■小説3

□Heaven's Trouble -ヘブンズ★トラブル-
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「Heaven's Trouble -ヘブンズ★トラブル-」
《其の壱》
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年の瀬もいよいよ押し迫った12月31日ー大晦日。浦原喜助が店主を務める『浦原商店』では、家人総出で早朝から大掃除に取り掛かっていた。

ジン太やウルルは、自室と店内、あと庭先の清掃。握菱テッサイは日頃から台所を預かっている為、キッチンをメインに、風呂場やトイレを担当する。感のいい夜一などは、既に昨晩から姿が見えぬ。こういった事に興味の無い彼女は、おそらく尸魂界の砕蜂の処にでも遊びに行っているのだろう。年が明け、ほとぼりの冷めた頃に、調子の良い事でも言いながら戻って来る筈である。

浦原とて掃除や片付け等は苦手であって、極力避けたいと思ってはいたが、そうやってやらずにいたこれ迄の溜まりに溜めたガラクタを前に、遂に諦め、重い腰を上げる事となった。
一先ず、乱雑に畳の上に置かれた儘となっていた書籍の山を棚に並べ、場を作る為に敷きっぱなしの布団を押し入れに詰める。押し入れの下段を覗いた時、ふと浦原は忘れていたWソレWに気付いたのだった。
押し入れの下にてしまわれていた、人が入りそうな程の大きな四角い箱。材質は桐で出来ており、随分上等なものであった。

「これは、あの時の…」

浦原はその桐箱を、押し入れから引きずる様に取り出すと、埃を払い、縛を解いて蓋を開けた。

「失礼します。如何です店長。片付けは進んでおりますかな?」

と、ちょうどその時、盆を手に持ち、テッサイが障子を開けて入って来た。浦原に一呼吸いれて貰おうと、茶を運んで来たのである。部屋に一歩足を踏み入れたテッサイは、途端に息を飲んだ。目の前にある異様な光景に、ギョッとしたのである。

「う、浦原店長、それは一体⁉」

見ると、蓋を開けた箱の中には、躯を折り曲げた裸の人間が入っていた。これまで幾度も百戦錬磨を潜り抜けて来たテッサイだが、これには思わず持っていた盆を取り落としそうになった。
慌てて盆を卓上に置き、テッサイは浦原の前に座り込んだ。だが、視線と興味は、自ずとこの奇妙な箱へ向いた儘だ。

「ン?ああ、違いますよテッサイさん。勘違いしないでください。コレは人形です。正確に言えば、アタシが造ったW霊骸Wですよ。ハハッ。どうです、良く出来ているでしょう?」

それは霊骸という、尸魂界での義骸の役割を果たすアイテムだった。随分と昔、その使用を巡って、四十六室から不安視する声が上がり、使用不可となった禁忌の霊具。浦原が密かにそれを作成し、隠し持っていたのも驚きだが、テッサイの驚愕の理由は他に有る。
箱に詰まったその人形が、テッサイも知るWと或る人物Wにソックリであったからだ。

「成る程、霊骸。しかし、驚きました。余りにも、その…」

「……気付きましたか。似てるでしょう?イヤァ、初めは研究の一環でそんなつもりも無かったんスが、途中からこうする事を思いつきまして。アタシにとっても霊骸の制作は初めてでしたし、こうしたいというモデルがいる分、過去の記憶だけが頼りの手探り状態。それでも、造っていくうちにだんだんと熱が込もり、拘り抜いた現在の仕上がりになったんです。あの人と長く逢えない時分でしたから、もしかすると慰めが欲しかったのかもしれませんね」

"あの人"とは、現十二番隊の隊長である、涅マユリのことであるのを、テッサイは知っていた。同性でありながら、浦原はマユリに想いを寄せていたが、とある策略に嵌められ、現世への出奔を余儀無くされたのだ。それ以来、長きに渡って浦原は尸魂界を追放され、その冤罪が解かれるまで、想い人には逢えなかった。

そんな浦原が手掛けた霊骸は、彼の人そのものであった。抜けるような白磁の肌に、鮮やかな蒼髪、瞳は澄んで琥珀色に輝いているが、やはり人形…見開いた儘で微動だにしない。そうして、躯はいたく痩せている。肋骨が浮き出、病的な程だ。だがとても美しく、器だけの存在なれども妖しい色香が漂っている。
テッサイは素顔のマユリは知らないが、おそらくこれが彼の本来の姿なのだろうと理解した。

