■小説3

□サンタクロースに気をつけろ!!
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「サンタクロースに気をつけろ‼」
《其の壱》
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現世。鳴木市空座町三宮に『浦原商店』という一軒の駄菓子屋が存在する。此の店、子供が好む安価な菓子や日用品などの雑貨を販売するのを生業としているのだが、それは表向きの話。

内密であるが、店の経営者及び住人は人では無い。彼等は、死者の魂を彼等の定住する"尸魂界Wという"あの世"へ送る役目を持った『死神』達である。『死神』は魂のバランサーとも呼ばれるが、この店の住人は少しばかり特殊で、そうした責務は担っていない。けれど、彼等は彼等なりの重要な役目を持っており、普段は人に紛れ、極々当たり前の平凡な生活をしている。

そんな店だが、今宵は夕刻から高校生ら数人の訪問もあり、人の出入りも多く賑やかであった。かといって警戒する必要は何も無い。今日は12月24日…俗に言う『クリスマス・イブ』であり、このご時世、何処の家もパーティを開くことは至極当然なのである。

未だ夕刻であるが外は暗く、奥行きの有る家屋の窓は全て煌々と灯りがついている。中からは雑談や笑い声が聞こえ、路地を行く仕事帰りのサラリーマンが何だろうと振り返る程だ。
つまりこの日『浦原商店』では、人も死神達も多く集まり、いたく盛り上がっていたのである。

「全く。あのはしゃぎよう。恥ずかしく無いのかネ?あの男は…」

大勢の死神らが歓談する広い和室の片隅で、このパーティに参加していた十二番隊隊長の涅マユリは、ハアッと呆れた様に大仰な溜息を吐いた。マユリはこうした人が集まる場は、苦手であるのだ。その視線の先には、一人の男が黒い死覇装の死神達に紛れ、一際目立って立って居た。
サンタクロースのコスチュームを着ている、この店の主でマユリの長年の好敵手である浦原喜助。人々の中心で談笑する嬉々としたその表情とこのイカれた服装が、マユリの癪に障るらしい。

「良かったです。全員参加される事が出来て。実は迷っていたんです。お招きしたくても、皆さん多忙な方々ですし。その、…ご迷惑なんじゃないかって…」

そんなマユリに声を掛けたのは、この店の店員である紬屋ウルルである。長い黒髪と大きな瞳が特徴的な、まだ幼さの残る美少女だ。
彼女もまた浦原と同じくサンタクロースの衣装を身につけていた。違っているのは、ボアのついたミニ丈のスカートを履いている点である。その姿はその辺のアイドルよりも、とても清楚で愛らしかった。
どうやら主催者側は、全員サンタコスチュームで服装を揃えているようだ。

「当たり前だ。全員参加必至と言うから、仕方無しに来てやっただけの話だヨ」

マユリに気遣ったウルルであったが、そういう想いもこの特異な人物には通じないらしかった。実はこんな態度でも、マユリ本人には悪気が無い。こうした尖った物言いも、彼にとっては日常茶飯事であるのだが、少女ウルルには少々刺激が強過ぎた様だ。
ウルルは、どう言葉を返して良いかよく分からず閉口してしまった。と、その横から、とある人物が彼女に助け船を出したのだった。

「まあまあ、そう仰らずに。涅殿にこうしてお越し頂けて、我々としましても喜んでいるのでございますから。しかし、とにかく皆様無事でようございました。あの様な大戦から、本当によく戻られて。今日はクリスマスパーティではありますが、全員の無事を祝う会でも有るのです。店長も、さぞかし嬉しい事でしょう。何しろウチの店長は、貴殿との再会をずっと望んでおりましたから。しかしまあ、…だからと言って今宵は少々、羽目を外し気味のようですがね、ウチの店長は…」

「フン」

二人の間に割って入ったのは、浦原商店店員の大男、握菱テッサイだ。現世に来る前は、尸魂界で大鬼道長を務めていた実力者である。
その人物が現在、こうして浦原の片腕として働いているのだから、この一見脳天気な浦原喜助という人物がいかに優秀な切れ者であるか、語らずとも分かると言うものだ。
大戦とは、少し前に終わりとなった『対滅却師戦』のことだ。これ迄に無い強大な敵で、死神勢は酷い苦戦を強いられた。マユリとて、切り抜けるのがやっとの戦いであり、戦が終わりを迎えた今、それを労おうとのパーティの意図も理解出来る。皆、生き残ることは出来たが失った物も大きく、何か心の支えを必要としているのだ。

テッサイに諭され、マユリは思わず外方を向いた。口煩い男は嫌いだ。何故、現世くんだり迄来てやって、自分が説経されねばならぬのか?だからパーティになど来たくは無かったのだと、内心随分と憤慨していたのだった。
ちょうどその時。

