■小説3

□Beauty & Beast -美形男と妄想野獣-
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題:「Beauty & Beast -美形男と妄想野獣-」
  [其の壱]
−−−−−−−−−−−
「先日はその、…迷惑を掛けた。私の失態だ。済まない、浦原」

此処は現世−空座町にある鄙びた駄菓子屋『浦原商店』。その奥に位置する自身の私室で、らしく無く、訪れたマユリに深々と頭を下げられて、浦原喜助はたじろいだ。

マユリが言っているのは先日起きた『誘拐事件』のことだろう。数日前のバレンタイン、地獄より逃亡していたザエルアポロに、マユリは自室にて勾引かされ、監禁されたのだ。しかし寸での所で助けに来た、同性であるが恋人の浦原に、護られて連れ戻され、事なきを得たのである。

実は今回、マユリ自ら現世へと遥々訪問したのには、諸々の事情が有る。
その一つが、この『誘拐事件』の際、浦原がマユリの娘で副官であるネムの怒りを買い、十二番隊と開発局を"出入り禁止"になってしまったことが挙げられる。つまり現在、非常に困った状況なのだ。
まあ、この浦原喜助たる者、そんなことでへこたれる程、"やわ"では無いのだが。

「い、いいんスよォ、そんなに畏まらなくても。何も無かったんスから。でも…本当に気をつけてくださいね。アナタは色んな意味で、その身を狙われる立場っスから。誘拐されるなんて以っての外っス!んー、じゃあハイ。念の為に『いかのおすし』、言ってみましょうか?」

「"イカ…"?な、何だネ、それは?」

「知らないんスかァ!?ああッ、全然駄目っスねェ!!現世では結構有名な "防犯標語"っスよ!!つまり、

●知らない人について『いか』ない。
●知らない人の車に『の』らない。
●『お』おきな声で呼ぶ。
●『す』ぐ逃げる。
●何かあったらすぐ『し』らせる。

これらの頭文字を、言葉遊び的に、上手く当て嵌めたものなんス。今時、小学生位なら、知ってて当然の言葉っスよォ」

「フン。私は "小学生" かネ!?全く、貴様はふざけたことを…」

本来なら怒り心頭となる筈の短気な性格のマユリであったが、この日は些か違っていた。棘の有る言葉とは裏腹に、口元には笑みすら浮かべている。浦原に助けられ、マユリは事実として少なからず感謝しているのだろう。

「あの日はバレンタインだというのに、散々だった。結局、お前のチョコも後から食べる事になったしネ。それで…まだ少し先なのだが、次のホワイトデーに、迷惑を掛けた詫びと"お返し"として、お前の望みを叶えてやろうと思ってネ。今日は、前以てそれを聞きに来たのだヨ」

「エエッ!!?そんな嬉し、ッ…あ、いや…お詫びだなんて…。で、でも、せっかくっスから!!それって何でもいいんスか?」

「……?何か要望が有るのかネ?」

「…−−ッ!!?ちょっ、ちょっと待ってください!!あまりに突然でッ!!そ、それにしたいこと沢山有り過ぎて、どれか直ぐには決められないんスけど…」

マユリからの提案に、浦原は慌てふためいた。何故なら、こんなことはこれ迄に無かったからである。いくら二人が "相愛" の恋人同士の仲なれど、このマユリの性格である。『ツンデレ』の『デレ』部分は皆無に等しく、普段に於いてイチャつくことなど、早々出来なかった。

否、内心イチャつきたいと、常にヤる気満々の浦原だったが、ガードの固いマユリに遮られ、心中儘ならぬ日々を送っていたのである。
つまり、このマユリからの降って湧いた提案は、浦原にしてみれば垂涎ものの、嬉しい話であったのだ。故に、そんな貴重な機会を、この男が逃す筈が無かった。

「少し、待ってください。答えはホワイトデー当日に。ちゃんと考えて、しっかりと準備しておきますんで。どうかご安心を」

−……準備…?−

その言葉に一瞬訝しんだマユリであったが、直ぐに浦原ににじり寄られ、浮かんだ疑問は頭の片隅へと追いやられてしまった。

「それで。今日は泊まってってくれるんスよね?」

何時しか浦原の顔が近くに迫り、漆黒の眼差しが食い入る様にマユリを見ていた。何だかんだ言ってもそこは恋人同士、マユリは浦原には弱いのだった。

「ああ」

答えてゆっくり眼を閉じると、浦原の唇がマユリの唇を覆って来た。軽く吸われた後、湿った舌端が、にゅるっと口腔へ押し入ってくる。と、それだけでマユリは夢心地となり、全身の力が抜けていく。

マユリは浦原に押し倒された。畳の上に横にならされ、浦原がその痩身にのし掛かると、マユリは反射的に、その逞しい広い背中に腕を回した。
やがて、それに気付いた浦原は、げに嬉しげな笑みを作り、マユリの耳替わりの小さな突起へ、蕩けるような低音で囁くのだった。

「好き。マユリさん…」

こうして。イベント事など何ら関係も無く、恋人達の甘い夜は、日常的に更けていくのであった。
−−−−−−−−−−−
そうして、約束のホワイトデー当日。マユリは再び、浦原の自室へと訪れていた。
敷かれた和絣の座布団へ、差し向かいに座る浦原とマユリの二人。

「さて。して欲しいことは決まったかネ?」

着いたばかりであったが、マユリは単刀直入に話を振った。

あれ以来、三日と空けずに、マユリは浦原と逢っていた。逢う機会が多ければ、必然的に話をする時間も増える。当然、例のホワイトデーの話題も上ったが、何をして欲しいのか、それとは無しに聞いてみても、浦原に言葉を濁されて、マユリは上手く誤魔化されていたのである。

これには、どうしても腑に落ちないマユリ。いずれ話さねばならぬと言うのに、何故そうまでして、隠そうとするのだろうか、と思う。
一体浦原が何をして欲しいのか、マユリの方も、今では気になって仕方無かったのである。

「そのことなんですがねェ…」

「……?」

「実は沢山有り過ぎて、一つに決められなくて、困ってるんスよォ。で、幾つかアタシなりに候補を絞ってみたんで。マユリさん、その中から良いと思うの、選んでください」

立ち上がった浦原が、長机の引き出しから取り出したのは、一冊の平凡なキャンパスノートであった。手渡されて見れば、結構使い込まれているのが、初見のマユリにも理解出来る代物だ。だが、マユリを驚かせたのは、それだけでは無い。先ずはその表紙であった。

ノートには『マユリさんとアタシ "二人の愛のドリームノート"』と書かれてあったのだ。

「…………」

この時マユリは、酷く嫌な予感がした。
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[其の弐へ続く]
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