「あ。でも、モッドソウルは入れてませんよ。出来る出来ないは関係無く、そこはやっぱり、しちゃいけないと思ってましたから。無断で勝手にこんなの造っちゃって、涅サンにも悪いですしね」

「魂は入っていない?……では、それは未完成なのですね。しかし、勿体無い。これ程のものなら、私なら押入れになどしまわず、手元に置いておきたいですが…」

未完成とはいえ、霊骸のマユリは素晴らしい出来栄えである。自分に人形性愛(アガルマトフィリア)の癖は無いが、側に置き、常に眺めていたい程だと感嘆する。ましてやマユリは浦原の想い人なのだから、そうしたいと思っても不思議は無いのだが。
疑問を感じたテッサイへ、浦原は答えた。

「そうしたいのは山々なんスが、やはり止めました。実は…率直に言うと、自分の欲望を止める自信が無くなっただけなんですよね。涅サン…あ、否……この霊骸ですが、存外に素晴らしい出来栄えとなりまして。作成した時分は嬉しくて、アタシの誇りだったものです。まるで長く逢えなかった恋しい人と再会を果たしたようで、アタシも当初は片時も離さずに側に置いておりました。が、ここで問題が生じました。それは、こうして隣に座らせ、貌を見ているだけで、アタシの胸は熱くときめき、イケナイ妄想を掻き立てられてしまうということです。例え命を吹き込まぬ人形であっても、愛しい人の姿形をしてますからね。まあ、アタシにも理性は有りますし、やっちゃいけない事も分かっています。想い人にも悪い。……と、そういう理由で、結局見ているだけで何もできない『蛇の生殺し』となりまして。アタシはそれに耐え切れず、この最高傑作を押入れにしまうことにしたと……そんな経緯な訳です。お恥ずかしいことっスが」

「それは…仕方ないのではないですか?貴方でなくとも、あの状況なれば」

気恥ずかしげに破顔する主の姿に、テッサイは一層切なくなった。百年前に尸魂界を追われたのはテッサイも同じだ。当時親しくしていた者達と逢えなくなり、哀しみや苦悩、不安に胸を苛まわれたものである。ならば、想い人と離れ離れとなった主は、如何程の苦しみであっただろうか。それを察知してのテッサイなりの擁護であった。

だが、ここで主の表情が一変した。
テッサイの言葉が終わるや否や、浦原は急に瞳を輝かせ、満面の笑みで詰め寄って来たのである。

「イヤァ、流石はテッサイさん。アタシのこと、ご理解頂けてるようで嬉しいっス‼しかしまあ、お言葉通り、当然と言えば当然スよね。男というのは、実際に行動に移さないにしても、頭の中は淫らな妄想に溢れ、捉われている生き物ですから。かくいうアタシも妄想が嵩じ、涅サンとのよからぬ事を何度も夢にみましたよ」

「ホウ。それは一体どんな夢だネ?」

ここで、端からW合いの手Wを入れられた浦原。あのテッサイが自身の話に興味を持ったと直感し、嬉々として益々饒舌になっていった。

「そりゃあ、本物の涅サンと霊骸の涅サン、二人並べてイケナイことする、やーらしい夢っスよォ。二人の涅サンと、ベッドの上で組んず解れつ。彼らは甘えて来たりおねだりも上手で、エロティックな表情でアタシを誘惑し、奪い合うんス。これが実にいやらしくて、男の本能とも言える『スケベ心』をそそり、十分満たしてくれるんですよ。そりゃそうですよね、夢なんスから。夢は隠された願望の現れとも言いますし、実際そうなのか、アタシはこんな夢を幾度見たか分かりません。結局、現実での人形への卑猥な行為を理性で抑えられても、夢ばかりはどうにもなりませんから。まあ、それを言い訳にして、W敢えて夢を見るようにしてたWというのが、当時のアタシのささやかな楽しみだったんスけどねェ」

「う、浦原店長‼いけません、それ以上はッ…」

「え…?」

調子に乗ってペラペラと己の病んだ欲望を語っていた浦原は、酷く動揺するテッサイに言葉を制された。そして、この時漸く気付いたのだ。先程のあのW合いの手Wが、テッサイの声では無かったことに。
では、あれは誰であったか。久しぶりの『猥談』に浮かれ過ぎて気付かなかったが、自分が間違える筈が無い。それは、浦原が愛おしく想う、唯一無二の存在…ーーー。

「く、涅サン…」

慌てて立ち上がった浦原が障子を引くと、そこには死覇装姿の涅マユリが、ウルルと共に此方を向いて立っていたのである。
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[其の弐へ続く]
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