■小説2

□そこには未だ愛が有るだろ?
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題:「そこには未だ愛が有るだろ?」
  [其の壱]
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反逆を企てた藍染との闘いも終わり、漸く落ち着きを取り戻した尸魂界。束の間の平穏な毎日が、何事も無かったかの様に過ぎていく。

だが、些かの変化もあった。ヴァイザード…つまりは《仮面の軍勢》として戦闘へと加わった、百年前護廷十三隊であった平子真子、六車拳西、鳳橋楼十郎ら三名の死神達も、隊長として復帰する事となったのだ。
無実の罪を着せられ現世へと出奔していた、元十二番隊隊長であった浦原喜助も、罰を解かれ、今は何の枷も無く瀞霊廷へと行き来していた。

そんなある日の事であった。
技術開発局第七研究棟にあるマユリの自室。それは鍵盤を使用した自動施錠や分厚い防火壁を施されており、如何なる人物であろうとも、その侵入を許さないものであった。今の此の尸魂界の科学的発展をその肩に担っていると言っても過言で無い、涅マユリという存在。尸魂界の為にも、この稀有な人物を失う訳にはいかぬ。それ故の厳重なセキュリティであった。
その筈であった。そう、此の夜までは。

深夜。マユリは此の自室の寝台の上にて、睡眠中であった。
日中奇妙な化粧を致し、その顔容を隠しているマユリであるが。眠る時となれば化粧を落とし、その白皙の素顔を晒すのも、一部の者には知られている。

眠るマユリの整った横顔。それは彫像の様に美しいものであった。すんなりと通った鼻梁とほんのりと色付いた薄い口唇。その藍色の長き睫毛は、上へと反り返っており、瞼を閉じている今でさえ、濃艶な匂いが漂っている。
マユリの隠されたその顔は、凄艶と呼べる程の美貌の様相であったのだ。

その眠るマユリの寝台の傍らに、全身漆黒に覆われた人影があった。
先程述べた様に、マユリの部屋のセキュリティは過剰な程に厳密であった。一体どのような策を高じてマユリの部屋へ侵入したのか、その術は定かでは無い。が、確かな事は、既にマユリの部屋にて何者かが存在して居るという事であった。

影はマユリへと近付くと、その寝顔を確かめる為に覗き込んでいるようであった。
そうして、やわらかなマユリの甘い寝息を確認すると、影は寝台へと腰を掛け、マユリの顔へと顔を寄せた。覆い被さった男から合わせられたものは…紛れも無く、唇であった。
この時、眠るマユリは難無く謎の侵入者に、その唇を奪われてしまったのだった。

重ねられた唇の不穏な動きと、頬にかかる温い吐息。それを感じた刹那、マユリはその瞳を見開き、寝台より飛び起きた。と、同時に黒い影もまたマユリより離れ、距離を取る。寝台横の洋灯の、淡い明かりに照らし出され、影はゆらりと揺らめいた。

「貴様…何者、だ?」

マユリの命を狙っているのであれば、既に事を終えている筈であろう男の、その行動を訝しみ、マユリは問うた。
半身を起こし、視線を外さぬよう男を見据えたマユリの前で、謎の侵入者は、頭部を覆っていた烏色の外套の頭巾を脱いだ。
途端、マユリの双眸は、限界にまで大きく見開かれたのだった。

「お久しぶりです。マユリさん」

頭巾の下より現れたのは、マユリの良く知った顔であった。
それは未だ現世へと滞在している筈の、浦原喜助であったのだ。

「どうして…」

突如として現れた浦原に、マユリはあからさまに動揺した。
藍染との戦闘の際に浦原との再会を果たしたマユリであったが、心惹かれながらもそれきりとなっていたのだった。

原因は素直になれぬマユリ。魂魄消失事件当時、十二番隊隊長であった浦原より、日々「好きだ」と、「愛している」との言葉を囁かれ、内心心傾き掛けていたマユリであった。が、そこへ突然の浦原の出奔。マユリは全てが信じられぬようになり、浦原への憎しみを胸に抱く事となったのだ。その期間、実に百年。

それが誤解であったと知れた今だが、マユリには誰にも漏らせぬ心情があった。
マユリは浦原が行き方知れずとなった後、一人で開発局を再建した。それが並々ならぬ苦難の道のりであったが故に、万一浦原が戻って来たとしても、そう易々と開発局を、今更浦原に手渡す訳にはいかぬと考えていたのだった。それは浦原の居ない、己の此の百年間を否定される様な気がして、プライドの高いマユリは浦原との接触を断っていたのだった。

