■小説3

□青嵐 -アオアラシ-
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題:「青嵐 -アオアラシ-」
  -プロローグ-
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「たッ、たたッ、大変っス!!」

それは、穏やかな初夏の昼下がりのことだ。
いきなり騒がしい足音がバタバタと近付いたかと思うと、茶の間の障子が勢いよく開く。慌ただしく入って来たのは、甚平を着た一人の金髪の男。なかなかのイケメンだが、その形相はかなり逼迫している。

「どうした喜助、血相変えて。お主らしからぬ、随分な慌てぶりではないか。何かあったかの?」

このことに反応し、部屋の中から声が掛かった。見れば畳十三帖ほどの和室の真ん中、ちゃぶ台の前で、一人の女がどかりと腰を落ち着けている。

豊満な胸と引き締まった下腹部が、辛うじて隠れる程の小さな下着を身に纏ったいい女が、あろうことか足を広げ、胡座をかいているのだ。テーブルの上には驚く数の空の丼が、堆く積まれたり散乱している。器には牛丼屋の屋号が入っていることから、たった今この女は、昼食(おそらく牛丼)を済ませたところの様だった。

それにしても、恐ろしい食欲だ。外見は長い黒髪と浅黒い肌、大きな瞳を合わせ持った"美女"と呼ぶ可き様相であるだけに、そのギャップには驚かされる。
女の名は、四楓院夜一。その態度のデカさから、いかんせんこの家の主人と間違われるが、実は只の居候であるのだった。

そして、先程の男こそがこの『浦原商店』店主、浦原喜助である。
浦原と夜一は元々幼なじみであり、訳有って現在、同居中なのだ。他に正体不明の大男と年若い店員が共に生活致しており、家族と呼ぶ可き関係となっている。つまり、浦原と夜一は男女の仲では無いが、互いに知り尽くした昵懇の間柄であると言える。

実は二人は人では無く『死神』である。『死神』は"魂のバランサー"と言われ、現世でさ迷う魂を浄化したり、虚(ホロウ)という敵から、人や霊体を守ったりしている。彼らは本来なら"尸魂界"と呼ばれる異世界で生活しているのが常なのだが。浦原達は、やむを得ぬ事情で現世に渡り既に百年、今はそれも良しと思える暢気な暮らしをしていた。

「よ、夜一サン。良かった、此処だったんスか。聞いてください!!実はアタシ、先程涅サンに大事な話が有るとかで、緊急の呼び出しをくらいまして。今しがたソッコーで、尸魂界まで行って来たんスよ。そしたら…そのぅ…」

「なんじゃあ。もしやお主、涅に"愛の告白"でもされたかの?」

「−−−ッ!?どうしてそれを!?」

未だ何も話していないと言うのに、至極簡単に言い当てられ、浦原は面食らった。まさに図星であったのだ。

「フフン。儂を侮るでない。こう見えても、恋愛に関しては百戦錬磨じゃ。…フム。どれどれ、詳しい話を聞こうではないか。コチラの顔を見るなりそうして駆け寄って来たからには、相談したいことが有るのじゃろ?」

過去に夜一がどんな恋愛を致し、恋の駆け引きに長けていたかは定かで無いが、こうまで見透かされては反論も出来ぬ。それに彼女の言う通り、誰かに聞いて貰いたかったというも、浦原の本音であった。

「それが…」

浦原は夜一と対面に座した。そうして、少し前に起きたこの日の出来事を、ぽつりぽつりと話し始めたのである。
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「え?ゴホッ、今なんて…」

尸魂界。十二番隊隊舎内第七研究棟のマユリの自室で、客用ソファーへ座ったばかりの浦原喜助。出された茶を口に含んだその途端、即座に喉へ詰まらせ掛けた。たった今、マユリの口から出た奇妙奇天烈な言葉に、酷く衝撃を受けたからだ。余りのことに、「天才」と称される浦原の脳内は真っ白となり、聞いた直後、一瞬記憶を失った。何か突拍子の無いことを言われたことだけは、理解出来たのだが。

「聞こえなかったかネ?ならもう一度だけ言ってやろう。先程私は、お前を好いている。愛していると言ったのだがネ」

マユリの言葉に、目が点になってしまう浦原。が、徐々に事の重大さに気付き、あからさまなパニックを起こしてしまう。

「う、え?…ええ−−ッ!?く、涅サンが…アタシを!?ホ、ホントなんスかそれッ!?ま、まさかコレ、大掛かりな『ドッキリ』…だったり…」

「ム。嘘や冗談でこんなことを言って何になる?何の得にもなりはしないヨ。アア、呼び出しておいて何なのだがネ。今しがたどうしても外せぬ用が出来てしまったのだ。申し訳無いが、直ぐに行かねばならなくてネ。まあ、とにかくそういう訳だから。考えておいてくれ給えヨ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!いきなりそんなこと言われても。あの、……く、涅サンッ!?」

オタオタと浦原が動揺している間に、マユリは早々と席を立ち、いともあっさりと退室してしまった。この間、実に5分。愛の告白にしては、短過ぎる展開であった。
そうして部屋には一人、残された浦原が居るだけである。

