■小説2

□ラブ・ミッション
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題:「ラブ・ミッション」
  [其の壱]
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いやらしく身を攀る、愛すべきマユリの痴態。

マユリは俯せの状態にて、官能に身悶えている様子。敷布を掴む長い指、隆起と窪みの続く形良い肩甲骨、なだらかな線を描き畝る背筋が何とも言えず、美しい。
そしてその、俯き加減にて甘き苦痛に堪える横貌も。

−ああッ、マユリさん…可愛いっス…−

妖艶なるマユリの肢体を下に見て、そう悦に入る浦原であるが。此処にきて何やらいつもと違う様子に気づくのだった。

「イイんか?イイんやろ?な、マユリ…」

「あ…あッ…や、やめ給、ッ…」

「アイツの事なんて、もうやめた方がええ。男は喜助だけやないで。俺かて…ずっとマユリを想って来たんや。だから…俺は尸魂界(ここ)に帰って来た。喜助の奴は…未だ現世から戻る様子も無いんやろ?つまり俺の方がマユリのこと…。な、マユリ。分かるやろ?俺を見て欲しいんや」

「あ…平、子…」

「シンジでええ、言うとるやろ。なぁ、マユリ…シンジて、呼んでぇや」

「あ…シン…」
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「どわあああぁッ!!」

絶叫とも言う可き、浦原の雄叫び。現世−「浦原商店」内、自室の布団の上にて、ガバリと起き上がったその額には、酷い脂汗が吹き出ていた。

先程の映像は浦原の夢であった。それも酷い悪夢である。恋人のマユリが親友である平子と、などととんでも無い話である。だが、妙に真実味を感じ、浦原は背筋をゾッとするのであった。

浦原喜助と涅マユリ。二人の縁は、今より百十年以上も前からのものだ。
同性の垣根を越えた浦原の一目惚れ、片想いから始まり、念願叶って相愛の相手となった。その後長い間の別離を経て、再び恋人となった、所謂波瀾万丈の歴史がある。

そのマユリとは現在、現世と尸魂界という遠距離恋愛中の間柄であった。それでも浦原が日を置かず遠くマユリの下へと夜分に出向き、その関係を程良く保っていた。

それが、マユリの方から多忙を理由に夜の逢瀬は断られ、此処暫く逢えぬ日々が続いていた。実際の所、浦原は恋に病んでいたのである。

それに追い討ちをかける様に、先程の悪夢である。

平子真子は浦原の親友と呼ぶべき死神である。
百年前に、同じ敵にて貶られた二人には、固い絆があった。

その平子もまたマユリに激しく懸想していた。浦原がマユリと恋仲となった後も、それは変わらなかった。さもあろう、と浦原は思った。万一、自分と平子の立場が逆だったとしても、浦原もまたマユリを愛する事は止まぬだろうと理解していたのだ。
故に、例え愛する対象が同じであろうとも、この友情に皹が入る事は無かった。
今迄は、である。

平子の、マユリに対するその積極的なアプローチを、浦原は常日頃から気にはしていた。が、こうして夢としてだがその映像をまざまざと見てしまい、その胸中にどうにも堪えられぬ程の不安感を、浦原は抱いてしまったのだった。

−マユリさん。貴方を信じたい。だから…確かめさせてください−

商店地下に設えた、広大な『勉強部屋』にて、穿界門を開いた浦原。その服装たるは全身黒ずくめであり、それは漆黒の翼を持つ烏と見紛う程である。そして、そのまま門の奥へと静かに身体を進めたのだった。

恋人と親友の裏切りという絶望的な悪夢が「きっかけ」となり、浦原は愛するマユリを…その心を取り戻すべく、尸魂界へと極秘に訪れる事を決意したのである。
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霊圧を遮る黒外套を纏った浦原が最初に現れたのは、当然ながら平子の所であった。

五番隊隊舎内の隊首室。所謂、平子の自室は、平子が隊長として復帰してから幾度か浦原も訪れた事があった。故にすんなりと侵入に成功した浦原。

「いけませんねェ。こうもあっさりと侵入者を赦すなんて。後で平子サンにしっかり言っとかないと」

などとしれっと辛口を述べる始末。

室内での平子は伝令神機を手に、誰かと話している様子である。もしや、その相手はマユリではあるまいかと、浦原は耳を欹てて聞き入ってみる。
その会話の様子から、どうやら相手は現世にいる、猿柿ひよ里であるようだ。

