■小説3

□恋人の起源 -狂科学者Kの飽く無き探求-
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題:「恋人の起源-狂科学者Kの飽く無き探求-」
  [其の壱]
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「涅サンって、やっぱり凄いですよねェ」

十二番隊隊舎内『技術開発局』。此処は最近、隊長になったばかりの浦原喜助が立ち上げた、霊能研究施設である。
真夜中過ぎの研究室は、煌々と明かりが灯ってはいるが、残って作業をしているのは、浦原とこの物語の主人公−十二番隊三席と副局長を兼務している、涅マユリのみであった。
他の局員達は皆作業を終え、つい今しがた帰った所である。

「…何のことだネ?」

同じく白衣を脱ぎ、帰る為の身支度を整えていたマユリは、浦原から唐突に話し掛けられ、怪訝そうに眉をしかめた。

「いやァ。今更ですが、アナタの類い稀なる才能に、つくづく驚いているんスよ。今日だけで、難解な新薬を幾つも完成されて。薬学の知識の豊富さも、開発者としての卓越した技術も、感心すること然り。同朋として、素晴らしい方と巡り会えて、こんな嬉しいことはありません。ボクは"運命"に、感謝しなければならないっスねェ」

言葉と同様に、浦原はいたくマユリの才能に感銘し、興奮しているのが見受けられた。しかし、その気持ちが本物だろうと、マユリの方は食傷気味だ。『運命』だなどと、少し大袈裟過ぎではないか、と思う。

「フン。そんなこと、言われなくても分かっている。けれど、随分と上から物を言うではないかネ。まあ、お前は隊長、私は三席。見下されても仕方ない立場だがネ」

「そんな!?違います!!ボクはただ、尊敬しているだけっスよ。涅マユリという、尸魂界きっての最高峰の科学者を…」

「…………」

この上無い賛辞であった。
けれど、マユリにとってそれは、あからさまな"おべっか"に思えた。何故なら、この目の前の男−開発局局長である浦原こそが、科学者として賛美される可き最も優れた人物であり、その事は周知の事実なのだ。そんな相手から、いきなりこうして賛美されても、マユリには些かの疑問が残る。自分より下の者に媚びへつらうのは、無意味だからだ。
マユリはいつも、浦原の気持ちだけは読めぬのだった。

「所で、つかぬ事をお聞きしますが。アナタのその博学多識さは、実体験から来るものっスか?いえ、ね。涅サンほどの方なら、きっと今まで沢山のことを経験されて来たのだろうと思いましてね」

「ウム。それも有るネ。何事も経験が大切だ。お前もそう思うだろう?」とマユリ。

「確かにそうですね。"何事も経験が大切"。では、不粋なことをお聞きしますが。涅サンはアッチの方も、さぞかし経験豊富なんでしょうねェ」

「?…何だネ、"アッチ"とは?」

「嫌っスねェ。"男と女"のことですよ」

その言葉が何を意味するのか、マユリは咄嗟に理解出来なかった。浦原の顔が自分を見詰め、ニヤついているのに気付き、漸く察しが付いた位だ。
その下卑た嫌らしい目付きに、酷く嫌悪感が湧き、マユリは堪え切れずに、カッとなった。

「いきなり何を言い出すのかネッ!?その様なこと、答えるわけ無いだろう!?大体、こんなことを聞いてくるなど、無躾にも程が有る!!不愉快だ。帰らせて貰うヨ」

「ちょ、ちょっと待って!!怒らないでくださいよォ。必要なら、非礼は後で十分お詫びしますから。だから、これからボクが話すことを、最後までちゃんと聞いてて欲しいんです。涅サン…ボクはただ、アナタに提案が有るだけなんス。それに、これはアナタにとっても、悪い話じゃないスから」

怒り心頭とは、まさに此のこと。激昂し、頭に血が上って退室しようとした所を、浦原に先んじられ、マユリは前を遮られた。
無理矢理出て行っても良かったが、この時マユリは不思議と立ち止まった。先程浦原が言い放った『提案』という台詞に、興味を引かれたのだ。

「アナタ程の美貌なら、女性経験はお有りでしょう。言われなくても想像がつきますよ。アナタのその素顔を知れば、女がほっとかないでしょうからね。当然、行為から得る快感も、既に知ってることでしょう」

コヤツの言うこの下劣な話が、一体今後の何に関わるのか?本題に入るきっかけとしての浦原の長い前振りだが、マユリはそれが気になって落ち着かず、話を聞くどころでは無かった。

「けれど、果たしてそれで十分でしょうか?俗にいうアブノーマルな性行為は、通常性交以上に精神的な興奮を高め、快感が増すのはご承知の通り。そして、男が体の何処で、より性感を感じるのか。医学的知識を持つアナタなら理解している筈ですが、それは牡茎だけでは無いですよね?けれどアナタはそんな知織を持ちながら、真の快感を得ようとしない。非常に残念っス。ご自身の"後ろ"を使っての経験は、未だなんでしょう?違います?」

「なっ…!?」

この男の中には、常識や羞恥といった言葉は存在しないのだろうか。露骨過ぎる卑猥な単語を、さらりと言ってのける浦原は、自分以上の仗かも知れぬ。
そして、次に続く台詞は、益々マユリを怒らせ、いら立たせたのだった。

