■小説1

□初戀
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題:「初戀」
 [其の弐]再会
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二番隊第三席、浦原喜助。隠密機動第三分隊「檻理隊」部隊長。それがボクです。

主な業務は瀞霊廷内で罪を犯した者を投獄・監督する事。所謂「看守」。

そして檻理隊にはもう一つ「特別檻理」と呼ばれる仕事が有ります。それは、護廷隊の中の危険分子…思想や行動において危険を及ぼす恐れが有る人物を捕縛し、監視下に置くこと。

その為の施設、「地下特別檻理棟」…通称「蛆虫の巣」は二番隊隊舎敷地内に有り、ボクはそこの檻理も任されていました。

ここには毎日のように「危険分子」と判断された人が連れて来られます。

そしてそんな彼等を見てボクは思うのです。危険と判断されたとはいえ、何も罪を犯してもいない人物を投獄・檻理する事など「神」を気取った恐れ多い事なんじゃないか。そしてそんな彼等も、適した環境さえ与えてあげれば、大きな力を発揮出来る人達もいるんじゃないか。ボクは「看守」として与えられた仕事をしながらも、そんな疑問を常に抱きながら日々鬱々と過ごしておりました。
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そんなある日の事です。
その日もまた新しく「危険分子」が捕縛され、投獄されようとしていました。四十六室によると「彼」はその思想・行動共に「特別」危険であり、地下に有る独房に投獄の予定でありました。ボクは送られて来た書類に目を通しました。

「…涅…マユリ」

ボクはその名を見ただけで胸がずきりと痛くなりました。それは忘れかけていたあの「傷」の疼くような痛みでした。

まさか…とボクは自分の疑惑を否定しました。何故なら投獄予定者は「男」であり、ボクはこの時まであのマユリさんは「女」であると思い込んでいたのですから。

「浦原部隊長殿。本日投獄予定の涅マユリを連行致しました」

「小奴は実験研究目的で動物実験、解剖等危険な思想・行動を致しておりましたが、遂には人体実験目的での死神の解剖をしようとするも未遂に終わり、その現場にて逮捕・捕縛に至りました。本日地下独房に入牢予定で有ります」

ボクは部下の説明を上の空で聞いていました。マユリという名前から彼はあのマユリさんではないか、という思いが頭を擡げ確かめずにはいられなかったのです。ボクは彼の顔をじっと見詰め続けました。

初めて見た彼の風貌はそれは「奇妙」で「異常」でありました。肌を白粉で塗り、目の周囲には黒い隈取りがされておりました。耳は…自分で改造したのでしょうか、突出した形の器具が付けられています。

ですが、ボクを驚かせたのはそういった特異な風貌などでは無く。七三に分けられて纏められた艶やかな藍色の髪でありました。隈取りされた伏し目がちの瞳は美しい琥珀色をしており、この「涅マユリ」という人物が間違いなくあの時のマユリさんだと確信したのです。

この時ボクは感動に震えておりました。今迄マユリさんに対して思っていた恨み辛みは嘘のように消え失せて、再び出会えた喜びに胸が踊り狂い、叫び声さえ上げたい程でした。勿論ボクはそんな事は噫にも出さず、業務的な指示を出し投獄を許可しました。マユリさんはボクの事は一瞥もせず静かに連行されて行き、ボクはその細く小さい背中を見送り続けました。
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その夜、ボクは食事を乗せた膳を持ってマユリさんのいる地下牢獄へ降りて行きました。ボクはこの時程、マユリさんが唯一独房へ入れられた事を有り難いと思った事はありません。早くマユリさんと逢いたくて、話がしたくて、ボクは高ぶる思いを抑えながら階段を降りて行きました。

「お食事をお持ちしましたよ。涅マユリさん」

「……」

マユリさんからは何の返事も有りませんでした。暫く粘ってみましたが状況は変わらないので、膳を傍らに置き、ボクは思い切って一方的ですが、話をする事に決めました。

「アー、ボクはここの部隊長兼看守の浦原喜助という者です。初めまして、マユリさん」

ボクはマユリさんに檻の外から手を差し入れ、握手を求めました。あわよくばと期待はしていたのですが、やはり言葉は無くマユリさんの手がこちらへ差し延べられる事もありません。ボクは寂しく手を引っ込めながら続けました。

「アハ。実は初めてではないんですよね、マユリさんとボク…」

「…」

「覚えてませんか?雨宿りの洞窟で。次に逢う約束をした…」

「……」

ボクのその言葉に俯いていたマユリさんの顔が徐々に上がっていき、琥珀の瞳がボクの顔を捉えました。

「…君は…あの時の…」

マユリさんのその言葉に、ボクは驚きと喜びとで一杯になりました。再会出来た事はひどく嬉しかったのですが、肝心のマユリさんはボクを覚えていないかもしれない。そんな不安があったのです。でも、マユリさんはボクを覚えていてくれた!ボクはこの上ない喜びに心を充たされました。

