■小説1

□美味しい珈琲を貴方と…
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題:「美味しい珈琲を貴方と…」
 [其の弐]
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「珈琲と言えばこういう話もあるんスよ」

浦原は少し温くなった自身の珈琲を啜りながら話を変えた。

「現世の歌で聴いた事があるんですがね。昔、ある高名な僧侶が恋を忘れた男を憐れんで、この珈琲という飲み物を教えてあげるんですよ。飲んだ男は心が浮足立って、やがて素敵な人に巡り会い恋をするんですよ。つまり珈琲は恋のインスピレーションを湧かせる飲み物…という訳なんです」

フフ、と喜助はマユリの顔を見て幸せそうに微笑んだ。

「ふぅん。で、その恋の結末はどうなったのだネ?」

「あ、アレ?そう言えばそこまではボクも知りませんでした…ハハ、すみません」

「全く。質問に応えられないなら話をしないでくれ給えヨ。妙に気になってしまうダロウ。…と、もうこんな時間かネ。そろそろ作業に戻るヨ」

マユリはおもむろに椅子を引いて立ち上がった。
もう行っちゃうんスかぁと喜助が問い掛けると、マユリは忙しいのだヨと言い乍ら自身のカップを取ろうとした。

「あ、じゃあボクが洗っておきますよ。マユリさん、先に行っててください」

浦原が言うとマユリは少し目を細めて喜助を見遣り、給湯室を出ていった。
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「お?喜助ェ、何やっとるんやぁ?」

浦原がカップを洗っていると、マユリと入れ代わりに少女が給湯室に入って来た。
金髪のツインテールの少女は、十二番隊副隊長でもありここ技局の研究室長の猿柿ひよ里である。

「あ、カップ洗ってるんスよ。さっきマユリさんと珈琲飲んでたんで」

喜助の言葉を聞いてひよ里は洗い場をヒョイと覗き込んで来た。

「あ、やっぱり!マユリの分も洗うてるやろ?喜助ェ、マユリに甘過ぎるで!大体隊長がそんなやから舐められるんやで。もっとちゃんと躾せなイカン!」

ひよ里に喧々と文句を言われて喜助はぽりぽりと頭を掻いた。

「いやぁ、マユリさんは最初自分で洗おうとしてたんスけど、ボクが自分から洗うって言ったんスよ。あ、ひよ里さん。少し珈琲の残りあるんスけど、飲みます?」

「お?いいんかァ?じゃあ貰お!」

ひよ里は残っている珈琲を見つけだし、嬉々としてそれを自分のカップに注いだ。ミルクと砂糖をテンコ盛り…マユリと同様である。

「ひよ里さんも甘党なんスねぇ。いえね、先程マユリさんの珈琲、一口飲ませて貰ったんですけど、これが極甘なんスよォ。マユリさん曰くデザート的嗜好だとか言ってましたがね」

「あ、うち分かるでその気持ち。なんや、あんな顔しててマユリも甘党なんかぁ」

ひよ里はふんふんと頷いていたがふと、アレ?と思い立ったように不思議な顔をした。

「マユリの奴、喜助に珈琲一口飲ませたんかぁ?」

「え?ハイ、飲ませて貰いましたよ。それがどうか?」

「いや、前に皆でジュース回し飲みしてたらな、マユリの奴飲めんで固まってる事あったんや。薦めたけどどうしても飲めんねんて…で、諦めた時あったから。てっきり軽い潔癖症かなんかやと思ったんやけどな。なんやアイツ、回し飲み出来るやんけ!」

−え?…−

喜助は一瞬思考が停止し、カップを洗う手が止まる。水道から水が勢いよく溢れたまま出しっ放しになっているのをひよ里に窘められ、浦原は慌てて蛇口を閉めた。
そして何か思案有り気に、浦原は顎に手を置いて遠くを見詰め続けたのである。
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「マユリさん、休憩行きません?」

翌日の夜の事である。例の如く浦原はマユリを給湯室での珈琲に誘った。

「ん、後少し掛かりそうだヨ。先に行っててくれ給えヨ」

「了解っス。じゃ、先に行ってますよン」

言うと喜助は一足先に給湯室へと向かった。ちらりと後ろを見るとマユリはまだ何かを書き留めているようだ。書類に向かう石膏像のように整った横顔がえもいわれぬ程に美しい。喜助は暫くの間ぼんやりとそこに立ったまま愛おしむようにマユリを見詰めていたのである。

「あ、お疲れ様です。マユリさん」

マユリが狭い出入口から給湯室に入ってくるのを見かけると喜助は嬉しそうに声を掛けた。

「ん…」

マユリが席に着くと浦原は珈琲をカップに注いで持って来た。当然ミルクと砂糖たっぷりのマユリ好みの味にしてある。浦原はマユリにカップを渡すと自分も漸く席に着いた。

「どうです?新薬の方、作業順調に進んでますか?」

「なかなかいい調子だヨ。だが完成までに後数日貰いたい所だ。霊子分解に時間が掛かりそうだからネ」

今マユリが作業中の新薬は、提案を受けて喜助がマユリに一任している物であるのだ。それが完成すれば多方面にも応用が効く代物で、その完成が瀞霊廷中から待たれている。
あまり熱くならないマユリであるが、研究の事となると、今日は饒舌であった。暫く話題に事欠かず話を進めていたマユリだが不意に、ぴく、と身体を硬直させた。

机の上に置いていたマユリの右手の小指に、浦原の左手の小指がそっと触れたのである。
気にせずそのまま話を続けようとしたのだが、何故だかマユリは上手く言葉を続ける事が出来なくなってしまった。
浦原は小指でマユリの小指をつぅ、と撫で、そのうちにしっかりとマユリの小指に絡ませた。

「う、うらはら…」

驚いてマユリが喜助を見遣ると、いつからか喜助はじいっ、とマユリを下から熱っぽく見詰め続けていたのである。それに気付いたマユリは頬を染め、慌てて顔を逸らす。

今迄幾度か浦原に「告白」を受けて来たマユリであったが、喜助は実際行動を起こすといった事が無く、今回のような事は初めてで激しく動揺していたのである。
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[其の参へ続く]
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