「もしそうなら、それは全てを知り尽くしているとは、言えないんじゃあないですかね?」

「貴様ッ!!私を愚弄するのかネッ!?」

称賛から始まったかと思えば、今ではもう批判している。浦原の物言いは、まるでからかっているかの様だった。

「まさか!?勿体無いというだけっスよ。全てを知っていると自負されている博識のアナタに、知らないことが有るなんて。優れた科学者であるのなら、いかなる事象も未知の領域を開拓したい…誰もがそう思うものなんスがねェ…」

浦原が熱弁をふるうのは、真に自分勝手な、支離滅裂な言い分であった。
これを聞いているのが、冷静沈着で常識的な一般人であったなら、詭弁であろうことに気付いたのだろうが、何しろ相手をしているのは、あの涅マユリである。『蛆虫の巣』の独房に長く閉じ込められていた程の、傲慢不遜な狂気の科学者。その思考は、常識の範疇を越えていた。

驚くことに、この時のマユリには浦原の詭弁が、間違いなく"真理を突いている"と思えたのだ。科学者であるなら、どんな奇妙奇天烈なことであれ、試してみたい欲は有る。そう、例えそれが常軌を逸した内容で、常人には理解不能なことであっても、だ。
此処でマユリは、小さな疑問が湧いた。

「貴様は…知っているのかネ?その…」

「あー、それがそのう…お恥ずかしい話ですが未だなんでして。いえ、実はアタシは"ソッチ"の方はからきし。"受け身"は生理的に無理なんですよ。あらゆることを追求すべき科学者としては、失格っスよね」

ここ迄言っておきながら、浦原は "後ろ"未経験者であった。己を『失格者』と称し項垂れる浦原を見て、マユリは何故だか興奮したのだった。

「………。それで?何が言いたいのかネ?」

「もしアナタがよろしければ、その『新境地開拓』に、是非協力させて貰おうかと。この話、興味をお持ちでしたら、お相手が必要でしょう?なら、ボクがその役目を務めさせて頂きたいんスが。どうっスかねェ」

「…−−ッ、何を言ってるのかネッ!?ふざけるのも大概に!?」

「別にふざけちゃいませんよ。これは言わば『実験的試み』です。アナタの為の研究に、手を貸そうと言うだけですよ。それともそういう相手、直ぐに見付けられますか?勿論アナタが誘えば、のって来る者もいるでしょうが。今やアナタは副局長の身、これ迄とは立場が違う。誰か分からぬ者と容易く体を繋げるなど、アナタ自身の沽券に関わる。漸く手に入れた副局長という地位や名声も、口外されれば危うくなってしまうでしょう。ボクなら…アナタの望む全ての条件を満たしてますし、何より同じ科学者です。補佐として助力は惜しみませんし、絶対口外は致しません。アナタは安心して、望みを叶えることが出来るんです。如何です?ボクと、試してみませんか?」

それは、突拍子の無い申し出であった。
そもそも此の話自体が、突拍子が無く胡散臭い。けれど深く詳細を知る毎に、マユリは言い様の無い戦慄を覚えたのだ。何より一番驚愕すべきことは、浦原の口から、自分と交合したいとの申し出が有ったことである。マユリの永遠の好敵手、小憎らしき目の上の瘤−浦原喜助。この男と交わるなどと、考えもしなかったことだ。
そして。ここに来て、マユリは有ることに、はたと気付いたのである。

「浦原貴様…、男が好き、なのかネ?」

マユリなりに配慮し、躊躇いながら問うと、浦原は意外にも明るい笑みを見せて来る。

「そういう訳じゃ無いっスが。ただどちらにしろ、突っ込まれるよりは突っ込む方が、性に合ってるんで」

破顔する浦原を見詰めるマユリ。ただこの時は、些かの迷いが確かに有った。

「どうです?アナタはボクの唯一知らない究極の領域を、味わうことになるんスよ」

−浦原の、…知らない領域…−

決めたのは、浦原のこの一言だ。
浦原喜助が出来ぬことが、自分には出来る。この男ですら知り得ることの無い快楽を、味わえるのだ。
それは勝利の予感にも似た、ゾクゾクする様な高揚感だった。

「…………。これはお前に、どんな意味が有る?」

「涅サンが警戒される様なことは何も。強いて言えば、そんなアナタを見てみたい、って所でしょうか…。研究者として、至極真っ当な興味っスよ。アナタはボクの知り得ることの無い究極の快感を味わい、そして、ボクはそんなアナタをただ存分に味わいたい。言わば等価交換っスね。正当な取引っス」

体を繋げる『実験』など、そして検体自体に自らなるなど考えたことも無かったが、試してみても良いと思えた。浦原を実験の補佐とするのも、優越感が湧き上がる原因であった。成功の為という名目で、助手として浦原を顎で使えるとの、悪い考えが脳裏を巡る。それに加えて、純粋に"未知の快楽"への興味も出て来た。
マユリは漸く頷いた。

「よかろう。貴様の提案に乗ってやる。…何処でするかネ?」

「隣へ行きましょう。手術台が有りますから、そこで」

「いいネ…」

こうして。それぞれ様々な想いを抱えながら、男二人は隣室へと移ったのである。
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[其の弐へ続く]
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