■小説2

□殉情不純な恋愛
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題:「殉情不純な恋愛」
  [其の壱]
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−西方郛外区、第三区森林−

木菟の声だけが聞こえる、静寂が常の此の場所。闇が全てを押し包み、地を這う蟲だけが蠢いている。

だが、今宵は些か違っているようであった。
夜の帳の中にて、幾つかの焔の揺らめきがあった。何者かが立ち動く気配。足音。それはある一定の間隔にて、設えられた天幕より出入りしている。
木菟達は、それを只不思議そうに光る目にて見詰めているのであった。

それは今から二時間程前のこと。此処暫くの虚の大量出現を理由に、十二番隊は野営を張るよう、一番隊より命を受けた。各隊それぞれ数箇所に点在せねばならぬのがその理由で有り、知力重視の十二番隊にも、お鉢が回って来たのである。

突然の任務要請。何時もなら隊長である浦原喜助と副隊長の猿柿ひよ里が中心となり、外回りに出るのが常であったが。今夜は事情が異なっていた。

副隊長のひよ里が高熱を出し、外出は疎か、自室にて床に伏せっている状態であったのだ。普段威勢の良い男勝りの少女の今回の病欠は、正に「鬼の撹乱」と同隊内にて称され噂される程に、非常に珍しい事であった。

斯様にして。今宵、同隊三席、開発局副局長である涅マユリが、ひよ里の代行として、浦原と共に野営に同行する事となったのである。
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「浦原隊長ッ!第一部隊、異常有りません!」

「第二部隊も。同じく異常有りません!」

「了解しましたァ。では、次の者と交代し、引き続き巡回お願いします」

報告に来た隊士達を戻し、野営用に設えた天幕の中にて、浦原は再び腰を下ろした。その隣には蒼髪金眼の人物、涅マユリが静かに座し、その膝上にて、何やら書き込みをしている様子。
つまりこの時、一張りの天幕の中にて、浦原とマユリは二人きりとなっていたのだった。

「いやァ、野営なんてほんと久しぶりっスねェ。隊長になった頃は、結構頻繁にありましてね。ひよ里さんとこうして夜を徹してお喋りしたもんスよォ。そう言えば、マユリさんとこんな風に二人、向かい合うのも、随分と久しぶりな気がします」

「…不謹慎だヨ。それだけ虚の出現率が高くなっているという訳だろう?浦原、貴様子供じみた物言いは…止め給えヨ…」

「ああ、すみません。あの…マユリさん、寒くないっスか?此れ…」

春とは言えど、未だ夜は寒い。それも地べたに一枚布を敷いただけの天幕の中であるのだ。床へと触れた部分から、じわじわと底冷えしているのは間違い無く。浦原はマユリに差し出そうと、傍らにあった毛布を掴もうとし、手を止めた。

「あ…」

ふと気付くと、マユリは横たわり、珍しく寝入ってしまっていたのだった。此の所の多忙な開発局の密なる作業の為、疲労は頂点へと達していたのであろう。普段誰に対しても警戒心有り有りのマユリの、無防備な寝顔を横に見て、この時、浦原は密かに胸を昂ぶらせたのであった。

実は浦原は、同性でありながら、もうずっと以前からマユリに恋しており、儘ならぬ想いを抱えていたのである。
それは数年間にも渡る思慕であったが。
浦原は自身の想いをひた隠しにし、こうして隊長と三席、或は局長と副局長といった互いの立場を維持する事に、懸命に努力した。同性に対する恋愛感情といった後ろめたさと、己の想いを知られ、愛するマユリから嫌われたくないとの恐れが、最たる理由であった。

その実、浦原はいけない事とは知りつつも、常にマユリの裸体を夢想していたのである。
頭の中のマユリは、浦原に強引に裸に剥かれ、怯え、逃げ惑った。或は自ら衣類を脱いで、浦原を誘って来たりもした。浦原がそれを組み敷き、弄り、凌辱の限りを尽くすと、マユリのその白き肢体は浦原の下にて跳ね、身を攀らせ、ヒクヒクと甘く痙攣した。そうして最終的には、腰をくねらせ、浦原をこの上無い快楽と絶頂へと導くのであった。

