■小説3

□欲しいのは君の我が儘 -前・後篇-
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題:「欲しいのは君の我が儘 -前篇-」
  [其の壱]
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「おはようございます!涅サン」

その男は、唐突にマユリの前へと現れた。

「……貴様。今が何時か分かっているかネ?」

「もちろん!朝の六時半っスよね!?」

「…………」

寝台上に座したまま、睡眠不足から眉間に縦皴を寄せた渋面で、目の前の男を睨むマユリ。対して男は実に安穏としており、にこやかだった。

マユリの部屋を、突如訪れたこの人物−名を浦原喜助。同じ男でありながら、マユリの今の恋人で、現世に住んでいる元死神。優れた才能を持った科学者の浦原だが、思い立つと我慢の出来ぬ性分で、こうして突飛な行動を取るのが常だった。
その都度、マユリは否応無しに付き合わされ、振り回されて来たのである。今更だが、そんな自分を褒めてやりたいとすら思う。

「ところで涅サン、今日が何の日か知ってます?」

「誕生日だろう?私の」

3月30日。浦原の指摘通り、此の日はマユリの誕生日なのである。

「ご名答!イヤァ、流石に覚えてらしたんスねェ。アナタのことだから、てっきり忘れてるかと思ってました。先日お逢いした時も、何も仰って無かったでしょ?」

「フン。昨夜ネムが出掛け際に、それを置いて行ってネ。一日早くてすみませんと言われたヨ。ヤツは夕べから、虚圏へ調査に行かせている」

言われて浦原が見てみれば、寝台横のサイドテーブル上に、丁寧に梱包された愛らしい小箱が確かに有る。ラッピングとして赤いリボンと一緒に添えられているのは、房となった可愛いらしい桜の蕾だ。その一つが膨らんで、花が開き掛けている。
ネムの小さな心遣い。マユリを想う、いじらしさを感じさせた。

「虚圏へ?ならネムさん、暫く此方には戻られないんスか?」

「当分ネ。おそらく三日は帰らないだろう。まあその間、私もやることが色々と有ってネ。残ることにしたのだヨ。だから、…誕生日だ何だと、浮かれている場合では無いのだヨ」

「ハァ。…冷たいっスねェ」

マユリに先制攻撃を喰らった浦原。その見事な牽制っぷりに落胆し、ガクンと肩を落として項垂れてしまった。

「せっかくアタシが、現世より遥々、アナタへのプレゼントを持って来たっていうのに…」

グチグチと浦原は小声で文句を言っている。相手に聞こえる声量なのは、わざとなのだろう。尸魂界一の天才と称されるくせに、こういう点では器の小さい男だと、マユリは呆れる。

「ホウ。誕生日プレゼントか。…フム。なら頂くとするかネ。ホラ、今更出し惜しみせずとも、さっさと此方へ渡し給えヨ」

「そ、そう言われると。どうにもやり難いんスが…」

マユリに手を差し出されて、浦原は困惑気味に、自身の金髪をクシャリと掻いた。これは困った時に出る、この男の癖なのだ。今がそんな状況なのだろうかと、疑問を感じる。故に、必然的に声を荒げるマユリであった。

「何だ?話を聞いていなかったのかネ!?私は時間が無いんだヨ!ごちゃごちゃ言わずに、早く…」

「で、ですからッ!!…もう有るじゃないですか!?プレゼントはアナタの前に…」

「?どういう…」

その奇妙な物言いに、怪訝そうに前を見遣るマユリ。しかし、言われた場所を眼を凝らして見てみても、マユリの前には何も無い。浦原の心理を計り兼ね、マユリの大きな飴色の瞳が、一際鋭く細くなる。

「だッだからぁッ!!誕生日プレゼントが "アタシ" ってことっス!!先だってのホワイトデーにマユリさん、アタシの積年の願望、叶えてくださいましたでしょ?だから今日は、アタシがアナタの要望を叶えようかと思いまして。ま、言うなれば『お返しのお返し』っスよ。ささ、ご遠慮なさらず、何でもアタシに仰ってください!!」

「…………」

誕生日プレゼントが自分自身…この浦原の提案に、呆気に取られ無言となってしまうマユリ。否、よくぞ此処まで己に心酔出来るものだと、寧ろ感心する位だ。
それに、ネムが居ないと判明してからの馴れ馴れしさも、あからさまであった。直ぐに「涅サン」から「マユリさん」へと、マユリに対する呼び方すら変わってしまうのだから、困った男だ。