「考えておいてくれ、って……アタシ、一体どうしたら…」

予測を超えた展開に、呆然となる浦原。その後パニックになりつつも、何とか現世に戻って来たという訳だ。
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「成る程の。それが事の"あらまし"か」

「どう、思います?」

牛丼をたらふく食って腹が満たされ、シーシーと爪楊枝を使う夜一の姿は、実に豪快な"男前"であった。そんな彼女を、浦原はまるで様子を諮るように、下から見詰める。

「何がじゃ」

「あ。いや、…涅サンがアタシのことを、なんて…ハハッ…今の今まで、考えてもいなかったもんで」

「そうか?儂は気付いておったぞ。そもそも涅のあの態度。単純に、嫉妬や憎悪だけではああは成らん。例えお主と、過去にいざこざが有ったとしてもじゃ。奴は事あるごとに、お主のことを気に掛けとったじゃろ?谺り過ぎる位に、な。それは、幼子が好きな相手を邪険にするような、言わば『愛情の裏返し』なのじゃ。可哀相に。涅は、あの性格じゃからの。プライドが邪魔して…まあ、素直になれなかったのじゃな」

「−−−ッ!?そ、そう…なんスか」

「違うと思うのか?」

「いえ………」

このことに関して、浦原には思い当たる節が有る。
百十年前、孤独であったマユリを仕事の為と理由を付け、自分の傍に置いた浦原。十年後、謂れ無き罪を背負わされた浦原は、何も言わずマユリの下を去り、現世へと出奔した。これは致し方無かった事なのだが、漸く心を開き掛けたマユリにとってこの仕打ちは、随分と残酷であっただろうと思う。

それを恨みに思われているであろうとの覚悟は有ったが。つい最近「転界結柱」作戦の為、やっと再会出来た折にも、喜び駆け寄った浦原に対し、マユリはやけに素っ気無かった。かと思えば、マユリが周囲へ漏らした己に関わる愚痴や雑言は、耳を塞いでいてもそこかしこから聞こえ、浦原は戸惑ったものだ。

こうしたマユリを突き動かすもの。よもやそれが、自分へ向けた"恋心"だったとは−−。
自他共に認める『天才』浦原喜助も、このことだけは読めなかった。

「で。どうするんじゃ?」

「うーん。なんか、唐突過ぎて面食らっちゃって。それに、…いいんでしょうか、アタシで。同性と付き合うのなんて初めてだし、おそらく向こうも同じでしょ?今は好意を寄せていてくれても、付き合い始めたら、やっぱり男は無理だったって、心変わりされるかもしれない。それに自分で言うのもなんですが、…涅サンが求めているのは、『天才科学者』浦原喜助で。男としてのアタシは、いたって平凡。理想と違うって言われたら…それこそアタシ、二度と立ち直れないじゃあないスかァ。だから、こんな風に言われてありがたいんスが、なんだかソワソワしちゃって。いつになく自信無くなって…」

「答えはもう出ているようじゃの」

「え?」

「のう、喜助。難しいことはこの際、考えなくてもいいではないか。要するにお主は、涅と付き合うことに、なんら抵抗は無い訳じゃろ?気付いておるか。お主、先程から"もう付き合った先の話"をしているぞ。儂には寧ろ、それが喜助本来の望みのように思えるが」

「あ……」

夜一に言われ、浦原は隠された自分の想いに気付く。そう、自分は端からマユリを拒絶するなど思いもしなかった。
知らぬ間に、良くも悪くも二人の未来を夢想していた。

「案ずるな。涅もこれまで悩んで来た筈じゃ。あの傲慢不遜な男が、自ら進んで告白するなど、相当な勇気が要っただろうて。それに、自分を過小評価するでない。お主は、自分で思うとる以上の『いい男』じゃ。尸魂界におった頃は、女泣かせで有名じゃったろ?当時、方々の女から、随分熱を上げられたと聞いとるぞ」

「そ、そんなこと…昔の話っスよ」

「とにかく。もう心は決まっとるんじゃろ?」

「……ハイ」

「ならば、行け。こういう事は早い方が良い。待たせて焦らすのは、意地が悪いぞ」

幼いころから頼りになる姐御肌の夜一は、浦原が壁にぶつかると、その都度いつも欲しい言葉をくれた。がさつで大雑把な性格の彼女だが、人の心を読むに長けているのだ。
その言葉に力強く背中を押され、浦原はスックと立ち上がった。

「夜一サン。ありがとう」

尸魂界へ行くには、穿界門を開かなければならぬ。そこへと通じる地下へ降りる入口から顔を覗かせ、浦原は丁寧に礼を述べた。
ひらひらと手をはためかせ、遠目には夜一がそれに応えているように見える。

穿界門を開くと、後は断界だ。
おどろおどろしい時の奔流が迫る中だが、浦原の心は躍っていた。

−涅サン、涅サン。涅…サン…−

−早く!早く!アナタに逢いたい…!!−

逢って、今の気持ちを素直に告げたら、マユリはどんな反応を示すだろうか?
胸の中に風がざわつく。だが、それは眩しく輝く、青い嵐だ。

夏の恋は嵐のように熱をともない、アタシの下へと訪れた−−。
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[青嵐 -アオアラシ- A逢えない二人へ続く]
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