■小説3

□白い肌の異常な夜
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「白い肌の異常な夜」
《其の壱》
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その日、瀞霊廷はお祭り騒ぎであった。

「イヤァ、実に華やかで盛大な御式でしたァ‼花嫁の朽木ルキアさんは、綺麗で眩しく輝いてましたし、新郎の阿散井サンの紋付袴姿は意外にも嵌っておりまして、本当にお似合いの二人でした。新婦の衣装の設えは豪華ながらも上品で『さすが名門朽木家の婚姻』と、皆さん口々に仰られておりました。涅サンも来れば良かったのに。本日の結婚式、護廷隊隊長全員、呼ばれてたんでしょう?」

聞いてもいないのに、今日の出来事を事細かく報告する、満面の笑みを浮かべたこの男。実は普段は飾らぬ甚平姿にて、現世で小さな商店を営んでいる元死神だ。この日は常とは違い黒い羽織袴姿であるのだが、その容貌は和装とは似つかわしくない金髪の''何処かニヤケた色男"であった。
男の言う"お祭り騒ぎ"の原因とは、四大貴族『朽木家』の養女である朽木ルキアと、六番隊副隊長の阿散井恋次との婚姻である。

滅却師の王、ユーハバッハとの壮絶な戦いから早数年。尸魂界は漸く落ち着きを取り戻しつつあり、この結婚は満を持しての公式な祝いの場となった。花嫁となる朽木ルキアには、今は亡き十三番隊隊長ー浮竹十四郎後の新隊長になる話も出ている。故に、最高位貴族の婚姻というだけで無く、護廷隊としても非常に喜ばしい出来事なのである。
二人の結婚は、永き闇を抜けた尸魂界の『新時代の幕開け』の象徴の様に思えるのだ。

式は盛大に執り行われ、二人と懇意にしている黒崎一護ら現世組も招待された。此処に居る"自称ハンサムエロ店主"浦原喜助も、その内の一人だ。現在、浦原が黒の紋付袴姿であるのは、式の帰りに此方に立ち寄った故であろう。

「式に参加だと?そんな暇は無いヨ!尸魂界の発展の為には、私の研究時間は1秒すら惜しい。それに未だ瀞霊廷の復興は途中段階なんだヨ。悠長に構えている場合かネ。そういう貴様も、同じじゃ無いのか。現世もそれなりに修復が必要だろう?」

「あー、まあ…そうなんスけどねェ」

浦原の話相手は、十二番隊隊長の涅マユリだ。今、彼が訪れているのは、マユリの自室であった。自室と言っても、隊舎と併設している開発局の中心部に在るだだっ広い部屋で、電子演算機や実験機器等が網羅された、尸魂界最高峰の霊能研究施設でもある。

今宵、浦原から唐突に連絡が入り、マユリは逢うことを余儀無くされてしまったのだ。現在、普段の奇異な衣装姿でなく、白い綸子の単衣を纏った素顔のマユリは、凄艶なるその美貌を、眼前の人物に惜しげも無く晒している。突然訪問して来たこの男に、漸く寝ついた処を叩き起こされたのだろうか。澄んだ琥珀の瞳が浦原を恨めしく見据え、酷く眩しげに瞬いていた。

「全く!大切な話が有ると言うから、こうして貴重な時間を割いてるんだヨ‼それを、他人の結婚式がどうなどと。大体、誰と誰がどうなろうと、私の知った事ではない。くだらぬ噂話をする位なら、早々に現世へ帰り給えヨ!」

「そんな⁉アタシはただ涅サンの顔を見たかっただけで。ねッ、せっかく尸魂界まで来たんスから、少しくらいお時間を取ってくださっても良いでしょう?」

「フン」

そんな事を言って、つい先日も同様に此方へ押し掛けて来たではないか、とマユリは内心憤った。

あの滅却師戦の終りから、何かと理由を付け、浦原はマユリの部屋を訪問する様になっていた。気が付けば、この男はしよっちゅう此方に入り浸っているのだ。
昔自分が居た場所を懐かしく思うのか、それとも今の己の立場を憂い、あわよくば嘗ての職場に復帰しようとの目論見でも有るのだろうか。しかし、燃犀なる頭脳を持つこの男は、其れ程の小者ではない筈だ。
故に、マユリはそんな浦原の真意を、どうにも計り兼ねているのであった。

「マァ良い。あいにく夜中で、他の局員らはもう休んでいる。私の給仕で良ければ、茶でも飲むかネ?美味いかどうかは分からんが」

「いただきます」

大きく嘆息をつき、嫌味ったらしげにマユリが茶の用意をしている間、浦原は椅子に腰掛けて、キョロキョロと周囲を見渡した。そして、マユリの部屋の片隅に置かれている暗幕を掛けられた一つの実験用水槽を見付けると、男は切れ長の黒眼を僅かに細め、ひたすらソレを凝視した。