「あ、でも…アタシが "下" になるとかは、やはり出来ない相談でしてェ」

「するかネッ!?気色の悪い!!お前の喘ぐ姿など、空恐ろしくて見たくも無いヨッ!!大体、お前と違って、私は貴様への要望など無い。分かったら、とっとと現世へ帰るんだヨ!!」

マユリはそう怒声を上げると、早々に寝台から起き上がってしまった。布団から抜け出、スタスタと足早に浦原の前を横切り、寝室を出て行こうとする。

「どちらへ?」

「風呂だヨ。知ってるだろう?仕事の前に、私は必ず湯を使うことにしている。言った様に、今日は作業が詰まっていてネ。これ以上、遊んでいる暇は無いのだヨ。故に、始めから約束もしていない。理解したら、お前はもう戻り給えヨ」

浦原へそう言い残して、マユリは浴室へ入った。湯舟は既に、適温の新湯で一杯に満たされている。マユリの生活や起きる時間に合わせ、設定されているのだ。

「少し、…きつく言い過ぎたかネ」

シャワーのコックを捻り、痩せた裸身を湯で濡らしながら、マユリは独り言を呟いた。

わざわざ誕生日に訪れた恋人に対し、自分は随分と冷徹だったのではないか。否、大体約束もしていないのに、いきなり訪問して来る方が悪いのだ。あしらい方に問題有ったにしろ、致し方なかった。それに、浦原を相手にする様な、そんな時間も無いだろう?と、マユリは自問自答する。

そういえば、付き合い出してから"誕生日"を互いに別々に過ごすのは、初めてのことだ。それに気付いてしまうとどうにも後ろめたく、珍しくも自己嫌悪となってしまう。やがてマユリは、湯を使いながら、小さな溜息を吐くのであった。
と、その時。カチャリと扉が開く音がし、マユリは後ろを振り返った。

「な…ッ!?どういうつもりだ!!帰ったんじゃなかったのかネ!?」

浴室へと立ち入って来たのは、マユリの悩みの種である、浦原本人であった。

「イヤァ、ご要望が無いみたいなんで、一度は帰ろうとしたんスけど。よくよく考えてみたら、今日ネムさん居られないんスよね?ならアタシが、その代わりを務めようかと、思い立ちまして。だってアナタの身の回りのお世話、する者が必要でしょう?先ずはお背中、お流しします。では、マユリさん。さっそくですが、後ろを向いてください」

「貴様はまた、その様な屁理屈を…」

浦原はどうあっても、今日という日をマユリと共に過ごす気でいるらしい。しかし此の男、相変わらず我は強いが、今回に限っては下心も無いようだ。こうして浴室へと入って来ても、別に裸という訳でなく、普段通りきちんと甚平を身に纏っている。此処でマユリとどうこうなろうといった邪まな考えは、抱いてないように思われた。

「まあ、そう邪険にしないでくださいよォ。今日一日アタシ、心を込めてお世話させて頂くんで」

そう言いつつ浦原は、一歩一歩マユリに近づく。

「フン。お前のことだ。どうせ私が何を言っても、聞く耳を持たぬのだろう?…ハァ。仕方ない。但し、仕事の邪魔はしないでくれ給えヨ」

「ええ、それは勿論!」

かくしてマユリは、浦原の提案を受け入れることになった。
マユリは、背中どころか体中を泡だらけにして隅々まで洗われ、椅子に座らされて洗髪された。浦原は、マユリの長い髪を丁寧に大切そうに洗いながら、こうするのも自分の一つの夢だったと、実に嬉しげに話すのだった。

「ホウ。随分とささやかな"夢"ではないか。なら、"夢"が叶って嬉しいかネ?」

「ハイ。それはもう!!」

嫌味を言ったつもりが笑顔で返され、マユリは途端に閉口する。浦原から発せられる、隠すことの出来ぬ強すぎる"好意"に、恋人となった今でも、マユリは未だ馴れぬのだ。

湯から出た後、浦原は濡れたマユリの痩身を丁寧にタオルで拭き、髪をドライヤーで乾かした。それからマユリの蒼髪を梳き、化粧を致して寝台に座らせ、死覇装を着せる。背を屈めた浦原は、愛しげにマユリの爪先へと接吻してから、片足ずつ気遣いながら足袋を履かせた。
そのかいがいしさには、目を見張るものが有った。

「如何です?アタシのお世話。気に入って頂けましたか?」

「フン。存外に良いではないかネ。取り立てて褒める程ではないが…」

「有り難うございます。夜はペディキュア、塗って差し上げますね」

朝食は簡単なものが短時間で用意され、二人差し向かいで食事を取った。
そうしてマユリは、浦原に開発局へと送り出されたのである。
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[其の弐へ続く]
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