■小説1

□恋人になりたい
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題:「恋人になりたい」
  [其の弐]
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マユリを好きだと気付いてから、浦原は積極的にマユリにアプローチしていた。
朝の挨拶は勿論過剰なボディータッチを含み、昼食の際もマユリが食堂に立つ時偶然を装って隣の席を確保した。仕事中はマユリの席が喜助の正面である為、うっとりと愛しい人の姿をほぼ一日中眺め乍仕事をする事が出来るのだが、会話を増やしたいが為、共同の研究を提案してもみた。無駄ではあるだろうが酒の席にも誘ったり(当然断られたが)、甘党のマユリの為に外出の際は土産と称して菓子等を持ち帰ったり(これも呆気なく無視され)と、出来うる限りの努力をした。
そんな毎日が続いたある日の昼食時である。

今日も食堂に向かうマユリの後を、喜助はこっそりと気付かれぬよう着いて行った。盆を持ちマユリの数人後に並び、席に着いた頃のマユリを見計らい声を掛けた。

「あれ?マユリさん偶然っスねぇ。…隣、空いてます?」

見ると確かに隣に空席がある。喜助は早々とマユリの返事を待たずに盆を空いている席に置いた。
今日もマユリとつかの間だが食事という擬似デートが出来ると、ひそかに喜んだ喜助であったが、そんな浦原にマユリがこう言ったのである。

「そこは阿近の席だヨ」と。

聞いた途端、喜助はショックで打ちのめされてしまった。誰にも興味を持たないのがマユリであり、その興味の対象は己の研究対象物でしか為さない。まさか、そんなマユリが阿近の為に食事の席を取っていたとは。
これはもしかしたら…と喜助の胸は嫉妬の為か、再び息苦しく締め付けられた。
仕方なく隣に席をずらして着席した喜助は少し離れた位置からマユリを見ながら、思い切って問うてみた。

「マユリさん、阿近くんの事…好き、なんスか?」と。

驚いたように振り向いたマユリだが、すぐに喜助から顔を反らして淡々と食事を始めた。

「阿近はワタシの助手だヨ。それ以上でも以下でもない。好きという対象ではないヨ…」

返って来たマユリの言葉に喜助は、ほうと胸を撫で下ろした。思わず自然と笑みになる。

「ハハ。そうっスよねェ!阿近くんまだ子供ですもんねェ」

「…誰が子供なんですか?」

一つ席を挟んだ場所から肘を付きマユリに近付けていた喜助の顔の前を、ぬっと茶碗が載った盆が遮った。死神だから正確な年齢は解らぬが、人で言えば年は10歳頃であろうか?まだ幼いとは言え、副局長であるマユリの助手を務める、阿近である。

「あー、ハハ。聞かれちゃいましたか。いや、阿近くんは若いのに素晴らしい助手だって、今マユリさんと話してたんですよォ」

阿近はチラと喜助を見遣ると溜め息をつき、無言で席につき持って来た膳を食べだした。その行為は存外に大人びた仕草である。どうやらマユリに関してライバル視しているのは、喜助だけでなく阿近も同じであるようだった。
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気まずい昼食が終わり、その場の雰囲気にいたたまれず一足先に研究室に戻った喜助である。
阿近に会話を聞かれたのは頂けなかったが、マユリが阿近に特別な感情を持っていないと解っただけでも意味があったと言っていい。喜助は席に着き、研究室に戻って来るであろうマユリを待った。

が、おかしいのである。昼休憩終了の鐘の音が鳴り、他の局員や阿近すら研究を再開しているのに、マユリだけは待てど暮らせど一向に部屋へ戻って来ないのである。
時間には厳しいマユリである。いつもなら仕事始めの時間に遅れるのは喜助の方で、そんな自分をマユリは呆れて見ているのが常だった。喜助はふと何か違和感を感じ、胸騒ぎがして立ち上がった。
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第二研究室、書斎、談話室…と思い付く限り捜してみたが、結局マユリは見つからなかった。

「何処行っちゃったんスかねぇ、マユリさん」

喜助が渡り廊下を歩いていた時である。
廊下の片隅にうずくまっている何者かがいた。否、只うずくまっているのではない。背中を壁にもたせ掛けている様はどう見ても倒れているらしい。遠目でも判る白い肌に蒼髪のその人物は、捜しているマユリであるに違い無かった。

「マユリさんッ!!」

喜助は慌ててマユリの元に走り寄った。そっと抱き起こすとマユリの白粉を施した顔が異常な程蒼白になっていた。不安の為か喜助の心臓は早鐘のように激しく動悸を打った。

そういえば、先程の食堂での食事も、マユリはあまり箸が進んでおらず食べ残していた。ちゃんと食べないとだめっスよォとマユリに一言注意した喜助だったが、もしや何か体調を崩していたのか?
此処の所、技局の仕事も忙しく寝る暇も無い位だったのを思い出した。
喜助はマユリの体調不良に気付かなかった自分を呪いながら、哀しい程細いマユリの身体を抱え上げて廊下を歩いて行った。
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[其の参へ続く]
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