「何の用だネ?話が有ると言うのなら、適切な時間にし給えヨ。連絡も無く夜分このように侵入して来るなどと…感心出来る事とは思えないがネ」

「そう邪険にしなくてもいいじゃあないスかァ。アタシが現在、尸魂界へ行き来している事は、既にご存知の筈でしょう?いずれこちらへ伺う事は…思慮の範囲内だったんじゃあ無いスかねェ」

警戒心有り有りのマユリの態度、その表情に、浦原は一瞬顔を曇らせはしたが、直ぐにいつもの安穏たる笑顔を見せた。

「今日は大切なお話があって、来たんスよォ」

浦原にそう言われ、マユリは脇へと設えてある洋テーブルの方へと移動しようと、寝台から降りる素振りを見せた。が、浦原に制され、再び寝台の上にて半身を起こしたまま、マユリは浦原の話を聞く事となった。

「物は相談なんですがね。突然ですけど、アタシ…此処に戻って来ちゃあ駄目っスかねェ?」

「な、ッ…!?」

「いえ、ね。漸く誤解も解けたようですから、そろそろ戻れるなら戻りたいなぁ、と。まぁ、率直な意見ですよ。…如何です?」

「馬鹿を言い給エッ!貴様があらぬ疑いを掛けられたせいで、開発局がどれだけ打撃を受けたか理解しているのかねッ?出奔した重罪人が設立した怪しい施設だのと、有る事無い事噂されて。此処迄来るのにどれ程に大変であったか、ッ」

「それは理解してるつもりっスよ。だが、アタシのせいじゃ無い」

「………」

「アタシが此方へ戻って来ると、貴方に迷惑が掛かる…そんな顔ですね」

フイ、とマユリの視線は眼前の浦原から逸らせられる。それを映した浦原の漆黒の瞳の奥に、瞬時にして、己も知らぬ青い情欲の焔が、ゆらゆらと燃える様に立ち上っていた。

「なら、提案があるっスよ。貴方がそんなに嫌でしたら、アタシも無理にとは言いません。ですが…代わりと言っちゃあ何ですが、それに見合った…所謂『見返り』を頂きたいんスよ」

「…?何だネ、金か何かかネ?」

「まさか!そんな物欲しさにアタシが今宵此の場に来たと?見くびって貰っちゃあ困りますよ。…マユリさん、『見返り』は貴方自身です。貴方をアタシのモノにしたい、それが望みっスよ」

「…−−な、ッ!?」

「アレ?知りませんでした?アタシ未だ諦めて無かったんスよォ、貴方のこと」

マユリは浦原の言っている事が信じられず、唯茫然となっていた。

深夜突然こうして現れた上に、まるで脅しを掛けるように浦原は自分を手に入れ様としている。その事実が、マユリには、どうにも受け止められなかった。
何故であろう。唯々無性に哀しいのだ。

百年程前、浦原はマユリを愛していると、好いていると毎日のように囁いた。そんな浦原の想いに応える事は残念ながら叶わなかったが。浦原のそれ迄のマユリに掛けた愛の言葉は真実であったと、今はマユリもそう思っている。

−肉体的な結び付きは無かったが、あの時、自分は確かに浦原に愛されていた。それが、どうだ。目の前の男が欲しいのは、私の此の身体だけ。抜け殻を抱いて満足すると言うのだ。浦原、お前は…本当にあの…浦原、なのか?−

マユリは美しく光る飴色の瞳を細め、切なくも眼前の浦原を伺う様に、じぃと見詰めている。

「どうです?」

「…良いだろう。好きにするがいい。但し…開発局には今後一切手出ししないと誓って貰おう」

「了解っス」

マユリの言葉を受け、浦原は身に着けていた黒外套をばさりと脱ぎ捨て、寝台へと腰掛けているマユリの傍らへと近付いた。
ギシリ、と浦原が寝台へと入って来ると、マユリの瞳は諦めにも似た、絶望の闇に支配された。

−こんな男は昔の浦原ではない。あの時。自分の愛した浦原は死んだのだ。なら、尚更此の男に開発局を好きにはさせぬ。アレは私と浦原が…共に立ち上げた物なのだから…−

それはマユリの唯一出来る、過去の浦原への愛情表現であった。二人で立ち上げた開発局だからこそ、マユリはどうしても守りたかったのだ。

やがて。浦原の顔がゆっくりと近寄せられ、その視界一杯へと拡がると、マユリは絶望の中、震える瞼を静かに閉じていくのであった。
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[其の弐へ続く]
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