「嗚呼、覚えていてくれたんっスね!嬉しいっス!」

地下牢獄の二人だけの空間で、ボクは思わず笑顔になりました。

ボクはマユリさんからの言葉を待ちました。でも、マユリさんはまた俯いてしまって、何も話さなくなってしまいました。

「…マユリさん?どうしたんスか?」

「…私を…馬鹿にしているのだろう?」

ボクはその言葉に驚きました。

「どうしたんですか?馬鹿になんてしてませんよ」

「…君は看守、私は囚人。暫くの間にこんなに立場も違ってしまって…」

その時になってボクは自分がマユリさんに取ってどれ程対極の立場にいる人間か、漸く気付きました。マユリさんの立場で、檻越しに握手を求めた自分の行動に、知らず知らずの内にマユリさんの高貴な心を傷付けてしまった…ボクは悔やみました。

ボクは懐からじゃらりと錠前を取出しました。この独房の鍵はボクにのみ持ち出しが許されたもの。ボクは躊躇わず、独房の鍵を開けました。マユリさんは酷く驚いた様子で、形良く座っていた腰を思わず浮かせる程でした。

「う、浦原…何をッ…!」

「スミマセン、中でお話しますね。外だと埒が開かないですから、ね」

中に入り、ボクは石柱に座るマユリさんの前に膝まずき、おもむろにマユリさんのその細い手を取り、掌でそっと包み込みました。マユリさんの手は驚く程繊細で氷のように冷たいものでした。

「浦原ッ…一体…」

「マユリさん…ボクずっと逢いたかったっス…」

「あの日ボク貴方に会いに行きました。でも…貴方は来ませんでした…ずっと待ってたのに…」

「……」

「次の日も、その次の日も…あの洞窟へ行きました。でも…会えなくて…ボク…」

「……」

ボクの言葉と掌から伝う体温からでしょうか。マユリさんも少しずつ心を開いてくれ、自分の言葉で話し始めました。

「…ずっと檻理隊に目を付けられていたのだヨ、私は…」

「……」

「あの時も…洞窟に向かおうとした矢先、檻理隊の連中が私を捜していて…行く事が出来なかった…」

「……」

「私の行く先々には追っ手がいて…流魂街を定めた住家を作らず転々と過ごすしか無かった…そういう生活をしていたのだヨ」

「……」

ボクはマユリさんの言葉を聞きながら、一時でもマユリさんを恨めしく思った自分を恥じました。ああ、マユリさんはそんな中でボクに出会っていたのに…。どんなに捜してみても見つからない筈。マユリさんは隠れるように暮らしていたんですね。ボクはそんなマユリさんを想い、切なくて、愛しくて堪りませんでした。

ボクはマユリさんの手を取って自分の頬に当てました。まだ冷たいマユリさんの手はひどく細く、白粉の甘い香がしました。ボクは愛おしむようにマユリさんの手の甲に頬を擦り寄せました。マユリさんは驚いた風でしたが、手を引く事はしないでくれました。

「会えて嬉しいっスよ、マユリさん」

「……」

マユリさんはじっと見詰めるボクからそっと目を逸らしました。地下牢獄の明かりでもマユリさんの頬が紅くなっているのが見て取れ、ボクはマユリさんが可愛くて、愛おしくて溜まりません。

「…マユリさん…」

「……」

「…貴方が…好きです」

ボクの告白にマユリさんは酷く驚いてボクの目を見ました。その瞳はあの時と同じ綺麗な琥珀色で揺らめいていました。

ボクは屈んでいた姿勢を止め、おもむろに立ち上がりました。マユリさんは無言で下からボクの顔を見ています。マユリさんの顔は息が掛かりそうな程近くにあり、ボクはその細い頬を両手で覆うとマユリさんにそっと口づけました。

マユリさんの唇は柔らかく、ボクは幾度もその唇を、舌を味わい、甘美な口づけに酔い知れました。マユリさんも同じなのか、怖ず怖ずと舌を延ばしてきてくれました。
出来ればこのままマユリさんの全てが欲しかったのですが、大切なマユリさんがもっと心を開いてくれる迄待つ事にしました。

「ウラハラ…私は…」

「何も言わないで…でも覚えておいてください。ボクの愛は貴方だけのものです…」

石柱に座り身を寄せ合いながら、ボクはマユリさんの細く折れそうな身体をずっと抱きしめていました。マユリさんは安心したのかいつの間にかボクの肩に頭を載せたまま寝入ってしまいました。そのままボクはマユリさんと檻の中で一夜を過ごしました。

マユリさんの低い体温とその確かな心臓の鼓動を感じながら、その時ボクはある一つの事を考えていたのです。
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[其の参へ続く]
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