「なっ、なっ、ひよ里ィ。いい加減了解してぇや。俺とお前の仲やんか、なァ」

「ああ、全く。阿保ぅに付き合っとれん、ちゅう話や。でも、…しゃあ無い。今回だけは特別やで」

「ホ、ホンマか?恩にきるでぇ、ひよ里ィ。やっぱお前は頼りになる!!俺にはお前だけや。最高に愛しとるでぇ」

「シンジ、お前…」

「ひよ里…」

聞こえて来たのは、驚く程に甘い会話であった。
平子は百年以上もの間マユリに夢中であったのだが、その実このひよ里の事も常に気に掛けていた。

もう随分と昔の話になるが、浦原が十二番隊隊長に就任した折も、前隊長である曳舟に去られ、憔悴していたひよ里を殊に心配していた平子。会うと必ずと言ってこの二人、喧嘩となっていたが。それが平子自身も気付いておらぬ『愛情の裏返し』であろう事を、浦原はそれとなく感付いていたのだった。

隊首室の分厚い扉の後ろにて、聞き耳を立てていた浦原。ホッと胸を撫で下ろし、安堵の溜め息をつく。
平子も漸く真実の愛に気付いたのかと思うと、浦原は内心嬉しくて堪らぬのであった。

−何だかんだ言って、やっぱ平子サンにはひよ里サンが一番なのかも知れませんねぇ。…否、余計な心配でしたか。マユリさんとの仲疑ったりして、平子サンにも申し訳なかったっスね。今度ちゃんと謝らないといけないっス。さ、邪魔しちゃあ何なんで、アタシは此処らでおいとま致します。平子サン、ひよ里サンと幸せになってください…−

心の内にてそう呟き、瞬歩を使い、浦原はたちまちその場から姿を消した。

よくよく考えてみれば、ひよ里と平子は、現世と尸魂界とに離れた遠距離恋愛である。詰まりは、浦原とマユリ−自分達と同じ立場であるのだ。浦原は親友である平子に対し、マユリとの仲を疑って申し訳無かったとの想いから、二人の恋を応援したいとの暖かな気持ちを胸に抱いていたのだった。

そして浦原は躊躇う事無く、そのまま愛するマユリの下へと足早に向かうのであった。
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浦原去りし後。再び、平子の自室。

「なぁんて…おえぇぇッ…気色の悪い冗談は止めて、早ぅ本音言ええや。どうせなんか悪巧みしとるんやろ?もしかして…マユリの事やったりするんかァ?」

「叶わんなァ、お前には。…いや、此処んとこマユリの奴、忙しいのを理由に隊首会にも出て来んからな。逢う機会が無ぅなって随分寂しい想いさせられとんのや。せっかく俺が尸魂界に戻って来たいうのに、やで。やけんひよ里ィ、お前がこっちに来て『緊急に話がある』とか何とか言うたらやな、緊急事態だ異常事態だのと思うて、いくらマユリかて乗って来るやろ?そこを俺が上手いこと…あ、否…とにかく、頼むな。俺の恋は…ひよ里ィ、お前の演技に掛かっとるんやで!」

「…ハァ。あくどいやっちゃなぁ。でもウチ、喜助に恨まれるんは御免やで」

「ひよ里。お前はなぁんも気にする事、無いで。卑怯でも何でも『恋は駆け引き』や。現世で『マユリの恋人』っちゅう立場に安穏と胡座掻いとる、喜助の奴が悪いやろ?」

「隙あらば…っちゅうヤツやな。フム。所でシンジ、約束…忘れんと頼むで」

「おお、甘いモン一年分…やろ?任せといたらええ」

「あ、リサと白(ましろ)の分もやで」

「…ちゃっかりしとんなァ。まぁ構へんわ。せやから頼むで、ひよ里ィ」

こうして伝令神機は切れたのであった。なんと平子はマユリと恋人となる為に、人知れず様々な手を画策しているようである。
浦原の心配は、恐ろしくも当たっていたのであった。

しかし、平子は分かるとして、ひよ里までとは一体どういう事であろうか?いくら甘い物に釣られたとは言え、此れでは余りに。
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現世、此処は猿柿ひよ里の部屋である。
現在ひよ里は、リサ、白(ましろ)、ラブ、ハッチ達と、変わらず同居している様子であった。

そのひよ里。伝令神機を切った途端、頭を左右に振り、いたたまれぬと言う様に深々と溜め息をついた。

−シンジィ。お前がどんだけ頑張ってもな、あの二人、どうにも離れんと思うで…−

「…哀れなやっちゃなァ…」

恋の病に侵された、古くからの知友関係である男を思い、ひよ里はぼそりと呟いた。
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[其の弐へ続く]
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