気付くと己の掌の中に、欲望の残滓があった。その都度、浦原は後悔し、愛しきマユリを汚した己の、どうしようも無い程に抑圧された欲望に唯々恥じ入るのだった。

そのように、内ではマユリへの爛れた性欲を持て余していた浦原であるが、表面上は噫にも出さぬ態度であった。マユリに嫌われる事は『万死』に等しいのだ。何しろ浦原はマユリを愛しているのだから。

今迄こうして、マユリを外回りに連れて行かなかったのには、万一浦原自身に何かあった場合、開発局を支え、引き継ぐのはマユリしかいないとの懸命な判断があったからだ。だが、それ以上に浦原の心の大部分を占めていたその訳。それは、戦闘へと出たマユリに何かあっては、との余計な心配が、浦原の中で常に付き纏っていたからなのである。

−大切で、大切で…でも汚してしまう。どうしようも無い程に、愛しき人…−

「マユリさん。ね、風邪ひいてしまうっスよ?」

場面は、再び野営中の二人。
ゆっくりと手を延ばし、浦原は眠るマユリの肩口へと、そっと毛布を掛けてやる。と、突然、浦原の身体が固まった。

浦原は魅せられてしまったのだ。ふと覗き込んだ夢にたゆたうマユリの白皙の顔に位置する、その愛らしき唇に、である。それは幼子のように無防備であったが、随分と淫猥でもあった。薄く開いた口唇から見える桃色の舌先は、何故だか、こと卑猥に思え。
浦原は、そうしたマユリに思わず見とれてしまうのだった。

やがて浦原は、徐々にマユリの顔へと、顔を寄せていった。そして、その唇から漏れ出る甘くささやかなる吐息−それが、自身の頬へ温く掛かるのを感じると、浦原は益々高揚し、どうにも堪らなくなってしまった。

浦原は誘われる如く、遂にマユリのその繊細な唇へと唇を重ね、口づけてしまったのだ。
合わせたマユリの口唇は、冷たいが薄くやわいもので、浦原は驚きと悦びの為に、微かに震えてしまうのであった。そして気付かれぬように恐れを抱きつつも、昂ぶりのままに、マユリの咥内へとその舌先を差し入れた。
そっと触れた舌先は糖蜜のように甘く蕩けた。甘美な疼きが胸の内より湧き上がり、浦原は陶然となるのだった。

−ああ、マユリさん…ボクを…赦してください。愛してる、っスから…−

ほんの少しだけ、と合わせた唇であった。だが、浦原はそれを外す事が出来なくなっていた。
愛しきマユリの口唇は、浦原のその心まで捉えてしまっていたのだった。少しだけ、もう少し…と、浦原は唇を合わせたまま、分からぬようにその舌先を吸い上げたりもした。そう、浦原はマユリとの口づけに、唯々夢中になっていたのである。

と、不意にその舌先が、微かに動いたような気がした。
それは怖ず怖ずと浦原の舌へと延ばされ、やがてそれに応えるように浦原の舌へと絡まったのである。

−…−−ッ!?−

浦原が跳ねるようにして、マユリの身体からその身を離すと、マユリはゆっくりと閉じていた目を開け、薄い半身を起こしたのであった。

「…マユ、リさん。起きて…ッ!?」

突然の事に、浦原は蒼白となった。何時からであろうか。マユリは起きていたのだった。

「あ、こんな事…申し訳ありません。ボク…」

浦原はその非礼を詫びようとするが、舌が縺れてしどろもどろとなり、どうにも言葉にならなかった。

「ち、違うんスよ。ボクは、ッ…」

「…違う?どういう事だネ?」

「それは…」

押し問答のようなやり取りが続いた後、浦原は意を決した様に、ごくりと唾を飲み込んだ。そして、姿勢を正してマユリの方を、真っ直ぐに見据えたのである。

その時であった。言い掛けた浦原の言葉は、一人の隊士の叫びにて掻き消えた。

「隊長!大変ですッ!たった今、虚が数体出現しました!此処より西方へ十間程行った所です!」

「−−ッ!?直ぐに行きます!案内してくださいッ!」

浦原とマユリは即座に立ち上がり、天幕の外へと走り出た。

こうして。数体の虚を無事討伐した十二番隊。結局この夜は朝まで戦闘と野営となった。
きっかけを無くした浦原は、マユリと話も出来ずに終わり。詰まる所、そのまま隊舎へと帰着する運びとなってしまったのであった。
−−−−−−−−−−−
[其の弐へ続く]
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