■小説3

□薔薇と月光
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題:「薔薇と月光」
  [其の壱]
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尸魂界−ソウルソサエティー。
人が死した後、魂が行き着く先であり、所謂 "天国" がこれに当たる。
此の世界は、貴族・死神達の住む静謐の地「瀞霊廷」と、それ以外の大多数の住む貧民区「流魂街」とに分かれている。

「流魂街」は瀞霊廷の周囲・東西南北の四区域からなり、更に各区域は80の地区に分かれていた。流魂街の一つである『草鹿』は北流魂街79地区とあって、手におえない放蕩者や無頼漢、ごろつきなどといった無法者が多く集まり、北流魂街80地区『更木』と共に、人は皆 "最悪の治安" と呼び、敬遠していた。

その『草鹿』の街外れ−鬱蒼とした森林地帯は、現在、野営の為に、幾つかの天幕が配置されていた。少し離れた場所には火も起こされ、焚火の番をする者が数人、歓談しつつ、焔の周りを取り囲んでいる。至って明るく振る舞う彼らだが、実際には湿った夜気に背を屈め、暖を取ろうと無意識的にひたすら手を擦り合わせているのだった。

今宵は十二月三十一日、大晦日。一年の最後の締め括りという事も有り、年越し特有の物悲しさと、冷え冷えとした森の寒気が辺り一面へ充満していた。濃紺の空には月天心。木々の隙間から差し込む光も、蒼白く澄んでいた。
そして、森の奥へと繋がる入り口には、それらと違った一際大きな天幕が設置されている。今、丁度迎えに来た下級隊士九名に誘われ、一人の少女がそこから出て行く所であった。

「さて、っと。ぼちぼち交代の時間やなァ。巡回は二時間程度で戻るけど、うちが居らんでも、あんたらちゃあんと仕事しや!あ。仮眠取ってもええけんど、間違うても二人一緒に寝るんやないで。隊長と三席…役付き二人が揃うて寝てたら、万一の時アカンやろ?ほんじゃァ、喜助ェ!マユリ!うちはもう出るんで、アンタら絶対サボるんやないぞ!!」

威勢の良いその少女は、猿柿ひよ里という十二番隊の副隊長だ。金髪のツインテールに雀斑といった外見からも、活発な性格が伺える。
かたや話掛けられている人物は、同隊の隊長及び技術開発局局長である浦原喜助であった。年若きひよ里に叱咤され、申し訳なさ気に自身の金髪をくしゃりくしゃりと掻いている。これでは一見してどちらが上の立場なのか、よく分からなくなってしまいそうである。

「ア、アハッ。そんな心配しなくても大丈夫っス。ボク、隊長ですから、仕事はちゃんとするっスよォ。ではでは。いってらっしゃい、ひよ里サン。ここら一帯は、虚以外に夜盗の類も出ますから、どうかくれぐれも気をつけて」

「おうっ!マユリは?こんな夜中に巡回に出る、うちに一言無いんかい?」

浦原から声を掛けられ上機嫌になったひよ里は、後ろに居た異形の人物へ、嬉々として話を振った。涅マユリ−浦原がその才を見出だし、地下牢獄『蛆虫の巣』より引き抜いて来た狂科学者。耳を改造し全身に白粉を塗り、目の回りだけを黒く縁取ったその容姿に、誰もが引いてしまうものだが。負けん気の強いひよ里には、丁度良い喧嘩相手でもあった。
マユリは十二番隊では三席、開発局では副局長を勤めている。

「全く。景気付けを待つより、さっさと現場へ急ぎ給えヨ。部下を待たせるなど、指揮官として失格だ。それとも何かネ…本当は行きたくないのかネ?」

「−−なん−ッやとぉッ!!?ヒトが親切で手伝っとったら、何やねんその口のきき方は!!フザけんなや、ハゲ虫コラァ!!!」

「ま、まあまあ。ひよ里サン、落ち着いて!でも、皆さん全員外で待ってますから、もう行ってあげて下さい!涅サンも、言い過ぎっスよォ」

浦原は双方の間に立って事を納めようとするのだが、ひよ里は未だ激昂し怒りが収まらぬ様子であり、マユリは無言で、フイと其方を向いただけである。

「スイマセン、ひよ里サン。涅サンにはしっかりと、言い聞かせておきますんで。実は今回、巡回を代わって頂いて、凄く助かっているんスよォ。ボク達、ここの所あまり寝れてなかったですからね。気が利く副隊長が居てくれて、と〜っても有り難いって。イヤァ、ホント頼りになるっスよねェ、ひよ里サンは」

浦原に言われ、雀斑の頬を朱に染めるひよ里。隊長である浦原に褒められると、やはり嬉しいのだろう。

「フン!うちが帰って来る迄に、そいつしっかり躾とくんやぞ!!」

普段ならこれで収まる筈が無いのだが。浦原の説得が功を奏したのか、文句を言いつつ、その儘ひよ里は出て行った。
なんとか酷い言い争いにならずに済み、浦原はホッと安堵する。

