPLEX」
  [其の壱]
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技術開発局副局長であり、十二番隊三席を兼務する涅マユリは、同性でありながら現在ある男により告白を受けていた。

男からの甘い言葉は「好きだ」の「愛している」だのと、言い様は単純であったが。なにぶん日を置かずにその告白は繰り返されていて、男の気持ちは紛う事無き真実であろうと感じられるものであった。

男の名は、浦原喜助。自隊の隊長であり、開発局局長でもあるこの人物は、マユリの上司に当たる。
元々浦原に恩はあるが、それを全て差し引いたとしても、男が男を求める心理などマユリには全く以て理解不能な代物であり、受け付けれぬ。故に、マユリはこの浦原がどれだけ愛を請うて来たとしても、決して色良い返事など致さぬのであった。

大体、動物の求愛行動は雄と雌だからこそ成り立つ。繁殖に繋がるからだ。ごく稀に可様な行いに走るのもいるが、ほんの一握り。
よくよく考えて見れば、浦原という男、この少数派である事に違い無く。天賦の才を持ち、尸魂界一明晰であろうその頭脳も、些か嗜好的に偏っていたりもするのであろうとマユリは考える。

そのマユリも、ここ最近誰にも言えぬある悩みを抱えていた。
マユリの悩み−それは、この浦原が関係している。否、ここで述べておくが、先程の告白云々とはまた異なる問題ではあるのだが。
実は…マユリはある時、かいま見た浦原の裸身が忘れられないのだ。

それは、三日前の折。一番隊からの任務要請により虚討伐に出ていた十二番隊隊士十名は、出先で急な悪天候に見舞われた。それまでの春めいた長閑な青空は、たちまちの内に曇天となり、雷鳴まで轟かせ、驟雨となった。途中雨は止んだが、詰まる所全員ずぶ濡れの体にて、隊舎へと帰着したのである。

その際。部下の疲労に見兼ねた隊長である浦原が、この時点で解散と致し、隊士達はそれぞれ部屋へと戻った。が、未だ局での残務があった浦原とマユリのみが、研究室へと立ち入る事となったのである。

「ひゃあ、参りましたねェ。もうずぶ濡れっス」

浦原の自室である隊首室は研究室に近く位置していた。浦原は足早に研究室を横切ると、躊躇わず自室の障子を開け、片脚を踏み入れた。

「さ、マユリさんもどうぞ。遠慮しなくていいんスよォ。お互い酷く濡れちゃいましたから、ね。そのままだと風邪ひきますよ」

背後にて立ち往生していたマユリの腕を、浦原は少し強引に掴んで引いた。そして、そのままマユリは、流されるように中へと入れられてしまったのだ。
スッと障子が閉じられる。

「そんな所にいないで、こちらへいらしてください。身体、冷えてますでしょう?直ぐに暖まりますから」

浦原はマユリへと手拭いを渡すと、仕舞い忘れていた季節外れの火鉢へと火を入れた。鉄瓶に水を入れ火に掛ける。

「化粧が…」

手渡された手拭いにて、暫く濡れた蒼髪を拭いていたマユリであったが、此処にきて重大な事に気が付いた。このまま顔や身体を拭う事となると、施している化粧が取れてしまうのだ。

「ああ。別にいいじゃあ無いスかァ。ボクはもうマユリさんの素顔既に知ってますし、此処には他に誰も居ませんから。気にしないでください」

それもそうだと、マユリは浦原に言われるままに、濡れた顔を拭い始めたのであった。
高さの無い箪笥の上にて置かれている小さな円形の鏡に顔を寄せ、施された化粧を丁寧に拭い取る。白粉の下から現れたるは鼻梁の通った美しき面立ち。形良い薄い唇は僅かに色づいていて。奇異な化粧を取り払った、素顔のマユリ…それは凄艶とも言う可き見目麗しさなのであった。

だが。やがてマユリは何やら徒ならぬ気配を感じ取る事となった。見られている、強い視線。振り返ると、浦原が背後から熱っぽく、只々じっとマユリを見詰めていたのであった。

「あ…す、すみません。ボク、マユリさんの素顔、もう何度も見てるのに…。でも、あんまり綺麗だったんで、つい」

「フン。そのような言葉は女にでも掛けてやればいいと思うがネ」

心を見透かされ、ばつが悪いのか、金髪をくしゃりと掻く浦原に、マユリは呆れたような口調で呟いた。
そうして、マユリは今更のように思い出したのだ。浦原が自分に対し、常日頃から並々ならぬ恋情を抱いていた事を。

それから浦原は、着替え用として折り畳まれた白い単衣の着物をマユリの前に差し出した。
だが、マユリは浦原の前にて死覇装を脱ぐのを躊躇っていた。先程の様相から、浦原の前にて肌を晒す事は『良くないこと』と判断したのだ。
それを、浦原も敏感に察知したようであった。

「あ、じゃあ此使ってください」

浦原は、部屋奥より、蛇腹に畳まれていた衝立障子を取出して来て、仕切りとしたのだった。
そうして漸くマユリは濡れた死覇装を脱いだのだった。衝立ての奥にて身体を拭き、着替えながら、マユリは思った。着替えを致すのに衝立てを設けるなど、如何様な扱いか…私は女では無い、と。

背後にて、しゅるり、と衣擦れの音がする。浦原もまたこの場にて、濡れた物を脱いでいるのであろう。そこはかとなくマユリが意識した時であった。
目をやった眼前の鏡の中に、衝立ての向こうにて着替える浦原の姿が写り込んでいた。

初めて見る浦原の裸身。それは、痩せぎすで心もとない己の身体とは全く違っていた。
鍛えられ、引き締まった精悍な肉体であった。逞しい腕と厚い胸板。それは見ているだけで、青臭い雄の匂いがしてくる程であった。

マユリは暫くの間、鏡から目を逸らす事が出来なかった。
奇妙な事に、この時マユリの心臓は激しく脈打ち、突然胸が苦しくなった。身体の奥まった部分から、何やらじわり、と熱いモノが込み上げてくる。
が、やがてハッと我に返ったマユリは、この思いがけずに湧き上がった高揚感に酷く動揺したのである。

−私は…何を…−

慌ててマユリは再び着替え始めた。単衣に袖を通し襟を合わせていると、およそ見たくも無い自分の痩身に目がいった。
肋骨の浮き出た薄い胸板と、青白い病的な肢体。痩せぎすのその身体は、マユリがどれだけ努力しても筋肉など付かず、憐れなものであった。

−惨めだ…−

高ぶりは一瞬にして冷め、マユリは直ぐに現実へと引き戻された。浦原に対する激しい劣等感によって、この時マユリの胸は張り裂けんばかりとなっていたのである。
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[其の弐へ続く]
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