「何だネ?」

「イエ。順調の様っスね『眠計画』」

「未だ初期段階だヨ。漸く人型になって来た所だ」

浦原の前へ玉露を入れた湯呑みをしぶしぶ置いて、席に着いたマユリもまた、同様に水槽を静観した。透明な液体の中に、プカプカと小さな赤子が浮かんでいるのが見える。女の子のようだ。

「早くそれなりに成長してくれないと、困るんだヨ。アレが居ないと雑用も儘ならん。無能な助手でも不在の今は、多忙過ぎて目が回る」

「大丈夫。ネムさん、きっと立派に成長しますよ」

「"眠八號"だ」

「そうでした。"眠八號"サン」

マユリの娘であり疑似死神であった"眠七號"こと涅ネムは、ペルニダ戦にてその身を無惨に粉砕された。マユリがかろうじて持ち帰った彼女の大脳であったが、収容されるのに思いの外に時間が掛かり、蘇生は叶わなかったのだ。ネムの復活を信じて疑わなかったマユリにとって、これは絶望的な結末であった。

ネムに対し冷酷とも取れる言動の多いマユリであるが、娘として、或いは自身の"夢"として、その存在を大切に思っていたのは、知る人ぞ知る"公然の秘密''であったのだ。
故にマユリは『眠計画』自体を、これまで執心していた事すら忘れたかの如く、放棄した。再び『計画』に着手したのは、あれから数年を経た最近の事である。
マユリもまた、此処に来て漸く前を向けたのだろう。

「ところで。涅サンは、彼女に兄弟は作られないんスか?」

互いに差し向かい、茶を啜っていた所、浦原が唐突に妙な事を言い出した。

「?」

「いえ。一人っ子は我儘に育つって言いますから」

ニコリと破顔した浦原であるが、その眼は笑ってはいなかった。上目遣いのその双眸は、まるで反応を見るかの様に、マユリをジイッと観察し続けている。
そしてこの時マユリは、その異常さに迂闊にも気付けていなかった。

「必要無いヨ。此奴(眠八號)は未だ成長途中で、その先は長い。人型と成りし後は、子育てや教育も、私がせねばならん。お前の言うように、もし子供が2人となれば、これ以上の時間を取られる事となる。その様なこと、今の状態では考えられんヨ」

「そうでしょうか?ユーハバッハが居なくなり、平和になった現在なら、時間は十分に有るでしょう?寧ろ今は、その数少ない絶好の機会だと思うんスけど」

「浦原…お前は一体、何が言いたいんだネ?」

眉間に皺を寄せ訝しんだ表情で、マユリは浦原を凝視した。男の含んだ物言いに、漸く異変を察したのだ。
けれど浦原は、不思議と真逆な態度を取った。男は急に頬を紅潮させ、満面の笑みを作ったかと思えば、モジモジと照れ臭そうに頭を掻いて、媚びる如き上目遣いでマユリを見ている。
そうして怪訝そうなマユリに向かい、言い難そうに、だがはっきりと、こう告げたのだった。

「子作りしませんか?アタシと。って、……あー、イヤァ…コレはちょっと露骨過ぎましたかねェ。じゃあ、率直に『アタシと一緒になってください』。アタシは存分に待ちました。それはもう、十分すぎる位に、ね。だから、…今宵ここで二人の『祝言』を挙げたいんス。ね、涅サン。アタシの言ってる意味、お解りでしょう?」

「な、何を、ッ⁉そ、そんな……ば、ば、莫迦なこと、をッ…」

それは、莫迦げた提案であった。
浦原から発せられた"男である自分に向けた不適切な言葉"に、一瞬眼が点になったマユリは、その理解に暫しの時間を要し、酷く吃音気味となった。

「そうっスかァ?でも今更でしょう?アタシはこれ迄アナタをずっと口説いて来たし、好きだって…愛してるって、何度も言って来ましたよね?」

机の上に置いた"男にしては華奢な腕"を不意に掴まれ、マユリはハッとして、浦原を見た。
確かにこの男の言う通り、マユリは告白を受けていた。それは、もう110年以上も昔からである。しかし、彼の常日頃からの色男振りと、八方美人とも言うべき"いい加減さ"に辟易していたマユリは、こんな事はどうせ誰にでも言っているのだろうと、本気にしてなどいなかったのだ。

「ふ、巫山戯るなッ‼そんな事、誰が一体本気にすると…⁉」

「だからフザケちゃいませんって」

ググッと、掴まれた腕に力が込められる。それが痛い程であった故、浦原の言葉が、いよいよ真実味を帯びて来た。何故ならこんな事は初めてで、これ迄浦原は一度もマユリに無理強いをした事が無かったのだから。

やがて、腕を引かれたマユリは前のめりになり、テーブルを挟んだ浦原に、更に強引に詰め寄られてしまった。

「涅サン。アタシを受け入れてください」

男の端整な容貌が真近に迫り窮地に陥ったマユリは、ヒイッと、か細い声を上げた。
訳の分からぬ"恐怖"が、マユリを襲っていた。
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[其の弐へ続く]
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