■小説3

□恋人への断罪と、罰としての調教
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題:「恋人への断罪と、罰としての調教」
  [其の壱]
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「……酷いっスよ。……クンよりボクの方がずっと…ずっと……」

脳内をぼんやりと、誰かの声がする。それは言葉尻の癖が特徴的な、聞き覚えの有るものであった。

「誰よりもアナタを、…いしてるのに。…涅、サン…」

男はまるで言い含めるかの様に、マユリの耳替わりの突起へと囁く。が、心地良い眠りにまどろむマユリは、未だ夢の中である。事の重大さを理解したのは、自身の唇に触れる何者かのやわらかな感触に気付いてからであった。

−…え…?−

しっとりとした口唇がマユリの唇に触れ、優しく吸った。男のあたたかな吐息が、眠る頬に緩く当たる。
やがて唇に残った生々しさが、一瞬にしてマユリの意識を取り戻させた。

「………な、何だネッ!?今のは一体…!?」

慌てて身を起こすマユリ。その視界の片隅へ、見知った男が丁度部屋を出ていく所が小さく映る。
その人物は、自隊の隊長でもあり、尸魂界一の才能の持ち主−マユリの好敵手である浦原喜助であった。外側に跳ねた肩に掛かる長さの金髪と、『十二』と書かれた隊長羽織りが浦原であることを示している。

『誰よりもアナタを愛しているのに。…涅、サン』

先程の浦原の言葉が脳裏に残り、離れない。

−……嘘、だろう…!?−

マユリはつい今しがたまで、この仮眠室で休憩を取っていた。所属する技術開発局はここのところ多忙で、三日三晩の間徹夜であった。作業が一段落し仮眠室へと入り、ソファーに寝転がって毛布を被った時点から、マユリには一切の記憶が無い。
マユリは至極疲れており、一瞬にして眠ってしまっていたのだった。

そうしてマユリは、浦原から接吻と先程の告白を受けた。
否。マユリは眠っていたのだから、正確には告白と言うよりは独白に近く、見返りや返事等は求められてはいない。

「………−−ッ…」

まあ、どちらにしろ驚嘆すること然りであって、この時マユリは柄にも無くパニックになってしまっていたのだ。そしてこの件に関して、マユリは全てを忘れることにした。

−聞き間違いだヨ。今私は、…夢を見ていたのだ…−

目の前に起きた出来事を、結果としてマユリは受け入れられなかった。そして、敢えて行動を取らなかった。

−ドッ、ドッ、ドッ…−

只、己の心臓の拍動が、マユリにはおそろしい程に速く感じた。血の気が引いても可笑しく無い状況であるのに、不思議と頬が燃えるように熱い。自分が自分で無いような、足元を掬われそうな心許なさ。一挙に噴き上がった"ソレ"が何であるのか理解出来ず、マユリはその"訳の分からなさ"に畏れを抱き、追求しないでおこうと決めた。

今後、それがどんな形で自分の身に降り懸かるのか、マユリは思ってもみなかった。
……………………………………………………
「研究遠征…?」

「ハイ。開発局の作業も、漸く落ち着きましたからね。今日はとても良いお天気ですし、ここらで気分転換も宜しいかと考えまして。まァ、そうは言っても一日だけで、"遠征"とは大袈裟なんですけど。どうです涅サン、ご一緒に如何っスか?」

「フム。…マァ、行っても良いが、内容次第だ。どういったことを予定しているのかネ?」

「主に、森林で茸類の採取っスね。『天竺茸の希少種』が見付かれば、有り難いんスけど」

成程、とマユリ。ここ数日降り続いた雨、そしてその後三日間の晴天で、発生していた小さな茸は、急激に成長を遂げる筈だ。"天竺茸"とは有毒性の担子菌類だが、そのエッセンスは薬物としての利用価値も高く、兎にも角にも希少種であった。マユリとしても、喉から手が出そうなほど欲しい研究材料の一つである。

「了解した。私も行く事にするヨ。で、何名で出掛けるつもりだネ?まさか全員でゾロゾロと、徒党を組んで歩く訳にはいかんだろう?」

「そうですねェ。ってか、寧ろボクは必要最低限の人員を考えています。何しろ行き先は"あの"『麻具波比の森』なんで。必然的に、ひよ里サン及び女性局員は、遠慮された方が良さそうです。残念っスけど」