「ハァ…あんまりっスよ、涅サン。せっかくひよ里サンが、夜勤が続いたボク達を気遣かって、代わりに指揮を取ってくれてるってのに…」

外まで見送った後、中へと戻り、ひよ里達の足音が聞こえなくなってから、浦原はマユリに差し向かいで話を始めた。

「笑止。私は本当のことを言った迄だヨ。だいたい薬学の知識も余り無く、作業に余裕が有るのなら、多忙で疲労困憊の"同僚"に対し、補っていくのは当然だろう。持ちつ持たれつ。それが『社会』と言うものだヨ」

「それでも。そうしてくれるのは、ひよ里サンが優しいからですよ」

確かにマユリの言い分は正当だが、これではひよ里が余りにも可哀相である。浦原はすかさずフォローを入れた。

「いい子ですよ、ひよ里サンは」

そう言う浦原に対し「甘いんだヨ、お前は…」とだけマユリは返した。

きっとマユリはマユリで、ひよ里を気に掛けているのだろう。それは先程、ひよ里と自分自身を『同僚』と称していた事からも判断出来る。実際、年下のひよ里をマユリは "下" に見ていない。つまり『同等に扱っている』のである。
それがマユリの本音なのだろう。言葉に出さずとも浦原は密かにそう感じ取り、穏やかな気持ちになるのだった。

「阿近クンは?」

「もう寝ているヨ。やはり子供だ。疲れが出たのだろう」

広い天幕の隅にて横たわる少年は阿近と言い、こう見えても科学者で、マユリの優秀な助手であった。すうすうと寝息を立てるまだ幼さの残る寝顔を覗き込みながら、マユリは薄い毛布を二枚にして、その小さな体に掛けてやるのだった。

「あ、あれ?涅サン?」

「悪いが私も仮眠を取らせて貰う。小僧の言うように交代する気が有るのなら、一時間程して起こし給えヨ」

そうしてマユリは自身も毛布を頭まで深々と被り、天幕の隅で背を向けて、無造作にごろんと横になるのだった。

「え〜〜ッ!?せっかく二人きりになれたんスよ?ここんとこ逢瀬の時間とか、全っ然作れ無かったのに…もっと色々話しましょうよ!」

「今は体力回復が最優先だ。それに此処で迂闊なことを話して、阿近に聞こえたらどうするんだネ?」

大仰に不服を申し立てる浦原に対し、毛布に包まり、後ろを向いた儘でマユリは応える。

実はマユリと浦原は同性であるが恋人同士で、二人の仲は周囲には "秘密" としているのだ。そして、浦原の言うように昨今は仕事が忙しく、個人的に逢ったり話したりする時間など全く取れていなかった。マユリに恋い焦がれ、夢中となっている浦原が、寂しいと感じても仕方の無いことだろう。

「確かにそうなんスが。あの…非常に言い難いんスけど。実は今日…12月31日はボクの誕生日でして…」

「ホウ。"大晦日"がお前の『誕生日』なのかネ。フム、実にせわしない時に生まれたものだ。いや、おめでとう。で、何だネ?プレゼントでも欲しいと言うのかネ?生憎、誕生日が今日などといった話は、私は『初耳』でネ。何も用意していないのだが…」

「イエ、そんなのはいいんです。只ボクはそのぅ…今宵を涅サンと二人で過ごせたら、って」

「……??過ごしているではないかネ?」

「あー、イヤァ。ハハッ。それは、もっと『違う意味で』ですね…」

此処まで来て漸く、マユリは浦原の真意を読み取った。

つまり浦原は、マユリと "シたい" と言う訳だ。
とんでもない話であった。幾ら人の少ない真夜中とは言え、同じ天幕には幼い阿近が、少し離れた外には、警備の隊士も数人が存在している。浦原の求めに応じ、悟られぬ様に気遣かったとしても、ばれないとは限らない。大体今は、何時何が起こるか分からぬ虚襲撃に備えた任務中で、浦原はそれを統轄する隊長ではないか、とも。

マユリは呆れて無言となり、再度毛布をしっかりと、頭から被り直したのだった。

「…………。寝る」

「そんな、冷たい…」

「…………」

「…ねッ、ちょっとだけ!ちょっとだけなら、イイじゃないスかァ。ねッ"マユリ"さぁん。…"マユリ"さんってばァ…」

それから浦原が幾ら猫撫で声でマユリを呼ぼうと、何の返事も無く。やがてとうとう諦めたのか、その呼び掛けも、時間が進むにつれ聞こえなくなっていった。これで漸く眠ることが出来ると安堵したマユリは、急激な睡魔に襲われて意識を飛ばし、何時しか浅い眠りについたのだった。

そうして再び、森に静寂が訪れた頃。マユリはその身に奇妙な感覚が生じ、うっすらと瞳を開けたのだった。
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[其の弐へ続く]
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