■小説1

□いちゃいちゃしたいッ!!
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題:「いちゃいちゃしたいッ!!」
  「其の弐」
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昼休憩の時間を過ぎ、浦原は研究室に戻って来た。

飛び出していったマユリの事がどうにも心配で堪らず、仕事中に時間を取ったり、休憩に入ると直ぐさまマユリを探しに行った浦原である。が、何処にもマユリの姿は見えず。浦原は途方に暮れ、とぼとぼと頭を垂れて研究室に戻って来たのである。勿論昼食を取るなど今の浦原には頭に無く、よくも数時間で此程に…と思う程窶れ果て酷い有様であった。

研究室に一歩足を踏み入れた時である。
昼食を取る為局員達が出払っている誰もいない部屋に、マユリは居た。
試験管を持ち、既に研究を再開しているようである。研究に没頭するマユリの真摯な横顔が美しく、浦原は研究室の扉の前で立ち竦む。
やがてマユリは浦原に気付いたのか、ちら、と横目で喜助を見遣る。

「あ…」

駆け寄りたい気持ちと、マユリに何を言われるかとの不安感で喜助の胸は痛くなる程に締め付けられた。
だが、勇気を持ってマユリに静かに近づく浦原である。

「マユ、リさん…あの、ボク…」

「………」

マユリからの言葉は無い。

「すみませんでしたッ!何かお気に障る事をしてしまったのならッ、あ、謝りますッ!!赦してくださいッ!!」

浦原はほぼ直角に頭を下げた。目をぎゅっ、と瞑ったままその身体は震えている。
マユリはそんな浦原に漸く体勢を変え向き直った。

「フン。未だ私が怒った理由に気付いていないようじゃあないか。これでは恋人どころか同じ研究者としても失格だヨ、浦原…」

失格、と言われて浦原は目の前が真っ暗になった。もしや漸く掴み取ったマユリの恋人という立場もこれで終わりになるのかと、浦原の心臓はばくばく、と激しく脈打った。

「貴様、科学者として、研究者としてしてはいけない事をしたのだヨ。それは私の研究に手を入れようとした事だ。この仕事は私が請け負ったもの。いかなる理由でも、許可無しに手を入れる事は赦されない。浦原、貴様なら理解していると思っていたのだがネ…」

「あ…」

そうであった。
共同研究ならいざ知らず、科学者は己の研究に他人が介入する事を忌み嫌う。それは浦原自身よく理解していた筈であったのに。

マユリを愛するが故に箍が外れてしまった自分を浦原は恥じた。
それと共に後悔の念が浦原を襲う。マユリは気高い。自身の研究に誇りを持っているのだ。それを踏み霓る事をした自分を恐らくマユリは赦さないであろう。
浦原はマユリに会わす顔も無く只俯いて自身の足元を見詰めるのみであった。自然と自分の目から涙が流れていた。熱い涙ではなく、冷たい、後悔の涙…それが頬を伝い、ぽたり、と浦原の足元の床に落ちていく。

−もう…もう終わりっス。マユリさんもきっと呆れ果ててますよね。悔やんでも悔やみきれない事をボクはしてしまったんですから…−

「うッ、ううッ−…」

声をあげて浦原は泣いた。愛するマユリの前で少しでも見目を良くしようとしている普段の自分はそこには無く。自分の浅はかな行いから恋人の気持ちを失い掛け、後悔している憐れな男がそこにいるのみであった。

そんな時である。
何かひんやりと冷たいものが浦原の頬に触れた。浦原が思考を取り戻すと、それはマユリの手であった。自分が愛した、白くて長い繊細なマユリの指。それが浦原の頬をそっと撫でていく。

「マ…マユリさん?」

「痛かったかネ?」

それが朝のマユリからの平手打ちの事だと浦原は漸く気が付いた。

「…いえ」

「未だ少し腫れているようだが…」

マユリが心配そうに浦原の顔を覗き込む。それが妙に至近距離であり、マユリの伏せた長い睫毛や温い息を感じると浦原の心臓は再びどきどきと激しく拍動していく。

−嗚呼、マユリさん。こんなにも…貴方が、好き…なのに−

再び浦原の目から涙が溢れ、その頬を伝う。

その時。
次は生暖かく絖ったものが浦原の頬に触れてきたのである。
初めはそれが何か解らなかった浦原であるが、それがマユリの絖った舌であるのを理解すると浦原は動揺し全身が真っ赤になった。

「わわッ…マッ、マユリさんッ…」

「黙るんだヨ、浦原」

マユリの絖ったやらかい赤い舌が喜助の涙を掬い上げる。やがて唇が寄せられるとマユリは浦原の頬にちゅう、と口づけて浦原の涙を吸い取った。

浦原はぶるぶる、と身体の震えが止まらなくなった。愛しいマユリからこのように口づけをされて、何も考えられなくなってしまったのである。
浦原は震える手でマユリの身体に手を延ばした。細い腰を浦原に掻き抱かれてマユリの身体は浦原とぴたり、と密着した。白衣から香る微かな薬品の匂いとマユリの甘い体臭が合わさって軽い眩暈を起こす。すうっ、と浦原は鼻で呼吸する。恋しいこの香を脳内に留めておく為に。

「…マユリさんッ!」

浦原は腕に力を込めてマユリを抱きしめた。
嗚呼、やはりこの人を愛している…諦める事など出来はしない、と思うのだ。

「フ…これで満足かネ?浦原」

不意に耳元に囁かれて浦原は硬直した。

「…え、ッ?」

「どうせお前の事だ。私との妄想を涌かせて良からぬ事を企んでいたのだろう?ハァ、全く…下らないネ」

「…ッ!!」

マユリにピシャリと言い当てられて、浦原はぐうの音も出ない。

「私の気を引こうと姑息な真似を。浦原、貴様は大馬鹿者だヨッ」

浦原は再び固まった。マユリの言葉によって、高揚していた気分が抜け去り、また喪失の予感が頭を擡げて来たのだ。
赤くなっていた浦原の顔はたちまち青ざめていく。それを見てマユリは興有りげに、にやり、と微笑んだ。

−フフ。なかなかに面白いネ、浦原。赤くなったり青くなったり、忙しない事だネ−
−−−−−−−−−−−
[其の参へ続く]
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