「アッ⁉居た!居た!涅サンッ‼」

他隊の隊長達と談笑していた浦原が、漸くマユリに気付いたのだ。浦原は嬉しくて堪らぬと破顔して、足早にマユリの下へと近付いて来た。

「来てくれてたんスね。良かった‼ずっと探してたのにお見掛けしなかったんで、来られなかったのかと心配してたんスよォ」

浦原は、主を見つけた猫のようにマユリの隣へ擦り寄って来た。マユリは誰が見てもあからさまな程に浦原を嫌悪しているのだが、どうしてかこの男は昔からマユリに好意を寄せているのである。

「オヤァ?涅サン、もうテッサイさんと仲良くなっちゃったんスかァ?もしかして、何か内密の話スか?だったら、アタシも仲間に入れてくださいよ。ねッ‼教えてくれなかったりしたら、アタシ変に"ヤキモチ"妬いちゃいますよォ‼」

そして。男の口からすんなり出て来た『ヤキモチ』という或る意味特殊な単語に、マユリの身体は唐突にゾゾッと総毛立ったのである。

「安心し給え。秘密の話など無いヨ。マア、そうだネ。話していたとすれば、浦原、貴様への溜まりに溜まった愚痴と、悪口くらいなものだろうネ」

「エエッ⁉そんな、あんまりじゃあ無いスかァ‼テッサイさんも水臭いっスよ。そんなに不満溜めてたなら、遠慮しないでアタシにはっきり言ってください‼」

「わ、私は何も…」

浦原とテッサイにささやかなしっぺ返しを致し、マユリが幾分機嫌を回復した時である。黒崎一護に呼ばれ、浦原は再びパーティへ戻らねばならなくなったらしい。

「では、涅サン。また後でお会いしましょ。実は、是非貰って頂きたい物が有るんスよ」

耳元(マユリの耳は改造されてはいるが)に小声でそう囁いて、浦原は名残惜しげに踵を返した。と、その時である。
サンタの衣装を身に纏った浦原の胸のポケットから、リボン付きの金の小箱がぽとりと落下したのであった。

「オイ、落としたヨ」

咄嗟にそれを拾い上げたマユリ。見ると、箱には御丁寧に『マユリさんへ』と書かれたカード
が挟められてある。もしかして、クリスマスプレゼントであるのかと、マユリはこの時判断した。先程、浦原が言っていた渡したいものとは此れの事かもしれないと思ったのだ。
そして、いけないこととは感じたが、マユリはその箱を開けてみることにしたのである。

「何だネ、此れは…?」

開封した小箱には、黒い紐状の布が入っているだけであった。紐は、これ迄に見た事の無い奇妙な形状をしていた。

「何に使う物だネ?」

目線より上へ翳して観察し、両手で左右に引き伸ばしてみても、マユリにはそれをどの様に使用するのか皆目見当がつかなかった。
そうこうする内に、離れていた筈の浦原が、マユリのこの行動に気付き、酷く慌てて駆け付けて来たのである。

「く、涅サンッ‼な、な、な、なッ、何してんスかァッ⁉ソ、ソレッ…もしかして、アタシが涅サンに差し上げる筈のW幻のTバックWじゃないっスかァ⁉」

「Tバック…」

時折現世を訪れるようになり、マユリもソレに対する知識は有している。一言で言えば、かろうじて局部は隠せるものの、尻丸出しとなる卑猥な下着だ。この破廉恥極まりない小さな布切れは、万人受けはせぬが、極々一部の人間にはいたく好まれ、マニア心を唆られるのだと聞いたことがある。
それを、どうして浦原が自分への贈り物としたのか。どうせなら女、そう、例えば四楓院夜一にでも渡した方が有意義ではないかと、マユリは不思議に思うのだった。

「下着か。しかし何故この様な物を私に?」

そしてマユリは、湧き上がった疑問を口にした。

「イヤっスねェ。それを此処でアタシに言わせるんスかァ?なんか、恥ずかしいっスよォ…」

マユリからの率直な問いを受けた浦原は、何故だかモジモジと気恥ずかしい様子である。
そして、その理由が分ったのは、この後の浦原のとんでも無い返答故であった。

「んー、それはやっぱり、着けて貰いたいからでしょうねェ。よく見て貰えば解るんスが、実はソレ、全てシルクで出来てましてね。肌触りは勿論、体へのフィット感も無理が無いんス。前面の総レースも有名な職人の手作りで、現世ではW幻のTバックWとまで言われる逸品なんスよ。ねッ、どうです?この、見えるか見えないかの絶妙な透け感も、堪らなくいやらしいでしょう?コレを初めて見た時に、アタシ思ったんス。アア、これを身に付けた涅サンを、是非とも見てみたいって。イヤァ、『愛』って突然暴走してしまうものなんスねェ」

「………………。」

ー…変態だ…ー

自分が長年尊敬し、憧憬の念すら抱いてきた好敵手は、男に恋する変態であった。突き付けられた余りの現実に、マユリは一瞬絶句して、気付けば天井がぐるりと廻り、卒倒しかけたのである。
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[其の弐へ続く]
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