「麻具波比の、森……」

その森は、北流魂街80地区《更木》に存在する。周知の通り、流魂街で最も治安が悪く、最奥に位置する森林は、女子供の行き先としては、明らかに適さない。

子供ならば一瞬にして勾引かされ、女ならば否応無しに姦淫される。麻具波比とは《まぐわい》と読み、その言葉通りの意味だ。この地に迷い込んだ美しい女が、森の精に気に入られ、無理矢理犯され妻にされてしまったことから、名付けられたという話だ。この森の精が実際は虚だったとか、野党であったという説もあるが、そんな事はどうでもいい。

とにかく不気味な森である。故に、どんな理由が有れど、誰も自らそんな地へ訪れたりはしないのだ。そう、いたく研究熱心な狂科学者以外には。

「なら、阿近を連れて行くのはどうかネ?助手が必要だろう?」

マユリの提案に、一瞬、浦原の眉間に縦皺が刻まれ、消えた。だが、人の心情に鈍いマユリは、その事に気付けずにいる。

「そうしたい所なんですが。…やはり…」

「ハァ。仕方無い。…了解したヨ」

確かに阿近は未だ子供だが、浦原も自分も一緒なのだから、そう心配せずとも良いのではないか?何より阿近は、幼いが気転のきく有能な助手で、居て貰った方がどんな作業も捗ると思うのだが。
妙に頑なな浦原の態度をいぶかしみ乍ら、マユリは渋々と承知した。

こうして結局『研究遠征』は、浦原とマユリの二人で行くことになったのである。
……………………………………………………
「疲れてないっスか?」

『更木』地区まで、後一歩という所で、二人は、しばしの休息を取っていた。小さな茶屋で台に腰掛け、昼食を食べ、茶を啜る。忙しかった昨今では、考えられぬ長閑さだった。

「別に。これしきの事で疲れなど」

気遣う浦原へ、つっけんどんに答えたマユリ。
局員達を残し、二人で出掛けることになり、マユリは正直気が引けた。だが、考えてみれば局長・副局長が居ない方が、下の者には気楽であろう。ひよ里や阿近などは、今頃は喧嘩をしつつ楽しく過ごしているやも知れぬ。この野外研究を『気分転換』と浦原が称したのも、今ならマユリも納得出来た。

「そろそろ行かないかネ?」

が、マユリは気忙な性分である。一分一秒でも早く実験研究に取り掛かりたいと、常に考えている科学者なのだ。何より『天竺茸』の希少種がこの先に待っていると思えば、居ても立ってもいられない。

「ちょっと待ってください。この後、追加でお団子とか如何です?ボク、驕りますよ。涅サン、確か甘い物お好きでしたよね?」

「ウ、ッ…」

「ご遠慮なさらず。さ、どうぞ」

「…………」

調子の良い男だ。団子一つで私の機嫌が取れるとでも思っているのかと、内心憤慨したマユリだが、結局浦原の誘いに応じ、上げかけた腰を降ろすのだった。
そうして、団子の載った皿を差し出し微笑む浦原の笑顔が、何時に無く眩しく感じられてしまう。

これは、随分久しぶりに外を出歩いたせいだろうか。長く続く室内作業の弊害だと、マユリは慌てて俯いた。
……………………………………………………
森に入ってから一時間、浦原とマユリは肝心のものを未だ発見出来ずにいた。

「もう少し奥まで、行ってみましょうか?」

浦原に誘われる儘、奥深くまで進んで行くマユリ。ここでマユリはひそかに疑念を抱くのだった。

−……おかしい。此処は、…菌類は疎か、動植物の類いが見当たらぬ。枯渇した大木の群生が一見して森に見えるが、森としての役目は果たしていない。先へ行くほど落葉も無く、土地も酷く痩せているではないか。本当にここで、あの希少種『天竺茸』が生えているのか…−

−この男のことだ。何か情報が有って、此処まで私を連れて来たのだろうが、この有様を見ても驚かぬのはどういう訳だ。浦原喜助ともあろう男が、私が感じた事を気付かぬ筈は無い。見立て違いだったと引き戻せば良いものを、それをせぬのはプライドが許さぬのか、それとも何かの思惑か。この男が一体全体何を考えているのか、私には解せぬ…−

「涅サン。ボクたち今…」

マユリが歩を進めながら逡巡していた、その時だった。先を歩く浦原が、唐突に立ち止まった。何時に無く低い声で名を呼ばれ、マユリは怪訝な表情となる。

「二人っきり…っスよねェ」

ハッ、とマユリが貌を上げた時、振り向いた男の端正な容貌が眼に入った。いつもと変わらぬ、浦原の穏やかな微笑。
しかし、その瞳の奥に何か底知れぬ狂気のようなものを感じ、マユリは一瞬、ブルッと小さく身震いしたのだった。
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[其の弐へ続く]
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